18.歓談、心幹、意志貫徹
オブリヴィジョン人物録vol.4
シデロス
性別:男
出身:ペリュトナイ
年齢:19歳
肩書:ペリュトナイ抵抗派先陣戦士
能力:無し
好き:干物
嫌い:熟成された食べ物
ペリュトナイの抵抗派に所属する戦士の1人。無口であるものの、よく共に行動しているカルコスやアウラとは、固い絆で結ばれている。愛用の曲剣である『ブリッジ・エッジ』を手に、将来有望な若手として活躍していた。しかしプロドとの戦闘においてブリッジ・エッジを断たれ、更には右腕も斬り飛ばされてしまった。
ペリュトナイに夜の帳が下りても、街から人の活動が無くなることは決してない。特に今に限っては、普段以上に慌ただしく動いている者がいる。そんな中で、彼もまたそのうちの1人だった。
「これはまた派手に真っ二つだな…。だがリトス。魔術の応用で止血したのは良い判断だ」
「……ええ。本当に感謝ですよ。……それで、いつまでに治りますか?」
シデロスの言葉に、スクラは顔をそむける。いや。彼だけでなく、他の誰もが顔を背けたいことだろう。この現実を直視したくないことだろう。しかしそれを告げなければ、余計な犠牲が出ることは明らかだ。そして少しの間をおいて、スクラは話し始める。
「……まず結論から言えば、君の腕は3日もすれば元に戻るだろう。そうなるように俺も努力する。しかし…。本当に残念だが、君の腕が元のように治っても以前のように戦えるかどうか……」
「……それは、……どうしてなんですか」
現実を受け止め、それでも諦められないのが人間というものだ。それについて、シデロスは紛れもなく『人間』そのものであった。
「……魔剣による傷は治りづらい。だが今回はまだ良かった。恐らく魔剣の質があまり良くなかったんだろう。本当にヤバいものになると傷が反発しあって治らなくなるんだ」
「アレで質の良くない物、ですか……!?」
「ああ。それが魔剣の恐ろしい所だ。質の良くない物でさえ、鋼を容易に切り裂ける。シデロスの剣を見れば、良く分かるはずだ」
そう言って、スクラは傍らに置いてあるシデロスの曲剣を手に取る。切り裂かれたその断面は、まるで最初からそうであったかのように滑らかであった。それを受け取り、アウラはまじまじとそれを見つめている。
「……話を戻そう。魔剣による治りづらい傷。特に今回は腕の切断という重傷だ。幸いにも質の良くない魔剣だったから治すこと自体はできる。だが、元のように腕が付いて動くようになっても、魔剣による影響は残り続ける。日常生活を送る上では支障はないだろうが、戦闘となると話は別だ。それに……」
「……ええ、分かっています。もうすぐ復興作業もひと段落つく。そして休息を取って、昼頃にはエリュプスの待つ王城へと進軍する。つまり俺の回復よりも先に、作戦が始まってしまう。……だから俺は間に合わない。すぐ治るにしたって、3日使って完全に治るにしたって、結局のところ戦えない。……そうですよね?」
そのシデロスの言葉に返ってくる言葉は無かった。しかしスクラのその沈黙と頷きが、何よりの答えであった。その頷きに落胆するでもなく、彼は前方に目をやる。しかしその目は何かを見るでもなく、ただまっすぐを向いていた。
「……スクラ殿、セレニウス様。申し訳ないですが、一旦部屋から出てもらえませんか? ……リトスとアウラも、すまないが出てくれないか?」
視線も逸らさずぽつりと、シデロスが呟く。その声は妙なほどに落ち着いており、しかし微かに震えていた。
「……少ししたら戻る」
「……行くよ。リトス、アウラ」
特に余計な事を言うでもなくスクラが、残った2人に続くように促したセレニウスが、部屋を後にする。
「……うん。……また、来るから」
「はい……。ではシデロスさん、また……」
2人もセレニウスに続いて部屋から出る。その間際に、リトスは振り返った。しかしその直後には振り返り、部屋を出て扉を閉めた。この時のリトスの目には、哀愁を帯びたようなシデロスの姿が映っていた。
戦士たちの宿舎の一画にある小部屋で、リトスとアウラは向き合って椅子に座っていた。その場にスクラもセレニウスもおらず、天井から吊るされたランプが照らすこの部屋にいるのは2人だけだった。しばらくの間沈黙が場を支配していたが、ぽつりと零れたアウラの言葉が、沈黙を引き裂いた。
「……いよいよ、この長い戦いも終わるんですよね」
「……3年、だったよね。アウラは……」
「……? どうかしましたか?」
リトスが何かを言いかけ、途中で飲み込んだ。彼自身、これを聞くべきかどうか迷っていた。しかしそんなことを知らないアウラは聞き返した。
「アウラは……、この戦いの中で色んなものを失ったと思う。……辛かったことも、たくさんあったと思う。……それでも、どうして戦うことを選んだの? 他の人たちみたいに、戦わなくても生きることだけは出来たはず」
「……なーんだ。何を聞くかと思ったら、そんなことですか」
何を今更と言わんばかりに、アウラは返す。そのことを話すのに、彼女はまるで抵抗感を持っていないようだった。
「確かに私は色々なものを失いましたよ。小さかった頃の思い出の場所も、仲が良かった友達も、……大好きで、ずっと一緒にいられると思ってた両親まで失いました。当然悲しかったですよ。絶望だってしました。でもずっとそのままだなんて嫌じゃないですか。だからまず、私は悲観的になるのをやめました」
アウラは不意に剣を抜き、掲げる。ランプに照らされた剣身は、一切の歪みなく光り輝いていた。
「この剣は父から贈られたものなんです。母が『年頃の女の子にこんなものを!』って、すごく怒っていましたけど、私としては、すごく嬉しかったんです。……これが最後の贈り物になってしまいましたが、むしろそれが私に戦う力を与えてくれました。父が最後に与えてくれた力は、この街を、この国を救うための力に出来るって、そう思ったんです。だから私は、この剣に失ったもの全てを重ねることにしたんです」
剣を収め、アウラは足を組んだ。そして懐かしむように、少し斜め上に視線を逸らした。
「そうやって私が戦うことを決意した時に、能力が、『ボレノロスの乗風』が目覚めたんです。能力と、戦う力。私は両方とも手に入れることが出来ました。私なら、このペリュトナイを救えるって、思っていました。だから厳しかった訓練も、耐えることが出来ました。……そうやって、偶然もありましたけど、私は私の意思で、戦うことを選んだんです」
「……そう、だったんだ。……それに比べて僕は、何か曖昧だよなぁ……」
「……? そうでしょうか? 私はそうとは思いませんけど…」
組んでいた足を元に戻し、アウラは小首をかしげる。またしても、想定していない言葉が聞こえたとでもいうかのように。
「私の初陣の日。……ついこの間だというのに、何だか懐かしいように思いますね。獣に襲われていた貴方と出会った。私は貴方を助けようと思っていました。まあ、傷を負ってすっかり恐怖してしまいましたけどね……。でもそこで貴方に助けられました。全部どうでもいいって言っていた貴方が、真正面から誰かを守るためにその身を盾にしたんですよ。そんなこと、普通じゃ出来ないすごい事です」
アウラはじっと、リトスを見つめている。リトスはそんな彼女の深い紫色の瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えた。
「……きっと、貴方はすごく強くて、優しい人です。だから自信を持ってください。貴方は、もう立派な戦士の1人です」
まあ体力が無さすぎるのは問題ですけどねと、付け加えてアウラは笑った。アウラのかけた言葉に、リトスは何も答えることは無かった。ただその言葉を己の中で反芻し、精神に広げ続ける。それは彼にとって得たことも無いような温かな言葉であり、彼の決意をより強固にするものであった。
「……ありがとう。……僕もどうにか、戦ってみるよ」
「……そろそろ、夜も明けますね。あの、ありがとうございました。私も、これで心置きなく戦えます」
ペリュトナイに、また朝が来る。街を照らすその光はいつものそれと同じように。しかし街に張り詰める空気はいつものそれと決定的に違った。そしてこの日、ペリュトナイに決定的な変化が起こることを、今は誰も知らない。
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