【完】バニーガールとメイドの小さな晩餐会

糖園 理違

【1】ウサギはデートがしたい

 今日、可愛い子をデートに誘う。


 そう気を引き締めながらバニーガール衣装が似合う私は腰まで伸びた白髪はくはつを夜風に触れさせ、闇空にそびえ立つホテルを見上げていた。


「あの子は確か八十階辺りに……」


 生まれつき良い視力で地上から八十階の窓ガラスから見える内装を追いかける。

 しかし其処を通る人たちは、みなせっせと働く大人のメイドたちばかり。

 三つ編み、ポニーテール、ショートボブ、あまりにも微々。


 観察して早二十分が過ぎるも、お目当ての子は見つからず。

 まさか、今日は仕事の日じゃない? さすがに、あの子のシフトまでは把握していない。

 今日は諦めて帰ろうかな。そういえば、職場から三件先にある『JFK32宇宙街』に人蛸じんだこキメラが経営しているバーができたとかなんとか。


 そこ寄って、酒飲んで帰ろ──


 と、踵を返そうとした瞬間。




「……、いたいたいた」




 興奮気味に何度も言葉を繰り返した時には、既に私の体はそらにあった。

 足腰に力を入れ、月夜、電灯、焔しか見えぬ夜へと跳躍し、そのまま蹴りの体制を取る。

 この鋭く黒タイツが映える我が脚が狙うは、八十階の左から五番目の窓ガラス。

 百五十センチ程度の大窓ぐらいなら、バニーガール一人で簡単に侵入できるというもの。


 残り10.87m。

 ──でも、ちょっと緊張するな。


 残り05.42m。

 ──だけど、可愛い子を招待するんでしょ。


 残り1mm。

 ──それが私の願いなら、じゃあやるべきだよ。






 一匹の兎による災害は、ハイヒールの先端で窓を突き破られた事から始まった。


 偶然近くにいたメイドが甲高い悲鳴を上げるも、そんなのはお構いなしに廊下内を駆け巡っていく。

 獣が獲物を捕らえてしまえば、止まることなどはしない。

 迷宮を彷徨う兎にとっては、狩りなど一瞬の出来事に過ぎな──。


「少女」


 通路の角から角へ移る一瞬、疾風と共にかおを出すと可愛い子獲物遭逢そうほうしてしまう。

 は自身の爆走をすぐに止めることは不可能と判断すると、背中から手紙を取り出した。


 ──忍者ではないが、手裏剣は得意な方だ。


 私が次の角へと通りすぎる一秒の間に、歩いて来る可愛い子に当たらぬよう手前の方へと手紙を投げつけた。

 獣の双眸で捉えた所──少女に当たりそうになるのを見て一瞬冷や汗をかいたが澄んでの所で壁へと突き刺さり、めり込んでしまったがあの子が手紙を取って読んでくれる事を願う。


 この速度で走っていれば、如何いかなる防犯記録装置であろうと私を捉えることはできない。

 とりあえずやる事は終わったので、先程の窓から飛び降りて、家へ颯爽と逃げることにした。


 ──明日のデートの準備だってしなくちゃいけないし。


 先程侵入した窓の通路へと戻り、今度は身を投げ捨てるようにして侵入した窓から身を投げ出した。

 風圧を受けても尚体躯たいくはもろともせず、衝撃を感じる暇もなく地面へと着地した。


 その瞬間私の周辺にちょっとした人工的な小震源が出来上がると木々に止まっていた小動物たちは地面に叩きつけられ、近くにあった建物のショーウィンドウに数多の罅を入れてしまう。


「しまった……着地の衝撃調整間違えた……」


 こうして足を止めているにも、「一体何事か」と人や異怪たちが集まってきているため罪悪感に心が潰されている暇は無い。


 そのガラスの罅は私がデートをする為の尊き犠牲だったのだ。

 弁償ならデートという、意味文化言葉概念を作った創造主にね。


 私は再度加速を開始し、その場を一瞬のうちで逃げ抜けた。


 そして代償はもう一つあって加速が不十分。まぁ、問題って程のことじゃないけど。


 右脚から、不自然に地面と衝突する音が鳴り続けている。

 私はその音だけで今のヒールの状態を理解し、納得した。

 右脚のヒールが半分だけになっていて、残りはどこかへ落としてしまった様だった。

 小震源生誕の瞬間で、真っ二つに折れてしまったのだろう。

 明日までにこれも新調しなきゃね。

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