第24話 平和の願い
カーナ先生は品の良いおばあちゃん先生で、にこやかな顔で家に招き入れてくれた。
「まぁ、エリムレアさんが引き受けてくださったの。ありがとう」
「はい。ちょっと時間がかかっちゃいましたけど」
「獰猛で、大きな動物だから大変でしたでしょう。でも、みなさん南部に出払っていたし、若い子が行ったら大変だったから貴方がいてくれて助かったわ」
カーナ先生の自宅の内装は、本で出来てるかのような壁に囲まれていた。
お茶を淹れてくださるという申し出は丁寧に断って、私は肉屋でキージェとアイリスから毛皮を受け取り、革工房のルートンさんのところへ向かった。
「お、ラニゴじゃないか。これはスモノチとちがってちゃんと売り物になるぞ」
「いえ、これは私が使いたいので、また加工を」
「あぁ、分かった。工房は自由に使ってくれ」
「えっと、今日は加工料をお支払いしますので、お願いしていいですか? キージェとアイリスが帰ってきたので!」
「あぁ、そういう事か! 良かったな! 今日はラニゴの肉で乾杯すると良い」
「はい!」
ルートンさんもキージェ達の無事を聞いて大喜びだ!
キージェのなじみの店に、ラニゴの肉を持ち込んで宴会を開いた。ちょうどグランも合流し、久しぶりに4人で再会。
「改めて、お帰り。キージェ、アイリス、グラン!」
「ただいま!」
「ただいま」
「ただいま! エリ!」
「今日は私のおごりだから、遠慮なく飲んで食べて!」
「やった!」
「よーし、エリの財布がスッカラカンになるほど飲んで食ってやる」
「グランは大食いだからな。エリ大変そう」
「遠慮は無しで! 無事に帰ってきたお祝いだもの」
ラニゴの肉もとても美味しくて、ちょっと牛肉に似ている味がした。まだ数日しか経ってないのに、日本を離れたのがとても遠い昔のように感じた。
でも……不思議と、もう涙は出ない。
それは、私が覚悟を決めたから?
「エリ、どうしたの?」
「ううん、みんなと食べる食事、美味しいなって」
「寂しくて泣いたりしなかったか?」
キージェが頬をつつく。
「心配で……泣いちゃった」
明らかに冗談だとわかるようにおどけてみせた。
「エリ、本当に饒舌になったなぁ」
向かいでグランが笑う。
店には帰還した正規軍や自警団の客も来ていて、ひとしきり飲んで騒いで勝利の美酒に酔いしれた。彼らが頑張ってくれたおかげで、少しずつ平和に向かっている気がした。
「俺達、移動中に話してたんだけどさ。その……俺たちが帰る頃にエリが全部思い出していたらいいなって」
離れる時間が長ければ、かつてのエリムレアを思い出すことが多くなるだろうな、となんとなく私も考えていた。
「……ごめん。思い出してない」
「ちがうちがう、責めてるわけじゃねえよ。その……再会して思ったけど、少しずつ思い出してくれたらそれでいい」
「うん。僕たちは話をしてくれるエリも、新鮮でいいなって思ってるから」
体の入れ替えって……想像していたよりはるかに複雑で、周りを巻き込んで、影響はとても大きい。私だってまだ完全にこの体と環境と文化に慣れたわけではない。エリムレアも今頃どうしてるのかな……。
「ねぇ。エリ……これは?」
アイリスと部屋に戻ると、窓辺に置いてた猫のぬいぐるみを持って、しげしげと見つめている。
「えっと……」
「カルツだよね? これ」
あ、そうか。猫はカルツとよく似た生き物だ。
「うん。そう……カルツ」
「どうしたの、これ……」
「前に一緒に狩ったスモノチの毛皮と、雑貨屋で仕入れた材料で……私が作った」
「え? エリが? 作ったの? どうやって? すごい!」
なんて説明したらいいんだろう。
「えーーと……夢で作り方を閃いて……それで……その、せっかくなら伝説のカルツを作ろうかなって」
無理があったかな……?
「すごい……あのスモノチがあんなに神秘的なカルツになっちゃうなんて」
やっぱり、愛くるしいアイリスがぬいぐるみを持っているのは、可愛すぎて絵になる。
「そう言ってもらえると、作って良かったって思うよ」
ぬいぐるみは、生活必需品ではない。
それは日本にいた時にも感じていたこと。だから、お金を出して買ってもらえるということはとても重要なことだった。全てにおいてゆとりのある生活じゃないと、ぬいぐるみを買おうと思わないだろう。
でも、日々疲弊している人は癒しを求めて手元に置いたり、抱きしめることで明日を生きる希望になるかもしれない。
私が作るぬいぐるみが、人々の心に平和をもたらすものだと良いなと、改めて思った。
「そうだアイリス、こっちも見て!」
私はカバンの中のパペットに手を入れて、アイリスの前で「ばぁ」とおどけて見せた。
「ネコチャンでーす」
「ネコチャン?」
「……この子の名前」
「なにそれ! 面白い!」
「そこは可愛いって言ってよ」
「……可愛い?」
あれ?
「そっか、可愛い……可愛いね! ネコチャン!」
常に戦に赴いているような世界では、その日の無事を喜ぶことに精いっぱいで、普段は縁遠い言葉なのかもしれない……。私も生きた心地がしないことの連続だ。
そんな中、私の存在意義を保てるのが、今はぬいぐるみを作ること。
「ね、アイリスもやってみてよ」
私はアイリスの右手にパペットを持たせ、使い方を説明した。
「わー、面白い! これもエリが?」
「うん。……アイリスたちを見送った日、小さな女の子が泣き顔でお父さんを見送っててね。その子に笑顔になって欲しくて作ってみたんだ」
「それで……その子、どうなった?」
「ちゃんと、笑ってくれたよ!」
アイリスが私の手を握る。
「エリ、すごい。すごいよ……。どこの町も国も……子供はいつだって泣き顔だった。だから、エリがこういうものを作って、世界を変えて欲しい!」
そっか、アイリスも子供の頃に家族とはぐれちゃったんだものね……
「僕だけじゃないんだ……。いつもヘラヘラしているけど、キージェだって……使いたくない魔法を常に勉強して研究して……本当はきっと悩んでると思う」
キージェの魔法は強い。北部丘陵に一緒に行ったときに岩陰から炎を飛ばして、しっかり味方を援護していた。
私は……戦闘では役に立たないけれど、私は別の技術でこの世界を変えてみたい。
「アイリス、分かった。頑張る!」
「うん!」
「あと……これ、ちょっと試してみて」
私はもう一つ、あるものを作っていた。
「ん?」
うわぁ……やっぱりかわいい。
「似合ってるよ! カルツの耳!」
いわゆる猫耳カチューシャを作ってアイリスの頭に付けた。
「えっ、何々?」
机の引き出しから鏡を取り出してる。そんなところにイケメンを写す道具があったとは……。
「わぁ、これも良いね! エリどうしたの本当に」
「……全て夢で見たことを再現しました」
こらえきれずに笑うアイリス。そう、そういう楽しそうな顔がみたいの。
「今まで棄てられてたスモノチの皮も有効活用できていいね、これ」
気に入ってくれたなら、いつも着用してくれていいんですよ!
私は拳を握りしめた。
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