君は蓼食う虫

@Latte90

第1話

「おい!宮野さんだぞ!」

「まじで?どこどこ?……はぁぁ。今日もめっちゃ可愛いなあ」

「いや、宮野さんは"美しい"だろ」

「何言ってんだよ。俺の天使は今日も可愛いんだよ!あ〜あの足で踏みつけられてぇ。お前もそう思うよな?」

「何言ってんだお前っ。人に性癖押し付けんな!」


「見て。宮野さんよ。今日も綺麗だな〜」

「本当にそう!」

「なんか周りが輝いて見えるんだけど。ほんとに美人すぎでしょ」


朝の学校は、登校した生徒の喧騒で盛り上がっていた。

未だ入学して1ヶ月ほどしか経っていない校舎とも、ほどほどに慣れ始める時期だろう。

新しい出会いが咲き誇る新学期には、一つや二つ、あの子が可愛いとあの人かかっこいいなんて話も飛び交う。

ただ、その中でも特に存在感を放つ女子が一人いた。


「今日もみゃーのは人気だね〜。通るだけでこんなに人を寄せ付けるなんて、なんなの?女神様なの?」

「るなは何言ってんの?私のみゃーのはそこらの女神より可愛いから」

「るな?私は普通ににんげんだよ?というかみなみも何言ってんのよ。私は別にみなみのものではないからね?」

「えっ。みゃーのは私を見捨てるんだ?もう死のうかな…」

「いやだからね?そういうことじゃなくて…」


彼女の名前は宮野莉乃。

長く整えられた黒髪はまるで天使の衣を纏っているかのように輝き、女優顔負けのスタイルさながら、茶色がかった大きな瞳を可憐に咲かせる美少女。

噂では入学してからもうすでに30人以上から告白されていると言われている。


対して、一人寂しく実況する俺は、その辺にいる男子高校生、佐々木黒斗。

所謂陰キャと呼ばれる部類の人間だ。

常日頃から陰として生き、人様に迷惑をかけずに静かに生きる、善良な人間だと自負している。


この学校は俺の実家から遠いところに位置するため、最近は一人暮らしに悪戦苦闘中だ。

実際に一人で暮らすとなると、普通となっていた親の存在とはとても大きいものであると気付かされる毎日。


どうして家から近い高校に行かなかったといえば、当然理由はある。

まあ有り体に言えば、喧嘩である。

詳細はいろいろあるが、それを説明するのは、ここに書くにはあまりにも余白が少なすぎる、と言ってみたり。

俺自身は後悔していない。

少なからず被害を被った親には申し訳ないけど。


そんなわけで、俺は猛勉強の末、見事この高校、清桜高校に合格した。

正直自分には程遠い偏差値を誇る学校だ。

受かったと知った時は喜びや安堵の気持ちが爆発して、久々に号泣した。

父も母も一緒に泣いていた。

ただ、喜ぶのも束の間、この高校に合格したということは、俺が家を出るということでもある。

少し寂しいと言われた時は、愛されてると感じつつ、年頃の俺は気恥ずかしかった。


見事高校に入学できた俺は、今では学校から帰っては、ゲームをして、小説を読んでと遊び惚けている。

なにせ受験期の緊張と勉強からの解放である。

当分は勉強する気にならない。

以前は武道を真剣に嗜んでいたことはあったが、高校でやる気はなかった。

ゆえに、こんな生活をしているかいあって、テストでの順位は着地寸前だ。

後悔はしていない。


もちろん放課後真っ先に帰宅するような俺に、友達なんかほとんどいない……のだが、変な奴もいるもんで。

その名前は瀬間新。

俺とは正反対の、生粋の陽キャだ。

いつも友達に囲まれていて、俺ごときと話す機会はほとんどないと思うだろう。

しかし幸運……いや不幸にか?奇しくも前の席がそいつになった。

最初話しかけられたときは、それはもう驚いた。

こんな陰キャに話しかけることもないだろうに……とも思ったが、新はそんなひねくれた様子を見て、なぜか俺を気に入ったらしく、よく話しかけてくるようになった。

陽キャの考えていることはよくわからん。


「なあ……クロってさ…絵とかうまかったりするか?なんかクラス代表の仕事で、自分のクラスのポスター作るっぽくてさ」

「書いてやってもいいけど……あんま期待すんなよ?棒人間が桜囲んで回ってるような絵でいい?」

「なんだそれ?面白そうだからそれでいいや!よろしく!俺、絵なんて描いたことなかったからさ~。ほんとありがと!後でなんかおごらせろっ」


こんな感じで嫌味なく俺に話しかけてくれるいいやつだ。

友達…と言っていいのかは、正直わからない。

けれど、初対面で少し話した後に、「今日から俺ら友達だな!盃とかどっかないかな?」とかよくわかんないことを言っていたため、あいつによれば友達らしい……。

会って間もないにもかかわらず、俺をすでにあだ名で呼ぶことからも、新のコミュ力のすさまじさが窺える。

そんなこともあり、どうやらボッチをギリギリにして回避したらしい俺だった。


「そういえば黒ってさ、宮野のこと好きなん?」

「は?なんでだよ……」

「いやなんか、たまに宮野の方向いて難しい顔してるからさ…」

「どうしてそれで俺が宮野のこと好きってことになる」

「そーかな?」


こいつはホントにわからん。

しかしまあ、あながち間違いではないかもしれない。

なぜかわからないが、宮野の声を聞くと、懐かしい感じがするんだよな…。

俺にはこのとき、違和感の正体は全くわからなかった。


「じゃーな!また明日!」

「おー」

「適当だな~」

「うい」


というわけで放課後。

新はこれから友達とカラオケに行くらしい。

元気なこった。


俺は今、帰路についていた。

早く帰ってゲームをやるんだ…!と考えながら、住宅街を歩く。


するとその時、近くの公園のベンチに座る人影を見た。

いや、人がいることは何らおかしくない。

だが、その人物がかの有名な宮野莉乃だったのだ。

最近話題にあがったからか、自然と目に入ってしまう。

学校が終わると、普段は誰かと行動しているのをよく目にする。が、そんな彼女が一人で何して……と少し気にはなったものの、赤の他人である俺が関わることはないし、気持ち悪いだけだし、陰キャだし……、となぜか心にダメージを負いながら、素知らぬふりをして通り過ぎようとした。


「なあ、お嬢さん。めっちゃかわいいね〜どこの高校?」

「やっば…レベル高すぎやろ!」

「いや……。あのっ」

「ちょっとこれから一緒にお茶しない?奢ってあげるからさ〜」


どうやら厄介ごとらしい。

あんな美人が一人でいればそらナンパされるわな…。

まあ人通りも多いし……さすがに大丈夫だろ。


「ホント近くだからさ……、ね?」


そう言って一人が宮野の腕を掴み強引に引っ張ろうとする。

まじか……。


「や、やめ……。」

「あの〜、すみません。どうされました?」

「ん……?なに?君。この子の彼氏?」

「いや…そういうわけじゃないんですけど……」

「ならお取り込み中だからさあ。邪魔しないでくれる?」

「ですがね……流石に見過ごせないっていうか……」


俺も好き好んで話しかけてねえっつうの。

ただ男の沽券に関わるっていうか…。


「あのさあ。いいからどいてく」

「あっ、黒斗くん!もう、どこ行ってたの探したんだからっ」

「え」


そう言って宮野が俺の腕に抱きついた。

急展開すぎて俺は上手く反応できなかった。

男たちも目が点になっている。


「ねっ早く行こ?」


宮野は俺の腕を引っ張りながら歩き出す。


「えっ、ちょっ」

「なんだよ気分わる。いこうぜ」

「見せつけやがってっ」


男たちは悪態を吐きながら去っていった。


「あの……宮野さん?」

「よしっ黒斗君の家へレッツゴー」

「いや何言って…、いたたた」

「つべこべ言わない!ほら行くよっ」


ホントにこいつは宮野か?

学校との雰囲気と違いすぎるだろ

ってか俺ん家どこか知ってんのか?


確かに、俺の家へと向かう宮野に引きづられるようにして、俺は再び帰路についたのだった。

このとき、俺の日常が、鮮やかに色づき始めたような気がした。

桜が、残り少ない花びらを広げて、精一杯に煌めいている。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る