【10】棘あり初恋美少女乱舞

 噛んだ────瞬間、右脚に鋭い痛みが伝わる。

 大したものではない。と無視しようとした。


 しかし、そんなことはできなかった。


 業火の痛みは徐々に筋や骨を犯し、脚としての機能を破壊していく。

 一度だけだった鈍痛が十百千万億を超え、痛覚すら追い付かぬまま全てがズタズタに引き裂かれていった。

 右脚の惨状を恐る恐る見ようとした矢先──アイリの喉元が瘡蓋とは違う、“鱗状”の物に覆われ、止血状態にある所を打見うちみした。

 人の物ではない、人がこんな風になれる訳がない。

 悪感が走りつつも足下へと視線を移し、納得へ至った。


 そっか、それもそうだ。

 がいてもおかしくない。


 私にきずを与えたのは、か弱い左脚。

 アイリ自身は何もしていない、起きている様子もない。

 やったのは、化物へと変わり果てた一本の左脚。


 絞め殺し、噛み殺し、燃やし殺す──其は紅眼を持つ白蛇。


 変化した左脚に噛まれた私の右脚は、アイリの溢れ出た肉のように黒タイツの上から赤黒く腫れただれ、骨も肉も神経も、全て麻痺──否、焼き切れてしまっていた。

 これはきっと、アイリの体に住み着いている無意識の生存本能。

 白蛇は紅眼を不気味に動かし、こちらを睨み続けている。

 命を狙った私を、どう殺そうかと考えているんだ。

 キスをした結果、とんでもない物を目覚めさせてしまった。

 目の位置から、私の首筋を狙っているのがわかる。

 両腕は問題なく動くから攻撃は出来るが、脚が言う事を聞かない。

 逃げる事の出来ない、私の生存を賭けた戦闘。


 一呼吸置き、狙った者へ反省する。

 『可愛い子には棘がある』これを来世の教訓にしよう。

 私の国じゃ子供を食べるのは禁止になってんだもん、禁止じゃなかったら毎日色々な組み合わせで食べてたよ。


 無意味なことを考えている隙に白蛇は風を切り、槍の如く飛び掛かって来る。

 されど、このくらい速さなら掴むことはできる。鬼を舐めては困るぞ。

 両手で端ずつを掴んで、引き千切ってやる。


 痛かったらゴメンね、アイリ。

 お金置いていくから、松葉杖や車椅子なり買って、左脚の無い今後の人生をどうにかするんだよ。


 不規則な軌道から位置を測定し、頭部を掴もうと右腕を走らせた。

 風よりも音よりも速い、瞬殺を開始する。

 頭部に掌が重なり、力を込めた。

 抉り取るぞ、蛇。


 しかし、両手には、

 確かに私は掴んだ。すり抜けた訳でもない。

 掴んだ時の感想を言うならば──感触が無かった。


 痛手だ。クラブの客からこんな話を聞いた事がある。

 「一部では其処ら辺の者じゃ触れる事のできない怪物がいる。そういうのと出会った時は急いで逃げた方が良い。神でもない限り“殺す”ことできないから」と。

 鬼は、神ではない。


 私は左眼で、白蛇を見つめた。

 右眼はというと、周り一面が暗くなったのか知らないが何も映らないときたのだ。


 だけど、直ぐに見つかった。

 あ、そこにあったんだ。

 右目を潰された訳じゃなかった。なんだ。良かった。


「あ、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え」


 白蛇は“抜き取った右眼”を吐き捨てると、再び睨み付けてきた。

 痛覚が段々と薄れていく。

 あのまま脳へ侵入しなかったのは、余裕からなのだろうか。

 見下されている。頭にくる。脳が乾く。

 呼吸が乱れ始めた隙を突き、首筋目掛け飛び込んできた。

 例え片足で逃げたとて、もう片足を噛まれて殺されるだけ。


 ──非常だが、ここは素直に死ぬしかなかった。

 散り際くらい、私にだってわかるよ。

 正直、右脚と右眼があった空洞が痛くて辛い。死んだ方がマシ。

 ジャンヌ・ダルクもどきを火あぶりにした時よりも、心体がしんどいのだ。


 上下から歯が皮膚へ食い込み、貫いた先に肉を食い破ろうとする。

 その動作が遅く感じ、「嗚呼、なるほど。これが死か。ちょっと怖いな」と実感する。


 しかし、この状況に良い点をあげるとすれば、可愛い子に命を奪われるという点だ。

 アイリ。

 臆病で可愛くて優しい私の白蛇ちゃん。


 私は誰の物にもならないで、ずっと生きてきた。

 食いたい時に人を喰って、怒った時は幼馴染や親であろうと顔面を叩き割って殺すような女だけど。


 貴方になら滅茶苦茶にされても良い。って正直店に入る前、貴方から悪熱を感じた時から思っていた。

 もう、遅いけど。


「……ご、め……ん」

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