天然クールな0期生とその他の編
第3話 光速で剥がれるメスガキの仮面 #堕ちろ全智
肥溜め0期生の
そもそも0期生とは、今の社長──事務所設立当時の副社長が直々にスカウトした、謂わば選ばれし人物である。
とは言え本人も、ましてや事務所も特別扱いすることは望んでいない。デビューが一番早かっただけらしい。徹底した平等だなぁ、と思う。
それはさておき、全智さんの配信スタイルは真似しようと思ってもできるようなものではない。
……うーん、真似しようと実行するだけなら可能だと思う。なにせ今すぐできることだからね。
ただ……やろうとは思わない。
それは私を含めてだ。
リスクが異常な程高い。
「ははは〜、私生活配信って頭おかしすぎでしょ。変わってないなぁ」
彼女は今まで一度たりとも配信を切ったことがない。
厳密に言えば二十四時間までしかミーチューブは枠を取れないのだが、過ぎればすぐに別枠で配信を始める。
『私は全てをエンタメとして昇華させる』
その言葉が初配信の彼女から切り出しとして始まった言葉である。
そして見事に有言実行した。
「身バレリスクが高すぎるのにねぇ……現に住所はバレてるし」
ただ彼女はとてつもない金持ちゆえ、怪しい人物が来ようとSPさんに取っ捕まる。高級マンション住みは伊達じゃない。
性格はクール。
戦闘力は事務所最強。そして伝説の引きこもり。
それが0期生、全智だ。
名前の由来は完全無欠の知恵。ただし受け身である。
自分を余すことなく知ってもらう。
ただの変態だよね。
「Vtuberのために人生の九割消費した私も立派な変態か。ド変態じゃん。誇りに思ってるから良いけどさ」
何はともあれ、そんな変態とコラボする変態が私。
一応オフコラボとして全智さんのお家にお邪魔することになっている。めっちゃフットワーク軽いの何なんだろ。馴れ合いは嫌い! みたいな性格してるのに。
世界が違いすぎるのと、憧れの存在と会えること。その2つで軽くジレンマ状態。例え中の人がどんな人物だとしても私にとっては関係ないんだけどね。
ガワしか見てないから! ……なんかドクズみたいなセリフだな……アバターの話だよ?
さすがの全智さんも、初顔合わせの時はミュートにするだろうし打ち合わせと素での挨拶をしないとね。親しき仲にも礼儀あり〜ただし実際は親しくないとする〜。それは普通に礼儀が必要じゃん。
セルフツッコミを虚しくしながら、私はその日を楽しみに待つことにした。
☆☆☆
いよいよ全智さんと会う日がやってきた。
事前に何度かメッセージでのやり取りで挨拶させていただいたが、やはり私が憧れる存在のままだった。
誰にも尻尾を振らない孤高の狂犬……ッ!
それでいて視聴者を大事にする博愛精神。
包み隠さず全てを明らかにする度胸と覚悟。
「格好良いよねぇ……」
そんな存在と私はオフコラボをするのである。
オフだよ? オフ。推しと会えるんだよ? 神でしょ。前世男だから、なまじ自分と思考と行動が直結厨っぽくなってる気がしないこともない……ケド。
「仕事だからオール・オア・ナッシング!」
名目上は全智さんを堕とすとなっているが、それは対外的なもので、事前にコラボに付き合っていただくだけ、という取り決めを為している。まあ、仕方のない話だ。
会ってくれるだけ懐の深い人だ。
私は心臓を高鳴らせながら、メモに従って歩く。
幸いなことに……幸いなことに? 私は自他ともに認める美少女である。転生特典というやつかもしれないが、見た目には人一倍気を遣っているし、魅力は磨いてきたつもりだ。
濡羽色の肩ほどまで切り揃えられた艶やかな黒髪。ぱっちりと大きい瞳に、綺麗なまつ毛。頬はふっくらと色づきがよく、常に微笑を浮かべた口元は整っている。
スタイルは抜群。くびれも体全体のバランスも比率が整うように鍛えた。
おっぱいもバインバインである。
なにこの究極生命体。
自分の美貌が嫌になるわぁ……。
嫌でも視線を集めるから、外に出る時は大抵目立たぬようにしている。
今だってマスクとサングラスにコート、という如何にも怪しげな装いだ。着いたら外すけどね、さすがに。不審者に間違われる。
「……と、着いたか。……え、でっか。最早ビルじゃん。想像はしてたけど余裕で超えてきた。なんかテレビで見たやつだし……」
凄まじい高層マンションに慄きつつ、根は小市民な私は震えながらマンションに入っていくのであった。
☆☆☆
「今日は私を堕とすらしい花依とかいう二期生がうちにくるらしい」
コメント
・曖昧で草
・ちゃんと名前覚えてあげて
・あの突飛なやつか
・夢に関しては二期生で一番あたおかだった
・全智堕とすとかwww
その部屋には一切の明かりが無かった。
唯一の光源はパソコンの画面のみ。
遮光カーテンは閉じられっぱなしで、薄く伸びるパソコンの光は、女と……女の周りに散乱するゴミを映している。
真っ白な長髪を持つ見てくれだけは美しい女性は、Vtuberだった。名は
私生活配信という意味不明な配信を続けるトップVtuberの一人である。
「そんなわけでミュートにしないで迎え入れるドッキリを計画する」
コメント
・あー、いつものやつねwww
・呆気なく素の姿を晒すアレかw
・大概ゴミ屋敷化してる部屋見て逃げるけど
「ゴミ屋敷じゃない。捨ててないだけ」
コメント
・それをゴミ屋敷と言わずして何と言うw
・#片付けろ全智
・#片付けろ全智
・身バレはだいじょぶそ?
「家に入ったら名前で呼び合う取り決めはしている」
全智はこの後すぐに、後輩である
当然彼女はこの部屋の惨状とドッキリについては知らない。しかし身バレに関しては徹底しているようで、事前にメッセージで事故を防ぐためにVとしての名前で呼び合うことにしている。個人情報的なアレも言わないようにする、と。
私生活フルオープンな全智だが、相手には少々ばかり配慮する程度の気持ちはある。
コメント
・あのメスガキの素とは
・案外そのままでやってそうw
・声変えられるみたいだし演技じゃね
・何となく性格悪そうwww
・それな
・先輩のこと舐めてそうだわ
「舐めてたらしばくから大丈夫」
コメント
・平坦な声で恐ろしいこと言うなよ
・できるやつが言ったらそりゃもう冗談じゃなくて脅しなのよ
・駄目だ……!野に解き放っては駄目だ……!
・引きこもり定期
・草
全智はリスナーのネタ臭漂う発言をスルーして、パソコンの時計をちらりと見た。
現在時刻は13時40分。約束まで残り二十分である。
「……」
全智は孤高のVtuberである。
誰ともつるまず、一人で危険と隣り合わせな配信を半永続的に行っている。
(……今回も玄関で引いて終わるかな)
しかし、全智は必ずしも孤高を貫きたいわけじゃない。
孤独は辛い。幾ら全智といえど同期はともかく後輩から袖にされることは辛いには辛い。
ちなみに理由の7割はゴミ屋敷が原因である。片付けろ。
「もうすぐ」
コメント
・全智のオフコラボも久しぶりだし楽しみだな
・さて、今回は部屋まで入ることはできるのかw
・無理だろw
☆☆☆
ジリリリと呼び鈴を鳴らすと、すぐさまメッセージで勝手に入ってきて、と言われた。
怖い。緊張と高揚感のミックスでゲロ吐きそうなんだけど。推しと会えるんだよ!? 緊張しないわけないよねぇ、と。
「ええい、ままよ!」
重厚な扉を開け、踏み出すは推しの
そこで私を迎えたのは────
「……オゥ」
──大量のゴミ袋たちだった。
大なり小なり、様々なゴミが眠っていることは一目瞭然で、さすがに食品系のゴミはゼロとは言わないが少ないのが救いか。
しかし、奥に覗くのは袋にすら包まれていない
憧れの全智さんのご自宅はまさかのゴミ屋敷だった。
「……スゥー」
瞠目して深呼吸。
落ち着くと覚悟が決まった。先輩とか推しとか尊敬の人とかその前に──!!
「全智さあああぁぁん!!!」
ゴミを踏みしめてリビングらしき部屋に向かう。
うわっ、暗っ。パソコンの前に座ってるのが──あ、ドチャクソ美人……じゃなくて!
「……なに」
長い真っ白な髪を持つ女性。
転生特典(?)持ちの私と比肩しうる美貌。身長は低めで胸も慎ましいが、どこか醸し出す大人の色気があった。
だらしないヨレヨレの無地の白Tとホットパンツを履いた全智さんは、控えめに言って最高──エロ──シコ──すごかった。
「お初目にかかります。二期生の花依琥珀です。憧れの全智さんとお会いできてとても光栄ですが掃除させてください」
「……?」
何言ってるんだ、と言わんばかりの目で首を傾げる全智さん。前の世界ではハウスキーパーさんが掃除をしていたと聞いたが、今世ではどうも違う様子。
これが私がいることの差異なのかは知らないけど、こんな環境じゃ集中できない。
「何か捨てたらいけないものはありますか!」
「ない……と思う」
「分かりました! 必要そうなものがあったら聞きますのでちょっとお待ちを! あと掃除用具買いに行ってきます!」
「そ、掃除用具なら使ってないけど奥の棚に──」
「了解です!」
何がなんだかよく分からない状況に陥っているのか、全智さんは狼狽えながらも受け答えをする。やや綺麗好きな私は今の状況において無敵である。
全智さんの返答もそこそこに、言われた場所で掃除用具を手に入れる。ゴミ袋もいっぱいあるぜ。これは腕が鳴る。
「そ、う、じ〜♪」
私は意外と掃除は好きだ。綺麗になっていく姿もそうだし、基本的にやりがいがある。新たな自分に生まれ変われるような気がするのだ。
「私、も……手伝う……?」
硬直状態から回復した全智さんが、ふらふらと立ち上がって右往左往しながら私に聞く。
「お気持ちは嬉しいですが、足元も覚束ない様子ですし、ずっと座っていたのでしょう! その状態で立ち歩いてゴミに足を引っ掛けでもしたら危ないので私に任せてください!」
ビシッと敬礼ポーズで言った私に、全智さんは「わ、分かった」とペタンとその場に座る。いつも毅然した口調の彼女らしくない、と思いつつも今は掃除が先決である。
なんか口調が迷子だけど、憧れの存在と会えて舞い上がっている中なぜか掃除をしているって状況だとこうなるって。理解してね。私は未だに理解できてないけど。
それから──
「これ捨てていいですか!」
「う、うん」
「これ捨てていいですか!」
「う、うん」
「これ──」
という会話を無限にこなして数時間後。
「綺麗になりましたね! すごく広いです!」
「これが私の家……?」
リアルビフォーアフターである。
掃除した私ですら驚くほどの代わり映えである。全智さんにいたっては目をパチクリしながらキョロキョロと視線を彷徨わしている。
汗を拭い、やり切った、と一息つく。
そこで私はあることに気づき、顔を真っ青にする。
「ぜ、全智さん。私、気づいてしまいました」
「……ッ、な、なに?」
なぜか全智さんの方が動揺している。
透き通るような白髪を弄り顔を背ける姿は、さながら悪戯がバレた子どものようだ。
「……あの、今更なんですけど、掃除しちゃってよかったんですか……? なにか大いなる目的があってあの惨状だったとか」
「気づいたことって、それ?」
「はい、ええ。なんか勢いで暴走してしまって……」
某深夜番組で見たように、何か目的があってゴミを溜め込んでいる人も中にはいる。
もし、全智さんが押しの弱いタイプの人で断り切れずに私が掃除をしてしまった、という……?
サァと青い顔が更に青くなる。
「いや、感謝してる。こんなに家が広いなんて知らなかった」
平坦な声。感情が灯らないいつもの声。
でも、その時ばかりは本当に感謝が滲み出ているような気がした。よく表情を見れば、ほんの少しだけど笑みもある。
私は安堵でへたり込む。
「良かったぁ〜……。そういえば、改めまして花依琥珀です。全智さんの配信はいつもやってますがいつも見てます!」
「……うん、ありがと」
──また笑った……ッ!?
微笑みすら一切出したことない全智さんが!?
いや、案外オフじゃ笑う人なんだろうね。じゃなきゃあり得ない。
いやー、クールだけど全然とっつきやすいじゃん。
配信だけじゃあてにならないんだなぁ、と思いながら、私はふと、
「あ、掃除で結構時間経っちゃいましたね。その間、ずっとミュートだったと思うんですけど、配信大丈夫ですか?」
と言った。
ビシリ、と固まる全智さん。
数秒後、今度は私が固まる番だった。
「……ごめん。実はずっと配信中。ミュートしてない」
「……スゥーーーーー……」
よーし、落ち着け落ち着け。深呼吸だ私。
思考を放棄するな、考えることはやめた人間は往々にして無力である!
私はふらふらとパソコンに近寄る。
コメント
・あ、見てるー?メスガキ(笑)さーんw
・【速報】初配信から僅か数日で真反対のキャラだと分かる
・数時間も全智のために掃除した聖人はここですか?
・おや?おやおやおや?
・草
・めっちゃ煽ってて草
「終わった……全てが終わった……ッッ!」
「なんか、ごめん」
コメント
・謝れよ全智
・全智が悪い
・なんかじゃねぇwww
・てか、全智これ堕ちてんだろ
・それな
・そりゃ(ゴミ屋敷でも引かずに突進して)そう(笑顔で掃除までしてくれて先輩に対する礼儀と尊敬がある)よ
・むしろ堕ちろ
……まだだ! まだリカバリー可能だ……ッ!
いける! 諦めるな私!
「ははっ、騙されてやーんの、オタクども♡ 全部演技だよ? 所謂株上げのね。あれれ? 本当に私が優しくて可愛くて先輩想いだって信じてたのぉ……?」
コメント
・声震えてんぞ
・涙目が見える
・隠せてなくて草
・逆効果だろw
・バレバレやんけwww
「ち゛く゛し゛ょ゛う゛」
「なんか、ごめん……」
私の悔し泣きに、結構本気で反省した声音の全智さんが反応した。いやね、こういう事態を想定してなかった私のミスだよ、これ。
ちっくしょう、ふざけんな。
泣くぞ、私。
あ、もう泣いてたわ。
……どうしよ、これ。
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