【9】噛む噛む噛む

 お金で子人こびと肉を買おうとも思ったけど、良いのが無かった。

 それで、自分で捕って来ることにしたのだ。


 童子をしょくせることへの喜びを感じ取り、私の歯が“人の物”では無くなっていく。

 服用していた自制薬が切れ始め、草食動物が肉食動物へと変わり兎は食い殺される。


 子供の肉は柔らかい。

 特に美しい顔に、熟された目玉を持つ子。

 髪は長ければ長い程、人の匂いと喉越しが混ざり合い美味。

 爪は曲線が滑らかなほど、舌触りが良い。

 歯はもちろん、歯磨きが足りていれば硬くて歯ごたえがある。

 この三つが良い感じなら他の部位も全部良し! 内臓も骨までも一本一本美味しい!


 先ほどがデザートならば、今宵はディナーだ。

 微々な上半身を抱き上げ、アイリの身に纏っていたメイド服を無造作に脱がしていく。

 黒白の布切れに隠されていたものが、私の手によって肩まで露出される。

 この様な食事ができる事を、私は存在るのかも怪しい神へ感謝した。


 か細い首に手を回し、まずは喉元へと容赦なしに嚙みついた。

 アイリの脆く繋がった首が私の咬合力で奇怪に奏でられ、内から赤黒い肉と白骨が浮かび出てくる。

 インクが止めどなく溢れ出していき、首から下に赤いエプロンを着せるかの様に、メイド服モノトーンと肌を汚す。

 男の子なのだから、後に美しい声が壊れていく事となる。──成長する、その前に。

 だって、声変わりは嫌いだもの。

 

 この時点で、もう死んでしまっているだろう。

 肌は不可解な純白さを醸し出し、虚ろに空いた瞳は闇を覗き込んでいる。

 アイリの血に濡れた胸へと耳を付けるも、呼吸は一つも感じ取れない。

 でも安心して、貴方は私のご馳走お友達

 これからは一緒に、いろんな所へ行きましょうね。


 次は唇、上唇の上に髭が生えるなど考えたくもない。

 だって、成長期は嫌いだもの。


 ……ちょっと待て。と、噛む寸前に口を止めた。

 些細な事で、他人が考えたら「下らないから、さっさと食え」と言われるだろうけど、これは死活問題だから。


 これは……ひょっとして、キスになるの、かな?


 先ほど一緒に食事したとはいえ、可愛かったとはいえ、好きだったとはいえ、食べようと最初から目を付けていたとはいえ、……キスか。

 凄くモテそうな兎に見える私だが、こう見えて恋愛経験は無い。

 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。

 まだそういう事だってしたことないのに。それより難易度は低いだろうけど、それでも……。

 嗚呼、こっちが死んでしまいそう。


 ──キスなんて、生まれて132年間一度もしたこと無いのよ⁉


 頬が熱い。先程のアイリみたいに赤くなっているのだろう。

 口を付けるのは凄く恥ずかしい。──だがしかし、ここは勢い。

 今まで切り取った唇しか食べた事が無いにしても、唇は柔らかい肉。

 アイリはただの可愛いお肉。

 つまり、ノーカン!

 ノーは後で食べるけど。


 勇気を奮い立たせる暗示おまじないをかけ、いざ勢いのままにアイリの唇へと重ねた。

 眠り姫の様に動かない童。これが童話だったら蘇っていた処だけどお生憎様。

 私、王子様じゃないもん。お肉大好きお姫様だもん。


 じゃあ、噛む。噛むぞ、美少年女のか弱い唇を、アレ、もしかしてアイリもこれが初めて?

 いやいやいや、変なこと考えるな。肉に感情を抱くな。

 噛むぞ、噛むぞ、噛むぞ。


 噛んだ。

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