第3話 小太刀
揺り動かされて目が覚めた。
薄目を開けても視界が狭い。
しかし鼻をつく激臭がある。知覚が覚醒して思い出す。糞壺が側に置かれている。素焼きの大壺に糞尿が溜まっている。
寄手が城壁に取り付くと、石礫用の
自身が牢人寄り騎として新参者であり、また若輩でもあるので、この程度の扱いなのだと自戒した。揺らした男は陣笠を被り、木仏のように屹立している。さしてご利益のある姿には思えない。
彼は
僕は
月も姿を隠す闇夜ではあるが、不思議と夜目が効いている。石垣の狭間に夥しい具足姿の武者が、触覚を多数持つ昆虫の群生のように固まって眠っている。
それほど峻烈な寒気がその城内を吹き荒んでいた。
火薬の臭いと強烈な死臭が混じっている。見ると石垣の隅で種子島で撃たれ、弾け飛んだ屍体が無雑作に置かれている。この場所を寝所に充てがわれてないだけ、自らの係累に感謝した。
甘利家中の再興はこの両肩にのし掛かる。
先先代の甘利備前守が死して、武田家中でその威光は衰退していく。
嫡子信忠は早逝して弟信康が引き継ぐ。しかしながら信康は設楽が原に於いて、織田木瓜の種子島に砕かれ討死した。首はおろか旗指物も戻らなかったという。
信忠嫡男の信頼が家督を継いだが、幼少のために更に軽んじられ、長じては織田の侵攻による甲州崩れとなる。皐月を迎えた残雪が消えてゆくように武田は自壊した。その際に甘利信頼は織田に降り、往時の武田四天王の家名は地に堕ちた。
備前守の長女は坂西左衛門に嫁ぎ、僕はその血を受けている。
帷幕の中に草莽の庵があり、篝火が焚かれ門の両脇を頰当てをつけた黒具足の兵が固めていた。
庵にかかる家紋は六文銭だ。
案内されてその庵の縁側の玉砂利に、僕は平伏していた。思ったよりも身体が軽く、若かった。
やはりこれは夢だなと思っていた。
その上座に守将が平服で現れ、縁側の上座についた。
彼の威光がじわじわと浸透してゆき、さらに這いつくばった。
「こやつが
さらに言えば遥かに陣笠の彼が高齢であるが、畏まった作法をしている。彼は長く守将に仕える宿将なのだろう。
「在の訛りはないか」
「多少は。然れども水練が巧みということが推挙の道理にて」
「良いか。殿下はその御宝体を、薩摩殿に寄せるものとする。その使者を務め上げるよう此奴には仔細話してあるか」
「此奴は否応が無いことのみを承知しておりまする」と彼は引導を渡してきた。返答に矜持が漲っている。
「
うやうやしく三宝に黒漆の小箱が運ばれ、それには千成り瓢箪の金箔家紋がある。豊臣家の御紋である。
僕ははっとした。
ここは大坂城近隣の砦ではないのか。
六文銭は真田の家紋、ならば目前の将は真田信繁、後々改名して幸村ではないのか。気候からすれば厳冬期、ここは大坂冬の陣の真田丸だと類推できた。
「恐れながらご確認しても」
陣笠から殺気が向けられたが、「良し」の声にそれが安堵になる。その小箱はずっしりと重く、
「此奴もそれが何であるか、如何様な意味合いのものかを承知していないとお役目は務め上げられぬよ」
甲高い声であるが、幸村はよく通る声だ。
それはさらに白絹の小袋の上に収まり良く座るように、鎮座している
「良いか。殿下御召の御刀の鎺である。牢人寄り騎衆の身分では拝見することさえも不遜」
「これは重畳至極」と答えた。
つまりはその黄金の塊が、薩摩の島津家への豊臣家の使者の証として成立するものと、彼らが考えているのだと分かった。これ程の預け物が無ければ間者として、即刻に斬首されるのが落ちだ。
「されども其処もとの家名継承の意気や善し。敢えてこの使い成就するを旨とせい」
真田幸村、その血筋から権謀の将である。
この時期より豊臣秀頼の亡命先を探索していたのか。
昨夜も悪夢を見た。
目覚めてからベッドのなかで思い出そうとしたが、何も覚えてはいない。諦めて起き出して、デスクに置かれた小太刀の鯉口を切ってみる。
そこに鈍く黄金色に輝く鎺をただじっと見つめていた。
夢うつつにそれを見た気がする。
iPadが時刻を知らせてきた。理学部教授の滝口にアポを取っていたことを思い出したので、急いで身支度をした。
信州大学で群発地震の原因をはじめ様々な検証をしたという。果たして検証結果は驚くべき事実が判明した。
山の内部には空洞があるらしい。
しかもこの山は重力の不均衡が発生しているらしい。
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