幸せの定義
蒼井ハル
ふたりの朝
「雨だね」
「雨だねぇ」
「コーヒー、飲む?」
「飲むっ!」
リコは嬉しそうに笑った。
今日はひと月前から計画していたテーマパークデートの日だったが、早朝から一日中続くらしい雨によって中止にせざるを得なかった。昨日2人でテレビ前に並び、お天気お姉さんを睨んでみたりしたが効果は現れず。愛想の良い笑顔も、この時ばかりは憎たらしく見えるものだ。
しかし見るからに気落ちする僕を横目に“映画鑑賞会”という代替案を笑顔で提供してきた彼女は、いつもと変わらぬ笑顔のままだった。
「ルイくん。コーンスープとお味噌汁、どっちがいい?」
「うーん、コーンスープかな」
「おっけー!」
親指を立てたリコは、鼻歌交じりに冷蔵庫を漁り始める。その隣で僕はインスタントコーヒーにお湯を入れ、僕のカップはそのまま、リコのカップにはミルクと砂糖を入れて並べる。次にバケットから食パンを3枚取り出しトースターの中に放り込む。僕の分が2枚、リコの分が1枚だ。
「あっ、ルイくんまた食パン3枚同時に入れたでしょ!」
「うん」
「もう、それじゃあちゃんと焼けないって言ってるでしょ。そもそも3枚なんて入るスペースは無いはずなのに。」
「いいから。ほら、卵また焦がすよ?」
「わわっ、ナイスルイくん!」
「ふふ、サラダいる?」
「うん、レタスとミニトマトがあったはず」
「おっけー。」
そうして出来上がった食卓には、インスタントコーヒーに、インスタントのコーンスープ、茶色が強めのスクランブルエッグ、焼き色が不均等なトースト、そして手でちぎっただけのレタスのサラダが並んだ。
これが僕たちのいつもの朝食だ。
「リコ、観たいの決まった?」
「うーん、3本まで絞ったんだけどね、なかなか決めきれなくて。」
「そっか、じゃあちょうどいいね」
「うん?なにが?」
「僕が観たいと思ってたの、1本だけなんだ。もう1本どうしようか考えてたんだけど、リコの3本と合わせたらピッタリ4本になるでしょ」
僕の見え透いた嘘を、リコは知らないフリして笑う。僕が見た目によらずカッコつけたがりのところは、彼女にはもうとっくにバレていた。
「ふふ、ほんと?ルイくんありがとう!」
「ん、どういたしまして。」
「じゃあお昼はピザたのもう!」
「いいけど。リコ、この前ダイエット中って言ってなかった?」
「もう、ルイくんってばわかってないね。ダイエットにも休息日が必要なの!」
「ふーん。」
取り留めのない話をする食卓には、2人分の食事。つけっぱなしのテレビから聞こえる賑やかな笑い声をBGMに、僕らはいつもの朝を過ごしている。
何も特別な事などなく、しかしこれ以上なく華やかで鮮明なのは、きっと彼女が居るからだ。彼女が僕の向かいに座って笑いかけてくれる限り、僕の毎日はきっと、いや必ず、輝きを失うことは無いのだろう。
幸せの定義 蒼井ハル @a_o_i
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