9.発見、引見、意志想見

 平穏を送ること。それは当たり前でなくてはならないことだ。しかし今はそうではない。突如として現れた獣たち。それによって崩壊し、そして新たにやってきた日常は、平穏とは程遠いものだった。しかし、それは取り戻すことが出来る!だからこそ戦士たちよ、戦い、そして全員で、かつての日常を取り戻すのだ!!


 ペリュトナイ抵抗派先陣戦士長、セレニウス


 一般的な朝食の時間が過ぎ、人の姿がまばらとなった食堂に、その時間には見合わない量のオーダーが入った。それは唐突に入ってきた、見覚えのある3人とそうではない1人の、合計4人からのものである。ピークが過ぎ去り、休憩に入ろうとしていた作り手たちは突然の大量のオーダーに驚いていたが、注文者の顔を見た瞬間に何かを諦めたかのように黙って調理を開始していた。


「数日はここで食ってなかったからな。朝だけど、存分に食うぞ!」

「そういえばカルコスさんはしばらく療食生活でしたね」

「私、昨日の晩御飯食べ損ねてしまったんですよ……。ここで取り返します!」


戦士たち3人は、目の前に迫っている『既知の喜び』の到来を待ちわび、それぞれが喜びに応える旨を表明している。そしてそうではない1人であるリトスは、彼らの様子を見て目の前に迫っている『未知の何か』の正体について思いを巡らせるのであった。


「おっ。そろそろだな。いい香りがしてきた」


そう言ったカルコスが目を向けた方向、厨房の出入り口から大きな鍋を抱えた中年の男が出てきた。


「……こんな時間にこれを注文する奴がいるとは思わなかったぞ。……まあ今朝仕込んだ残りを全部出しておこう。食いきれよ」


男は鍋をテーブルの中央に置き、その横に木の器と杓を添えた。そして厨房に戻ろうとしたところで、鍋を不思議そうに見つめるリトスが目に映るのだった。


「……?」

「……それを食うのは初めてか?」


男は鍋の蓋を開け、杓で中身を掬い取る。その中身、ネギと肉が入った白く濁ったスープを、4つの器に移していく。


「まあ、食ってみればわかるだろう。少し待っていろ。付け合わせを持ってきてやる」


移し終わり、男は再び厨房へ下がっていった。そんな彼を目で追うリトスをよそに、カルコス達3人は既にスープに手を付けていた。


「おお……。相変わらずのいい香りだ……。それにこの味……。よく煮込まれている、流石は料理長殿だな……」


スープを香りと共に堪能し、あっという間に1杯を平らげた。満足したのか、カルコスの頬が緩む。


「エアレーは干し肉が一番だが、これもまた堪らないもんだな……」


掬い取った肉を口にして、シデロスはそれを堪能する。


「……」


そしてアウラは完全な無言で、スープを少しずつ木のスプーンで掬いながら啜っている。その眼差しは、戦いのときのそれとほぼ同等の集中力を持っていた。


「……ねえ、これって何の肉なの?」


この中で唯一、スープに口を付けていなかったリトスが口を開く。彼の目の前のスープは、相変わらず湯気を立てている。


「ん? ああ、これか。……何の肉って、この辺りだとエアレーしか無いだろ。……まさかエアレーを知らないなんて言うんじゃないだろうな」


最も早く自分の1杯を平らげ、次の1杯を取ろうとしていたカルコスが手を止め、当たり前のように告げる。しかしリトスの顔は、いまいちピンと来ていないといった感じだった。


「まあエアレーを知っていてもそうでなくても、味には変わりないからさ。食ってみなよ。悪くはないはずだぞ」


そんなピンと来ていないリトスに声をかけたのは、あらかじめ机に置いてあった赤い粉をスープに振りかけていたシデロスだった。


「じゃあ……」


促されるままに、リトスが手にしていた木のスプーンが彼の口に運ばれていく。


「……どうだ?」

「……優しくて、強い味。美味しいね、これ。……ありがとう。僕の為に」


簡素で、単純なリトスの感謝を告げる言葉。しかしそれは純粋で温かな喜びを孕んで、そしてすぐに虚空に融けていった。


「……いいじゃないか。さあ、『朝食』を続けよう。本番はこれからだぞ!」


そう告げるカルコスの表情は、とっくに過去のものとなった朝日のように眩しかった。そして、昼食となりかけている朝食は佳境を迎える。


スープの鍋しか無かったテーブルの上には、様々な料理が盛られた皿が置かれている。そんな料理たちを前にして、4人は会話に花を咲かせていた。


「へえ、それは……。君はまた、随分と無茶をするんだな」

「あはは……。それは僕の体力が無かったからじゃないのかな……」


ブルーベリーを1粒飲み込んだカルコスが、焼かれたネギを口に運ぼうとしていたリトスに声をかけた。ネギを一度手前の取り皿に置き、彼は応じる


「そんなことありませんよ! 私も、もぐもぐ…。能力者だから、もぐもぐ……。わかります、ごくん……。能力に目覚めたばかりの頃って、使うとすごく疲れるんです! それを短時間で何度も使うなんて、下手したら死んでましたよ!」

「……飲み込んでから喋れよ。というか、そんなに一気に何種類も……。味わえよ」


目の前にある料理を見境なく頬張りながら喋るアウラに、木のカップに入った水を飲み干したシデロスが冷静にツッコむ。彼がツッコみを入れている最中にも、アウラは新たな料理に手を伸ばしていた。


「本当にアウラは良く食べるな。それで体型に変化が無い、というのも不思議な話だ」

「本当にね。でもそんなこと、女の子に言っちゃダメだよ? 相手が相手なら、思いっきり殴られてるって」

「まったくそうですよ……。って、スクラさんに、セレニウス様!?」


飲み込み終わったアウラが不意に聞こえた声に応えながらその方向を向くと、そこには湯気の立つ陶器の湯飲みを前に置いたセレニウスと、同じように湯気の立つ木のカップを手にしたスクラが座っていた。彼らの前には、白くて丸い何かが複数個乗っている皿が置いてあり、セレニウスは既に齧られたそれを手にしていた。


「2人は、どうしてここに?」

「俺は休憩時間でな。食事でも摂ろうと思っていたらセレニウスさんに引っ張られてきたんだ。本当は保存食で済ませるつもりだったんだが……」


そう答えながら、スクラはカップの中に入っている黒い飲み物を啜り、僅かに顔をしかめた。その顔のまま目の前にある白いものを手に取り、口に運んだ。


「スクラはいつも保存食じゃん。ダメとは言わないけど、そればっかりだと体壊すよ」

「心配してくれてるんですか? 大丈夫ですよ。長いこと食ってきていますが不調をきたしたことは無いので」


まあ今はその親切心に感謝しますがね、と付け加えて、スクラはまたカップに口をつける。しかし今度は表情を変えることが無いまま、カップを前に置いた。


「そういえば、2人が食べてるそれは何?」


自分から尋ねた癖に彼らの話をどうでもよさそうに聞いていたリトスが、先ほどから彼らが食べていた白いものに興味を示す。


「ああ、これ? これはお饅頭って言ってね、アマツ国っていう国の名物なの。食べてみる?」


そう言ってセレニウスは饅頭を1つ手に取ると、それをリトスに差し出した。彼はそれを受け取ると、迷うことなく齧りついた。


「……へえ、意外だな。もう少し物怖じすると思っていたんだが」

「たまに恐れを捨てるんだよ。それがリトスの良い所でもあり、悪い所でもあるんだ」

「…親か何かですか貴方は」


思い思いのコメントをする男3人をよそに、リトスは饅頭を頬張る。それは先程とはまるで違う食いつきで、何か得がたいものを見つけたかのようであった。


「リ、リトス…? どうしたの? そんなに美味しかったの?」

「いや……。まあ美味しいのは確かなんだけど、でも違うんだよ」

「違うって、何がなの?」


リトスはセレニウスの問いを無視して饅頭を食べ終わると、目の前のもう1つに手を伸ばす。しかしその勢いは続かず、饅頭が喉に詰まってしまった。


「リトス大丈夫か!?」

「落ち着けって……。急にどうしたんだ?」


シデロスから差し出された水を受け取り、飲み干すリトス。


「ケホッ……。心配させたね。ごめん。でも、どうにも懐かしくって……」

「懐かしいって、でもリトスはこれを初めて食べるはずじゃ……」


その懐かしさの正体は彼自身にもわからない。しかし懐かしいと口にした彼の言葉には、ある種の確信があり、そしてそれは揺るぎないものだった。


「……もしかして、リトスはアマツ国の出身かもしれないな」

「えっ?」


そしてカルコスが漏らしたその言葉は、リトスの意識をそちらへと向けるのだった。


「確かに、その黒髪と黒い目はあの国の人によく見られる特徴ですね。本で見たり話で聞いた通りです。どうして今まで気付かなかったんでしょう……」

「……みんなはこいつについて気にも留めていなかったからな。だから『リトス』だなんて呼ばれているんだ。まあここしばらくは何かと慌ただしかった……、いやちょっと待てよ。スクラさんは気付かなかったんですか?」

「ん……、ん?」


いったん話の輪から離れてカップの中身を啜っていたスクラは突如話しかけられ、口に含んでいた飲み物を飲み切ってから、カップを置いた。


「ああ、リトスの出身のことか。あいにく俺はアマツ国出身の者と会うことがあまりなかったからな。それにリトスがどこの出身だろうとどうでもいい。何なら俺だってペリュトナイの出身ではないのだからな」

「……まあ、それもそうですね。そういえばスクラさんは……」


カルコスが何かを言いかけた瞬間に、突然食堂の扉が開く。


「カルコス、シデロス、アウラ! プロド様がお呼びだ!」


やってきた男は、明確に3人の名を呼んだ。そして彼らのささやかな日常は、一瞬で去っていくのだった。

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