邪教と魔獣の襲撃と

 アリアンヌ嬢がうちの領地に来て1週間ほど経った。最初うちに来た時と比べるとかなりマシな顔つきになっている。どうにか気力を取り戻してくれたようだ。まぁ…その代わり俺が貴族の争いに巻き込まれる形になってしまったが。


 あぁ…ガチでどうしようかな。上手い事立ち回らなくては…。


 本日の領主業務を済ませた俺は以前保護した羽マウ(※天馬)の様子を見に畜産家のボールの家にお邪魔していた。


「ボール、羽マウの様子はどうだ?」


「これは領主様。かなり元気になりましたよ。どうやら空腹だったので墜落したらしいですね。毎日バクバク飼い葉を食べてます」


「そりゃ良かった」


 羽マウと普通のマウでは世話の仕方が違うのではないかと心配していたが、食べ物や基本的な飼い方は通常のマウと一緒な様だった。


「ただ…やはり羽マウは空を飛びたいようですな。よく飛びたそうに空を見上げています。今は鎖でつないでいますが、鎖を離すと空を飛んで勝手にどこかへ飛んでいくかもしれません」


「そうか…」


 マウは走ってないとストレスを感じるという。それを同じように羽マウも空を自由に駆けていないとストレスを感じるだろう。羽マウを手懐けてその背中に乗り、俺も大空を飛んでみたかったが…ずっと鎖につないでおくというのもかわいそうだ。もう十分元気になったようだし…逃がすか。


 北のモン・スマ帝国では羽マウを利用した羽マウ騎兵というのがあるらしいがどうやって手懐けているんだろうな。


「仕方ない、逃がそう」


「良いのですか? せっかくの羽マウですよ?」


「やはり羽のあるものは大空を飛んでいた方が良いだろう。ボール、羽マウの世話ご苦労だった。かかった費用は後で払おう」


「領主様が良いのならそうしますけどね…」


 ボールは俺の言葉に従って羽マウの首から鎖を外した。すると羽マウは背中の羽を何度か羽ばたかせるといなないて大空へと舞い上がった。


「もう腹を空かせて落ちるんじゃないぞ!」


 俺は南の空に向かって飛ぶ羽マウにそう言いながら手を振った。あっちは「魔の森」の方角なんだが大丈夫かな…?


「ウルシュタイン卿、ここにおられましたか」


 羽マウが南の空に飛び立っていくのを見届けた俺に誰かが話しかけて来た。この声は…。


「フィーヌ司祭、どうされました? 私に何か御用ですか?」


 この村のアシメ教会司祭であるフィーヌ嬢がそこにいた。彼女は少し思いつめたような表情をしている。何かあったことは明白だ。本音を言うと厄介事を持ち込まれるのは嫌なのだが…領主としては教会との関係は良好に保っておかなくてはならない。


「実は折り入ってお願いがあるのです」


 何やら込み入った話になりそうなので俺は場所を移す事にした。



○○〇



 ウルシュタイン邸の応接室に移動した俺はフィーヌ嬢から話を聞く事にした。ついでにポーラに茶を入れさせる。茶を一口飲んだ俺は早速本題を切り出した。


「それで…私へのお願いとは?」


「ウルシュタイン卿は『ナーイルアシメ教』という邪教をご存じですか?」


 ナーイルアシメ教…? 初めて聞く名前である。そんな名前の宗教があるのか…。名前からするとアシメ教の分派のような感じだが。


「いえ、知りません。どのような宗教なのですか?」


「『ナーイルアシメ教』とは、アシメ教とその地域で元々信仰されていた宗教と融合した宗教です。簡単に申しますとアシメ教は救世主の到来を待ち望む宗教ですが、『ナーイルアシメ教』は川を神とし、川から神の子…救世主が生まれるという独自の解釈をとっています」


 宗教を未開の地域に広めようとした場合、原住民に分かりやすくするためそこで信仰されている元々の宗教に自分たちの宗教の内容にあてはめて布教する場合がある。


 その結果、その現地の宗教と融合してしまう事がよくあるのだ。当然だが元々の宗教からその考えは異端扱いされるので弾圧の対象となる。


「教義の解釈の違いだけでも問題なのですが…『ナーイルアシメ教』はそれに加えて救世主降臨のために川に生贄を捧げているという事です」


「生贄…ですか」


 それは穏やかではない話である。アシメ教では動物を生贄にすることはあるものの、人間の生贄というのは認められていない。救世主はあくまで動物の血肉を食らい、降臨するとされるからである。


「そしてその『ナーイルアシメ教』の生贄の儀式がこのウルシュタイン領の隣のスレッブ男爵領で行われている事が確認されました」


 ウルシュタイン男爵領は現在3つの貴族の領地と接している。西のアグリカ公爵領、北のフレンス男爵領、そして東のスレッブ男爵領である。南には「魔の森」がある。スレッブ男爵領はすぐ東隣、山を一つ越えた先にある。そんな近くで怪しげな儀式が行われていたのか…。


「しかし…それと私に何の関係が…? スレッブ男爵領で行われているのならスレッブ男爵やスレッブ教会に儀式の弾圧を要請すればいいだけの話では?」


「それが…どうもスレッブ男爵及びスレッブ教会の司祭もグルのようでして…。彼らはこの辺りで『ナーイルアシメ教』の生贄となる者を信者に攫わせ、見目麗しい者は奴隷として売り飛ばしているようです」


 腐ってんなぁ…。そういえばスレッブ男爵は男爵の割に羽振りがいいという話を聞いていたがそれが理由だったのか。奴隷売買で得た金で豪遊か。それに教会もグルかよ。腐臭がプンプン匂っているねぇ。


「では国や教会の本部の方に要請しては?」


「スレッブ男爵が多額の賄賂を贈っているようでして…。要請しても無視されました」


 腐りすぎィ! なるほど…話が読めて来たぞ。つまり教義に厳格で正義感の強い彼女はこの腐った状態を放っておけないと。でも教会や国は動いてくれない。だから俺に頼って来たんだな。


「なので是非ともウルシュタイン卿のお力をお貸しいただきたく…」


「フィーヌ司祭、確認ですがそれは教会ではなくあなた個人のお願いという事ですか?」


「はい、教会の本部が動いてくれないのでそうなります」


 困ったなぁ…。教会本部から依頼されたならともかく、司祭個人の願いなんていちいち聞いてられん。それにうちの領地ではなく他の領地で起こっている問題だからな。干渉すると越権行為になってしまい、逆に俺が非難されてしまうのだ。スレッブ男爵が国や教会に賄賂を贈っている以上、あちらはスレッブ男爵の肩を持つだろう。


 もう一つ理由を付け加えると、うちの領には弾圧に必要な兵士が全然いない。「魔の森」の魔獣を追い払うだけでも精いっぱいなのだ。とても他の領に派遣できる数はいない。生贄にされた人はかわいそうだが、俺には何もできない。


「フィーヌ司祭、申し訳ないが私には何もできそうにない。お役に立てなくて済まない」


「そこをどうにか…この腐った世界に鉄槌を降したいのです! 救世主様のように!」


 彼女は机に頭が付きそうなぐらい頭を下げて来る。そう言われても無理なものは無理だ。


カンカンカンカン!


 俺がどう彼女の要請を断ろうかと考えていた時、村の中央にある緊急事態が起こった事を知らせる鐘が鳴り響いた。


「魔獣が出たぞ~!!! 群れでこの村を襲いに来てる!!!」


 鐘を叩いているのは狩人のマイケルのようだ。どうやら「魔の森」から魔獣が出たらしい。しかも群れでだって!? 普通は1体か2体なのだが…。これは不味い事態になりそうだ。


「フィーヌ司祭、悪いが緊急事態だ。ゲオルグ、戦える者たちを集めろ! ポーラ! アリアンヌ様たちには部屋から出ないように伝えてくれ!」


 俺はゲオルグとポーラに支持を飛ばす。うちの村には兵士があまりいないので、戦える村人総出で魔獣と戦うのだ。


「私も戦います。水魔法の心得がありますので」


「それは頼もしい、ぜひともお願いしたい」


 そういえばフィーヌ司祭も腕には自信があると言っていたな。1人でも戦力は多い方が良い。彼女には薬学の心得もあるし、多少のケガは大丈夫だろう。それにアグリカ公爵から貰った準備金で買った最新の武器・防具もあるし、意外となんとかなるのではないだろうか。


「男爵! 何があったのですか?」


 ポーラが伝えに行くより早く、アリアンヌ嬢が俺の部屋に入ってきた。


「アリアンヌ様、『魔の森』から魔獣が出て参りました。危険ですので部屋から出ないようにお願いいたします」


「ではわたくしの護衛の兵士2名も同行するように伝えましょう」


「しかしそれではアリアンヌ様を守る者がいなくなってしまうのでは?」


「大丈夫です。わたくしの近くにはサラとアニーがいますので。ああ見えて2人は戦闘訓練を積んだメイドです。だから遠慮なく兵士を使ってください」


 あの2人バトルメイドだったのか。そりゃ公爵家のメイドだから色々な才能がないとなれんわな。


「申し訳ございません。では兵士2名をありがたくお借りいたします」


 少しでも戦力が欲しかった俺はアリアンヌ嬢が連れてきていた兵士を借りて魔獣の襲撃に備えた。



○○〇


~side another~


「いったべか?」


「ああ、男爵は人を沢山連れて屋敷を出ていったべ」


「それじゃあ、この屋敷にいるえらいべっぴんな姉ちゃんを攫いにいこうかや。あれくらい美人なら救世主様もお喜びになるだろうて」


「「我ら『ナーイルアシメ教の救世主様のために!』」」


○○〇


とりあえずここまで。後は人気次第。


この後の展開を少し説明すると、魔獣を撃退し、更には攫われたアリアンヌを怪しい人間から取り戻した主人公は彼女に惚れられ、また主人公の機転によりお金が大量に領地に入ってきて領地が発展していきます。


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