ドラゴンと半自走砲

 「そいつがお前の獲物か。重たそうだな」

「あんたを逃さない程度には足も速いわよ」

 アルマとグラーエは睨み合いを続けている。

「あんたも昔は優秀な人形使いだったらしいけど、手元にカリヨンはないみたいね。生活が苦しくて売っちゃった?」

 グラーエは片頬で笑った。

「綺麗な軍服だな」

「はあ? いきなり何よ」

「実戦経験がないってことだ。だから」

 グラーエの背後の木箱の山が突然大きな音を立てた。

「こういうものにも気づかない」

 触れてもいないのに山が崩れた。箱の中から大量のリンゴが転がり出す。

「ちっ、箱の中にカリヨンを隠してたか」

 アルマが舌打ちした。

「違うよ、よく見て」

 エマが声をかける。確かに、箱からこぼれてくるのはリンゴだけだ。

「カリヨンは箱そのもの」

「お嬢ちゃん、ご名答だ」 

 グラーエはエマに向かってうなずく。

 三人の見る間に、木箱は平面に展開していく。外見は木材だったが、鉄板の内張りがあるのが見えた。鉄板同士は蝶番で繋がっており、箱と箱も鎖で連結されて大蛇のように長く伸びていく。最後の一箱から龍の頭部が現れ、空中高くに持ち上がった。

「こいつが俺のカリヨン、ファフニールだ」

 ユルゲンは再びエマを背中に回す。

「機械仕掛けののドラゴンか。……エマ」

「ごめん、もう少し」

 ユルゲンは黙ってうなずき、エマの細くて冷たい手を強く握りしめる。

「そんなハリボテ、相手になんないわ」

 アルマの声と同時に、人型カリヨンの左腕から何かが発射された。しかしファフニールは素早く身をよじって避ける。衝撃音と共に、すぐ後ろの地面の敷石に穴が空いた。

「二十ミリ対カリヨン砲か。当たれば痛いがね」

 グラーエは余裕の笑みを浮かべ、顎でアルマのカリヨンを差した。

「お前のは最近国軍が使い始めた半自走砲のブルムベアってやつだろ。そいつの鈍さじゃファフニールは仕留められんよ」

「なっ⁉︎」

 アルマの顔がみるみる紅潮する。

「どうした、図星か」

「――っざけんな!」

 ブルムベアは第二射を発射したがこれも避けられた。と、今度はファフニール目がけて走り出す。

「射撃がダメなら肉弾だ!」

 アルマが怒鳴り、ブルムベアは勢いをつけて右手を振り上げた。

「あの人、意外と短気だね。技術将校ってもっと落ち着いてるのかと思った」

 アルマの様子を見ていたエマがつぶやいた。ユルゲンは銀髪をかき上げて答える。

「あのブルムベアっての、アルマさんが設計したらしいからな。思い入れがあるんだろ」

「頭に血が上ってるせいで攻め方が単調になってる」

 エマの言う通り、ブルムベアは無駄に腕を振り回すばかりで攻撃が決まらない。見切られている。

「貴様、ちょこまか逃げるな。当たれっ」

「誰が好きこのんで当たるかよ」

 身をかわしたファフニールの尾が横なぎに振られた。体勢を崩しながらも、ブルムベアは左腕の銃身で受け止める。と、グラーエはにわかに顔をしかめた。

「馬鹿かお前は。暴発するぞ」

「知るか!」

 ブルムベアの繰り出した拳がまたも空を切る……と思いきや、ファフニールの胴の一部が分離して拳に巻きついた。左腕の方も尾が締めつけている。

「なっ、何これ⁉︎ 離せこのやろ」

 アルマの顔に焦りが浮かんだ。ブルムベアは抜け出そうともがくが、がっちりと抱えこまれた両腕は動かない。

「遊びは終わりだ」

 グラーエは遠巻きにしてこっちを見ている人々を指差した。

「二十粍弾が暴発したら近くの連中が巻き添えになる。その配慮もできんなら街中でカリヨンを使うんじゃない」

 グラーエの言葉と同時に龍の口がばっくりと開き、ブルムベアに迫る。

「や、やだっ! やめて!」

 悲痛なアルマの叫びを無視して、龍は無慈悲にブルムベアの頭部を噛みちぎった。

 アルマはぐえっと女性らしからぬ悲鳴を上げ、のけぞって倒れた。

「うわあ、ご愁傷様」

 エマが哀れむように言って目を背ける。人形使いはカリヨンと感覚の一部を同調している。もちろん自身の身体が傷つくわけではないし、直接的な痛みはないのだが、それでも感覚器の集積する頭部の損傷は操縦者にも相当な衝撃となる。

 ファフニールはちぎり取った頭をしばらくもてあそんだ後、勢いをつけて放り出した。ブルムベアの頭部は石畳をごろごろ転がっていく。

「誰か、ととっ止めて! おえっ」

 ひっくり返ったままで頭を押さえ、アルマもじたばたと右に左に転がり回る。視覚の同調が切れてないから、目の前の景色が回転して見えるのだ。

 やがて壁にぶつかった頭部と一緒に、アルマも動かなくなった。

 エマはアルマに冷たい一瞥をくれてから言った。

「思った以上にポンコツだったね」

 ユルゲンはふふっと笑って答える。

「でも時間稼ぎにはなった。どうだ、エマ」

「うん、もう行ける」 

 二人でうなずき合い、その後でユルゲンはグラーエに向き直る。

「グラーエさん、待たせた」

「あぁ?」

 グラーエは振り向きもせず、ファフニールの鼻づらをなでている。

「黙って帰れ。今日はもう店じまいだ」

「勝負は終わってない」

「お前、カリヨンもなしでどうやって……」

 頭だけをこちらに回したグラーエの動きが止まる。その両目がゆっくりと見開かれた。

「まさか、貴様」

 グラーエの視線はエマに注がれている。

 エマの服の銀糸を、光が流れている。カリヨンからあふれた思念が、周囲の物体を発光させているのだ。

「俺のカリヨンはここにいるよ」

 ユルゲンはゆっくりと答えた。

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