第33話 【番外編】クラシーの1日

 和室に敷いてある布団からはみ出て寝言を呟いている女性がいる。

 赤いワンピースタイプのキャミソールが肌けた姿と、呼吸の度に上下する豊満な胸は実に扇情的である。


 音楽系Vtuber、クラシーの朝は遅い。

 比較的早起きが苦手というのがあるが、一番の理由は悪夢に苛まれていたことだ。

 しかし、花依琥珀お節介によってトラウマは解消された──が朝が弱いのは性来の素養だったようだ。

 

「ぅん……花依さん……」


 いつも怜悧とした雰囲気はどこにもない。

 だらけきり、ムニャムニャと寝言を呟くクラシーは若干幼くも見えた。

 花依が見れば胸中で発狂する光景である。それでいて表情に出さずして真顔でしばらく眺めていそうだ。狂気。


 それにしても、花依に堕とされた三人衆は全員花依の夢を見ているらしい。ある意味悪夢だろ。

 日常生活どころか夢にまで干渉するようになるとは、花依の影響は計り知れない。無論、本人は知る由もないが。


 現在時刻は午後1時。

 寝返りを打った時に自分の手が顔にぶち当たったことで、クラシーはようやく目覚めた。


「もう朝ね……。最近は寝るのが楽しいわ」


 昼である。

 そして寝るのが楽しいのではなく、花依の夢を見るのが楽しみなだけのツンデレである。

 大人ぶりたいクラシーに春は訪れるのか。春=花依。


「んんっ……ふぅ、私も負けていられないわ」


 下馬評を覆したクラシーは、その立ち位置に甘んずる気は一切なかった。

 元からストイック気質なこともあって、自己研鑽は欠かさぬよう最近はより一層力を入れて活動している。

 

「約束は3時だったかしら。……先生」


 微かに表情を暗くさせたクラシー。

 しかし、頭を振って暗い気持ちを吹き飛ばすと、勢いよく着ていたキャミソールを脱ぎ捨てた。


「あ……破れた」




☆☆☆


 クラシーは考えた。

 酷すぎる方向音痴。最早改善することは不可能だと。

 ならば、最初からタクシーを呼んで所定の位置に送ってもらうことが一番だと。


 そんなわけで、クラシーはとある音楽スタジオに来ていた。


 

 自分の過去をするべく、向き合い続けた過去と挫折を乗り越えた今だからこそ会える人物。


 それは──



「久しぶりね、先生」

「あぁ、得心がいきました。そういうことでしたか」


 クラシーが先生と呼んだ人物。

 それは、花依の師匠と同一人物である、スーツ姿に丸メガネ、ポニテの性癖の厨装備を標準化している(偏見)女性である。


 女性はクラシーを見て片眉を上げる。

 続いてクラシーが声を発すると、納得のいった表情で頷いていた。


「あのアホの歌声を聴いてから『もしや?』と思っていましたが……ワタシもクソバカ……花依はなよりにしてやられましたね」

「花依……って、知り合いなのかしら?」


 クラシーは目を丸くして驚く。

 世間は狭いとは言うが、まさか自分の元先生が花依と知り合いとは思っていなかった様子。

 客観的に判断すれば、花依はクラシーにとって妹弟子ということになる。


「そうです。ワタシの……まあ教え子です。あまり認めたくありませんが」

「なるほどね……。まさか花依さんと先生に繋がりあるとは思ってもいなかったわ」

「同意です。──それで、アナタは何をしにここに来たのですか? 言っておきますが謝罪は不要です。アナタも……ワタシも。乗り越えた先に今ある現在なのですから、わざわざ過去を精算しなくて結構」


 ピシャリと言い切る女性に、クラシーは『変わらないな』と内心苦笑するとともに、首を横に振って答える。


「その意図がないとは言わないわ。けれど、あたしは……やり直すわけでなく、また最初から始めるためにここに来たわ。──恥を偲んで頼むわ。もう一度あたしの先生になってくれないかしら?」


 強い瞳に女性は微かに驚愕する。


(随分強くなりましたね。けれど危うさはあります。……ですが、その危うさを支えているだろう馬鹿弟子がいる限り安泰、ですか。素直に褒めたくありませんが……)


 女性にとって花依は盗っ人であり、中途半端な才を、極限まで鍛え上げた自慢の弟子でもある。

 心の中ですらもそれを言葉に表すことはしないが、それなりに信頼はしていたのだ。

 

 一方、クラシーは初めての教え子であり、自分の手が及ぶことのなかった存在。

 そして今は、才能を埋もらさせながらも一人の存在がクラシーに翼を与え飛び立たんとしている。


 女性にとって、そのもう片翼を担えることは単純に喜ばしいことであった。


「その決意の強さは変わりませんね。昔を思い出します」

「卑屈になるのはやめたのよ。あたしはあたしだから」

「良い瞳です。協力しましょう。随分鈍っているようですから」

「それは……そうね。否定できないわ」


 少し肩を落とすクラシー。

 久しぶりに歌ったあの時は、気力で歌いきったような形だ。

 微かに染み付いていた技術と、誰かさんに触発されたことによって性来持っている美声が披露された。

 しかし、プロの目線から言えば、感情表現は満点でもお世辞にも技術は伴っていなかったのだ。


 ただでさえ才能のあふれるクラシー。

 そこに技術が追いつけばいったいどうなるのか。



「あのアホ面に一矢報いましょう」


 ──女性は楽しみでしかたがなかった。



 

  


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そんなわけでクラシーの成長を描いた番外編でした。

遅くなってすみません……書いていたのに普通に投稿してたと勘違いしていました……!

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