優紀

口羽龍

優紀

 ここは大阪の下町。古いアパートや一軒家が多く立ち並び、中心部とは違って閑静だ。この近くを高架が走っている。私鉄の路線だ。複々線で、朝から深夜まで多くの電車が行き来する。この近くには駅があるものの、停まるのは普通のみで、あとは内側の線路で通過していく。


 優紀は駅前の小さなコンテナを改造したたこ焼き屋を営んでいる。外観は決して良くないものの、近隣住民にはおいしいと好評で、仕事帰りや学校帰りの子供を中心に人気だ。


「おじさん、たこ焼き6個ちょうだい」


 学校帰りの男の子がやって来た。背中にはランドセルを背負っている。優紀はその様子を幸せそうに見ている。優紀は彼らの笑顔が好きだ。そして、おいしそうにたこ焼きを食べる姿も好きだ。


「はい、500円ね」


 男の子は財布から500円玉を出す。母からもらったお小遣いのようだ。優紀は6個のたこ焼きを容器に入れた。男の子は待ち遠しそうに待っている。


「ちょうどだね、ありがとう」


 優紀はたこ焼きを男の子に渡した。すると、男の子はお辞儀をして、ありがとうと言い帰っていく。男の子はこれから家に帰って食べるんだろう。


 その後ろには若者がいる。若者は金髪の大学生だ。、今日の授業をすでに終えて近くのアパートに帰るようだ。


「兄ちゃん、たこ焼き8個で」

「どうも、600円です」


 優紀は8個のたこ焼きを容器に入れ、若者に渡した。若者は千円札を出して待っている。若者は嬉しそうな表情をしている。


 若者は千円札を優紀に渡した。優紀はレジを開け、その中から100円玉4枚を出した。


「400円のおつりです。ありがとうございました」


 若者はおつりを取ると、たこ焼き屋を去っていった。優紀はその様子を幸せそうに見ている。


 優紀は壁掛けの時計を見た。午後5時だ。そろそろ閉店の時間だ。今日もたこ焼きを売って、多くの人を幸せにできて、平和な1日だった。明日もこんな日々だといいな。


「さてと、今日も閉店か」


 優紀はコンロの電源を消し、店のシャッターを閉めた。


「はぁ、今日も疲れたな」


 優紀はコンテナから出て、家路に向かった。優紀はここから歩いて10分のマンションに住んでいる。独身で、マンションに1人で寂しそうに暮らしている。だが、こんなに多くの人に囲まれ、たこ焼きを買ってもらって、寂しいと思った事はない。


 優紀には隠している事がある。それは昔、泥棒を何度もして警察に逮捕された事だ。金がなくて、何としても生きていくために泥棒をしていた。だがある日、それがバレてしまい、警察に逮捕されてしまった。逮捕されてからは牢屋に入れられて、孤独な日々を送っていた。


 その事は、誰にも話した事がない。話したら、たこ焼きの経営に影響が出る。誰も買ってくれないかもしれない。




 優紀は刑を終える前、何をしよう考えていた。泥棒で捕まった俺なんか、雇ってくれる人なんていない。それに、周りの人も変な目で見る。泥棒をしてしまったら、どこにも就職できないまま、辛い人生が続き、何も食べられず、飢え死にするだろうと思っていた。


 そんな時、刑務官の1人が1つの仕事を提案した。たこ焼き屋だ。この近くにあるたこ焼き屋が、後継者が出なくて大変だと言う。家族は継ごうとせず、店主は高齢。求人を出してもなかなか来ない。受刑者でも大丈夫だと言っているが、なかなか来ないという。


「たこ焼き屋?」

「元受刑者でも大丈夫だって言ってるよ」


 優紀は驚いた。たこ焼き屋なんて、考えた事がない。作った事はあるけど、本当にできるんだろうか? でも、できないと言ったら、もう就職するチャンスがないかもしれない。


「そ、そうなんですか」


 まさか、自分でもできる仕事があるとは。逮捕されたらもう就職できないと思っていた。


「ああ。おいしいたこ焼きを作って、みんなを笑顔にしたらどうや?」

「そ、それはいいですね」


 優紀は少し笑みを浮かべた。たこ焼きを作ってみんなを笑顔にしたい。そうすればこれまでの犯罪の悪いイメージを晴らす事ができるかもしれない。


 こうして優紀はたこ焼き屋を始めた。最初はあまり人が来なかったが、次第に口コミで広まり、近所を中心に多くの人が来るようになった。




 翌日、優紀はいつものように午前10時から営業を始めた。朝はそんなに多くなかったが、11時ぐらいから徐々に増えてきた。昼食目的と思われる。


 昼下がり、中年の男がやって来た。その中年の男は辺りを見渡している。明らかにおかしい。自分が泥棒だった時の仕草に似ている。


「いらっしゃい!」

「8個お願いします」


 中年の男は元気がなさそうだ。もう何日も食べていないんだろうか? まるで自分のようだ。


 だが、優紀はいつものように8個のたこ焼きを容器に入れ、ビニール袋に入れて中年の男の前に出した。


「600円です」


 そう言った途端、中年の男はビニール袋を手に取り、走って逃げた。泥棒だ! まさか、泥棒だった自分が泥棒に遭うなんて。だが、このままでは放っておけない。捕まえないと!


「おい! やめろ!」


 優紀は男を追いかけた。優紀は男より足が速い。男は必死で逃げている。だが、だんだん近づいてくる。早く逃げないと。捕まりたくない。


 1分足らずで、優紀は男を捕まえた。捕まえられた男はその場に倒れこみ、息を切らした。逃げられると思ったのに、まさか追いつかれるとは。


「くそっ・・・」

「泥棒はいかんぞ!」


 優紀は注意した。泥棒だった自分が泥棒を捕まえるなんて。交番はどう思うだろう。


「ご、ごめんなさい・・・」


 男を捕まえた優紀はこの近くにある交番に向かった。交番は3つ先の交差点を左に曲がった所にある。男は下を向いて、泣いている。悪い事をしてしまい、申し訳ない気持ちと思われる。


 優紀は交番にやって来た。交番の警官は驚いた。あの優紀がどうしたんだろう。自首だろうか? いや、誰かを捕まえている。まさか、泥棒だろうか?


「すいません、この人、金を払わないで立ち去ろうとしたんですよ」

「す、すいません」


 男は泣きながら犯罪を認めた。警官は男をつかみ、手錠をはめた。優紀はその様子をじっと見ている。自分がまさかその様子を見る事になるとは。


 その後、警官は店の前にやって来た。泥棒を捕まえたお礼にと、たこ焼きをいただこうと思った。


 警官は8個のたこ焼きを注文した。この近くにあるベンチで食べつつ、今日捕まえた事を優紀と話している。


「まさか前島優紀さんが捕まえるとは」


 警官は驚いた。自分が捕まえた優紀が今度は泥棒を捕まえて連れてくるとは。店に立ちながら優紀はその様子を見ている。


「いえいえ、当たり前の事をしただけですよ」

「ありがとうございます!」


 その話を、近くにいる人が見ている。まさか、その人は逮捕されたことがあるなんて。いい人だと思ってたのに。


 たこ焼きを食べ終え、警官は立ち去った。優紀はその様子をじっと見ている。また頑張ってほしいな。優紀は笑みを浮かべている。


「兄ちゃん、逮捕歴あんの?」


 突然、男がやって来た。男は警官との話を聞いていたようだ。男は驚いたような表情だ。


「そ、そうだけど・・・」


 優紀は言ってしまった。本当に言っていいんだろうか? 言ったら利益に影響が出るかもしれないのに。


 と、その近くにいた小学生もやって来た。今日は土曜日だ。休みでたまたまここを通りがかったんだろうか?


「おじさん、泥棒をしたことあるの?」

「う、うん・・・」


 他の人にもわかってしまった。これから、そのうわさ話がこの辺りに伝わっていくだろう。そして、みんな俺を『泥棒』と呼び、みんなから非難だれるだろう。僕は本当にたこ焼きをやっていていいんだろうか?




 それからの事、優紀は朝しか外に出ないようになっていた。たこ焼き屋は当然閉めていて、それまでにたこ焼き屋でためたお金で生活していた。底をついてもいい。それで死んでもいい。優紀は自暴自棄になっていた。


 日中はパソコンをいじってインターネットをするだけだ。それしか今の楽しみがない。泥棒をした自分がバレない


 朝、いつものようにコンビニでの買い物を終えて、帰ってきた。周りには誰もいない。今日も誰にも見つからなかった。優紀は泥棒呼ばわりされるのを恐れていた。


 優紀は郵便ポストを見た。ポストの中には多くの手紙が入っている。昨日はそんなになかったのに。一体何だろう。僕に郵便物なんてそんなにないのに。こんなに大量に来るとは。


 自宅に戻り、優紀はその1つを開封した。それは小学生の字のようだ。


「おじさんのたこ焼き、また食べたい」


 優紀は驚いた。まさか、こんな手紙が来るとは。犯罪者だったけど、本当にいいのか?


「たこ焼き屋、閉じないで」

「おじちゃんのたこ焼き、世界で一番大好き」


 その他にも、多くのやめないでの手紙があった。優紀はその手紙を見て、ジーンとなった。自分は犯罪をした事を償うために頑張っているのに、どうして逃げているんだろう。自分がとても恥ずかしくなった。


 その頃、たこ焼き屋で何人かの人が不思議そうに見ていた。いつもやっているはずのたこ焼き屋がやっていない。どうしてだろう。ここのたこ焼きはおいしいのに。店主に何があったんだろうか?


「ど、どうしたんや、今日もやってないやないか」


 男は首をかしげた。どうしてたこ焼き屋が閉まっているんだろう。食べたくて楽しみにしていたのに。


「どういう事やろ」

「わからん」


 男は立ち去った。明日は開いているんだろうか? もし、開いていなかったら、もう別のたこ焼き屋に行くしかないな。


 その日の夜、優紀は久しぶりに家を出て、串カツ屋で飲んだ。隣にいるのは、先日泥棒を捕まえた時にお世話になった警官だ。今日の仕事を終え、串カツを食べに来た。誘ったのは優紀で、警官は驚いた。何か深い意味があるんじゃないのか?


 優紀は戸惑っている。またたこ焼きを始めるか。このままひっそりといなくなるか。


「そっか、俺も気になっとったんや。どうして閉めてんのかなって」


 警官も気にしていた。よく行っていたのに、急に閉まった。昨日も訪問した。何があったんだろうと思っていた。


 優紀は生中を口にした。こうして生中を飲むなんて、何日振りだろう。家にいる時は、あんまり飲まなかった。久々に飲むと、気持ちいい。


「みんなから、やめないでほしい、また食べたいって手紙があって、戸惑ってるんだ」


 警官は牛串カツをほおばった。そして、生中を口にした。警官は真剣そうにその話を聞いている。呼び出したのはこういう理由だったのか。


「そっか。またやってみたらどうだ? やらないより、やってみる方が大切だと思ってるよ。どうして今の自分に逃げているんだ。待っている人がいるんだろ? だったら、その人のために作ったらどうだい?」


 その時、優紀は思った。どうして自分は逃げているんだろう。みんなが待っているのに、どうして店を閉めているんだろう。




 その翌日、いつも通りたこ焼きを売る優紀の姿があった。みんな、優紀が泥棒をして逮捕された事を知っているようだ。これからは何も気にせずにたこ焼きを売ろう。過去は過去、今は今。今はいい人だ。何も恐れる事はない。


「おっ、再開したのか」


 前日にたこ焼き屋にやって来た男は笑みを浮かべた。再開するのを心待ちにしていたようだ。


「おじさん、たこ焼き6個」


 やって来たのは小学生だ。小学生はリュックサックを持っている。今日は地区水泳があり、その帰りにたこ焼きを食べに来たようだ。


「はい、500円ね」


 小学生は500円玉を出した。すると、優紀は6個のたこ焼きを容器に入れ、ビニール袋に入れて小学生に渡した。小学生はビニール袋を取ると、元気に立ち去った。久しぶりに食べる事が出来て、嬉しいようだ。


「ありがとう。僕、おじさんが泥棒やって捕まったの、知ってる。だけど、おじさんのたこ焼き、世界で一番好きだよ」


 遠くから小学生は笑みを浮かべた。この小学生も知っていたようだ。泥棒をして逮捕された俺だけど、みんなに囲まれて、幸せに生きている今がある。だから、過去を振り返らずに、前を向いて歩いていこう。

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優紀 口羽龍 @ryo_kuchiba

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