二期生編

第8話 漆黒剣士ツナマヨを堕とそう #演技派Vtuber

 私は確かにTSガチ百合Vオタ過激派Vtuberだけども、何も強引な手段で堕とそうとは思っていない。あくまで、わか……ん゛ん゛、同意のうえでライトに堕ちて欲しいと思っている。

 そういう条件であれば、まさしく全智さんにしたような『世話焼き系、最早家族……!?』は悪くない。ぶっちゃけゴミ屋敷だったから不可抗力なんだけど。


「ツナちゃんは……んー、あれでいくか。上手く行けば即堕ちはできそうだけど、そんなにチョロいかなぁ」


 見事にフラグを建築してくれたから無事に回収してくれたら嬉しい。

 でも、今回はオフコラボじゃないから直にアピールできない。私の話術と工夫がすべての鍵を握るだろう。

 Vtuberなんだからアバターで堕としたいよね……! まさしく真のてぇてぇ……ッ! リスナーが求めてるやつだ。


「フッフッフッ……! 楽しみだなぁ」


 堕とす堕とさないに限らず、実際にVtuberとして配信をすることは楽しい。夢だったからね。夢を叶えるために努力してた時も楽しかった。

 でも夢を叶えた後の方が楽しいなんて幸せだよねー。


 憧れの舞台に私は立っている。

 だから胸を張って、私は全ての人に報いるんだ。




☆☆☆


「や、闇に呑まれた漆黒剣士、ツナマヨですっ! きょ、今日は初めてのコラボでしゅっ……あ、噛んじゃった……」


コメント

・これは紛うことなき陰キャ侍

・かわいい

・名前負けしてて草


 和装美人ことツナちゃんの立ち絵が表示される。

 今回はツナちゃんの枠でコラボすることになっている。事務所側の希望らしいから、私の登録者を上手く流れさせる魂胆かな。


 早速陰キャ具合を披露しているツナちゃんに苦笑しながら、私も立ち絵を表示させて言う。


「あざとくて草」

「酷い……!?」


コメント

・おめーよりはあざとくねぇよ

・おま言うw

・素で陰キャのツナマヨを見習え


「素で陰キャとか絶対見習いたくないじゃん。それはツナちゃんのアイデンティティだよ」

「陰キャがアイデンティティって複雑なんですけどぉ……!」

「持ち味持ち味」

「馬鹿にしてますぅ……」


 私のリスナーらしき人がいじってくるけど、ぶっちゃけツナちゃんの方がオモチャにされている節がある。

 消費税込みの百円おにぎり、とか言われてるからね。長い上に安い扱いされてるの酷い。


コメント

・ツナちゃん!?君たち仲良いのかw

・これは意外な組み合わせ

・花×ツナの概念

・全智「じー」

・草


 

「ん? 呼び方? 昨日ねー、敬語じゃなくて良いよって言われたからそうした。扱いは適当よ」

「え、信頼を込めた呼び方じゃなかったんですか。結構嬉しくて小躍りしてた私の純情は」

「陰キャ乙」 

「グハッ……」


 昨日初めてメッセージ交わした相手に信頼も何もないでしょうよ。個人的に気に入ってはいるけどね。配信も見てるし。

 肥溜めは同期も先輩も含めて全員分見てるからね。堕とす研究のためってのもあるし、忘れてるかもしれないけどVオタだからね、私。


コメント

・ツナ虐助かる

・テンポ良いなw

・無 慈 悲 w

・これぞ100円クオリティ


「そ、それは置いておきます。今回は、私を堕とすって言った花依さんを返り討ちにするために考えてきたんです」

「ほほう。何をだね。【ザ・コード】でそんなにチョロくないので大丈夫です! と啖呵を切った実力を見せてくれるんだろうねぇ……?」

「ぴぅ! そ、そ、そんな大層なものを期待しないでください!!」


 たのしい。

 おっと、知能指数下がった。危ない危ない。

 良い反応をしてくれるもんだからついついからかってしまう。これがツナちゃんの武器の一つか。コラボはやりやすいだろうねぇ。


コメント

・花依にクソビビってるw

・ただのメスガキ(笑)だぞwww

・どんな時でも(笑)は忘れないファンの鑑


 そんなコメントが流れる中、少し合間を置いてツナちゃんは切り出した。


「な、名付けて! 堕とされる前に堕としてしまうおう作戦です!」

「で?」

「悩殺です、悩殺! ……うっふ~ん」


 艶めかしい(本人談)声で唐突にツナちゃんは悩殺(本人談)を始めた。

 私がどう反応していいものか困っていると、ツナちゃんは涙目が画面越しに垣間見える声で叫びだす。


「なんか言ってくださいよぉ……」

「いや、ごめん。展開が急すぎて。よわよわすぎない、ツナちゃん。メスガキの私が煽れないレベルで虚弱だよ」

「うぅ……ソロならそこそこできるのにぃ。初めてのコラボで舞い上がってることを勘定に入れてくれません……?」

「私の初めてのコラボが大失敗したこと煽ってんの? ねぇ」

「ひぃ、あれはあれで成功じゃないですか!! 結構好きですよ! あの花依さん。私もリアタイでママって呼んじゃいましたし!」

「そんな情報は求めてないの。悩殺はどうでも良いから次いこ」


コメント

・弱すぎてwww

・守ってあげたいって思う前に守れない(迫真)と諦めるレベルw

・扱い雑スギィ!

・あれは成功でしょw

・数字的には成功じゃね。メンタルは知らん

・ま、まあ?全智堕とせたし良いんじゃね?www


 うるせー!

 失敗って言ったら失敗なんだよ!

 あの配信で私がしたことって、掃除して料理作っただけなんだが??? 家事配信? 雑談コラボのつもりで来たんだよ!!!


 

「で、では互いの趣味の話でもどうでしょう」

「いいねいいね。ツナちゃんから言っちゃって」

「分かりました! では僭越ながら語らせていただきたいと思います!」

「お、その堅苦しさは侍っぽい」


 どうやら趣味を言い合う回のようだ。合コンかな?

 ……ただまあ、これをツナちゃんに語らせるとヤバいことになるんだけどね。知ってて私はやってる。


 


 コメントも予想通り加速する。


コメント

・これはヤバい

・花依ヤバいって。止めろ

は語らせたらあかん

・あーあ、これはもう配信終わったな

・これから風呂入ろうと思ってたのに徹夜確定じゃん……


 ここからツナちゃんの独壇場が──


「私は小説だとか漫画とか読み物が好きでして! 特に異世界ファンタジーが大好物なんです! よく自分をキャラに投影させたり、オリジナルの設定を作って妄想したり!」


 ──始ま──


「そうですね……ふへへ。私はこの状況だとか弱き王女様とか! 花依さんは護衛騎士なんかも似合いそうですね。気が強くて芯があるので。あぁぁ……なんかインスピレーション湧いてきましたぁ!


 ──あぁ、旅の途中、王女は賊に襲われ窮地に! 力も何もない彼女は涙で震えながら『やめてください! 誰か助けて』と叫びます。しかし、残念ながら叫びは届かず、頼みの護衛騎士は賊と戦いの最中! 私は賊のギラつくような下卑た視線に恐怖で慄きます! 賊の汚い手が私に迫る中! 颯爽と現れる賊を打倒した護衛騎士がこう言うのです!」


 ──らない。

 今だ。意識と声を切り替える。

 ツナちゃんの設定を思い出せ。今の私は護衛騎士。

 凛々しく、強い。姫を敬愛する……声は高めで凛々しく。気の強い女騎士をイメージ。

 

 さあ、大変だ。姫様が危ない。

 そんな時に騎士は何を言う?

 

「「──ご無事ですか! 姫様!」」


 

コメント

・!!?!!?!!?!!

・え、待って、花依!?

・鳥肌立った

・そういう展開!おもしろ!

・確かに演技の出番か

・心なしか情景が目に浮かんだ


「……っ」


 息の漏れる音が聴こえる。

 正気に戻ったのだろうと察した私は、掴みは成功したと微かに息を吐く。



 ──漆黒剣士ツナマヨには妄想癖がある。

 それも配信中に没頭してトリップするほどに重度な。

 

 彼女は初配信で趣味を語り、その結果主人公最強モノの女主人公の妄想を11時間続けて話した。

 最後はヒロインとキスをして終わる、というものだったために百合適性はある。


 それを知っていた私は、敢えて趣味に誘導することで一芝居を打つことに成功した。

 彼女は初配信の後日、誰にも理解されずに敬遠される悪い癖なのだと語った。このVtuberならば受け入れられるのではないかと思ったのだと。でも、楽しくて長時間話してしまった。これからは控えるようにすると。


 でも、私は悪い癖だとは思わない。

 妄想なんて誰もがする。テロリストが学校に入ってきて、自分が颯爽と打ち倒す。男の子なら誰もが通る道だ。


 ピンチに駆けつけるイケメン。私はともかく、女の子なら通る妄想の道のはず。白馬の王子様的なね。


 それが拡大しただけの話。

 他人が否定しようと私は否定しない。それだけ想像力があるのだと称賛したいね。


 でも、言葉で言っても伝わらない。

 それはツナちゃんの根深い問題のはず。


 今彼女はトリップから復帰し、またやってしまったと後悔しているだろう。


 だからこそ──


 ──行動で見せようか。



「続けようか、ツナちゃん」


 声を戻して私はツナちゃんに語りかけた。

 嘘じゃない。本音で語る。こういうタイプは往々にして嘘に敏感だからね。私が前世でそうだったように。


「……い、良いんですか?」

「もちろん」


 不安げに問うツナちゃんに即答し、続きを促す。

 

「ぐすっ……え、えぇ! お望みとあらば続けましょうとも! そうです! 『あぁ、来てくださったのですね、私の騎士様!』」

「『あなた様のためならどこにでも。私は姫様の護衛騎士なのですから』」





 ──5時間後。



「──おしまい」


 ツナちゃんのその一言で私から演技が抜ける。

 襲う虚脱感。演劇のような形式だったから、かなりの体力が消耗された。鍛えてる私ですら疲れたのに、終始元気だったなツナちゃんすごいな。


 演劇が終わり、コメントも加速する。

 これだけの長時間だったのに、同接はほぼ変わっていない。3万人もの人がいる。

 作業しながらイヤホンで聴いていた人が結構いるらしいが、それでもこれはツナちゃんと私が繋げた演技の成果だ。


コメント

・なんだろう。すごかった

・普通に感動したんだけど。即興でしょ、これw

・天才たちの遊戯を垣間見たwww

・面白い。本出せるだろ。むしろ出せ

・↑5・7・5で草

・演技派の花依はともかく、ツナマヨの演技もうまくね?

・物語に没頭できたの初めてなんだがwww

・またやってくれ

・これだけ飽きない長時間配信は初めてだわ


 コメントは絶賛の嵐だった。

 重箱の隅をつつけば批判も出るだろうけど、そんなものは些細なことに過ぎない。


「楽しかったねぇ、ツナちゃん」

「うぅ、ぐすっ、はい!」

「なんで泣いてんのさ。劇の主役が泣いてちゃダメでしょ?」

「だってぇ……こんなの初めてでぇ……嬉しくて。本当に嬉しくてぇ」

「はいはい、よしよし。泣かないの」


コメント

・てぇてぇ

・てぇてぇ

・てぇてぇ

・やっぱママだろwww

・ツナマヨ初期勢のワイ、目にゴミが入る

・↑ハンカチやるよ

・気持ちはわかる


 泣き続けるツナちゃん。

 別に大したことはしてないんだけどね。純粋にツナちゃんのファンだし。

 私のいた歴史ではツナちゃんはいなかったから新鮮だったし。バタフライエフェクト的な何かかもしれないけど、それならそれでいい。

 ただ私の眼の前にいるのは、全智さん然り歴史の記録なんかじゃない。生きているVtuberだ。そこの分別は大事。


「どうして」

「ん?」

「どうして花依さんは乗ってくれたんですか。私の悪い癖に」

「悪い癖なんかじゃないじゃん。コメント見てみなよ。うちのざーこリスナーもツナちゃんのリスナーも称賛してるでしょ? これは純粋にツナちゃんの力だよ」


コメント

・誰がざーこリスナーだ

・部分的にメスガキ(笑)になるなw

・称賛するだろ、そりゃ

・実際面白かった

・ツナマヨの初期勢だけど、一人語りも人気あったぞ。リアタイはともかく、アーカイブでちゃんと見てくれるくらいには


「で、でもそれは花依さんがいたからの話で」

「まったくゴチャゴチャと陰キャはうるさいなぁ……」

「ひどい!!」

「褒められてるんだから素直に受け取っておけば良いでしょ。私は好きだよ?」

「うぇっ、えぅ……その」

「ツナちゃんの配信がね」

「あっ、そーゆーことですね、ええ、分かっていましたとも」


 何を勘違いしたのか言葉に詰まるツナちゃんに、私はニヤリとあくどい笑みで訂正した。けけけ、引っかかってやーんの。

 

コメント

・これはまさしくてぇてぇ

・悪女ですねぇw

・急に早口になんの草

・あっさり騙されるツナマヨwww

・ここ切り抜き確定やろ


 私はひとしきり笑って、ふいにツナちゃんにもう一度問い掛ける。


「ねえ、楽しかった?」

「はい、とても」

「じゃあいいじゃん。それで。楽しさに難しく理由をつける必要なんてないよ」

「うん……」


 粛々と頷くツナちゃんの頷きは、だと私は思った。いいね。素直な娘は嫌いじゃない。



コメント

・泣きそう

・なんでお前メスガキキャラやってんの?

・全てのリソースをてぇてぇに捧げた女

・草

・草

・悪感情をてぇてぇに使用したから残ったのが聖女なんですね、分かります


 うるせー定期。

 全てのリソースをてぇてぇに捧げたのは間違ってないけどさ。馬鹿にされてるじゃん、絶対。


 ……と、もう深夜だよね。

 そろそろ終わらないと明日の学校に響く。


「ツナちゃん。時間時間」

「ハッ……! もう深夜でした! これで今日の配信は終わりたいと思います!」

「はいはい、バイバーイ」

  

 これで終わりかなと思っていると、最後にツナちゃんはある言葉を残して配信を切った。


「そ、そのありがとうございました。私、チョロいかもしれません……で、では!」



コメント

・堕ちたな(確信)

・一枠で堕とす女

・堕ちただろ(確信)

・これで二人目か……



 配信が終わり、私は椅子の背もたれに体を預けながら呟く。


「途中から堕とす気なかったんだけどなぁ……」


 まあいいか。

 これでツナちゃんも少しは自分に自信が持てただろうし。

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