蟲を食べずにいられない

いまりょう

1-1 嫉妬の虫

お姉ちゃんが嫌いだ。

わたしは美しい姉を憎んでいる。お姉ちゃんさえいなければ、わたしの人生はもっと違ったものになっていたはずだ……、確実に。

わたしの名前は田宮くし。15歳の高校1年生だ。そして問題の姉、田宮ないしは21歳の大学3年生。わたしとは6歳も離れている。顔は……、あまり似ていない。

お姉ちゃんはとても愛らしい顔立ちをしている。いや……、愛らしいなんて言葉では全然足りない。

姉のないしは出会った男、全てに興味を持たれ、好かれ、そして虜にしてしまうという恐ろしい才能を持っている。本当に例外無く全ての男達がお姉ちゃんに夢中になるのだ。

初めてわたしがお姉ちゃんの恐ろしい魅力に気がついたのは幼稚園の時だった。

その頃、わたし達家族の住むマンションには風変わりな管理人のおじさんがいた。そのおじさんは目が不自由だったのか、あるいは単にガラが悪いのか、いつも大きなサングラスを掛けていた。サングラスのレンズはカナブンみたいにテカテカした緑色で、髪型は銀髪のオールバック。指には絵本に出てくる下品な王様が身につけているような金色の太い指輪が3つも鈍く光っていた。服装はいつも黒いスーツに白シャツ。シャツの胸元は大きく開いていて、もちろんそこから趣味の悪い金のネックレスと、モジャモジャした黒いジャングルみたいな胸毛がのぞいていた。

そんなマフィアみたいな出で立ちのおじさんが、眉間に深いシワを寄せて不機嫌そうにマンションのエントランスで竹ホウキ片手に黙々と掃除しているその姿からは、確実に不穏な空気が漂っていた。

怖くて不吉。この人は元ヤクザか何かで絶対に人を殺している!

幼いわたしはそう確信していた。

何かの拍子に管理人のおじさんと出会ってしまった時、わたしはビクビクしながら「こんにちは」と小さい声で挨拶した。

おじさんは顔も上げずにドスの効いた低い声で「おう」と答える。

おじさんからは黒い殺気が漂っていて、わたしはダッシュでその場を逃げ出す。その背中にオオカミの唸り声みたいな声色でおじさんが怒鳴った。

「嬢ちゃんよぉ! 挨拶ってのは元気にしねえとなぁ!! 」

ひっ! 殺される!!

わたしは涙ぐみながらマンションの階段を駆け上がった。焦ったわたしは派手につまずいて階段を転げ落ちてしまった。その時の傷はまだスネに残っている……。

それがわたしと管理人さんの距離だった。

でもお姉ちゃんは違っていた。

元殺し屋ヤクザ風の管理人さんはお姉ちゃんを見つけた途端、サングラスを外しその糸みたいに細い目をさらに細くして微笑んだ。そして言った。

「あらやだぁ、ないしちゃん! 今日もかわいいわねぇ! おじさんの家にケーキがあるから食べて行かない? 」

お姉ちゃんはそんなおじさんにニッコリ微笑んで「また今度! 」と言った。おじさんは残念そうにお姉ちゃんに手を振った。

隣にいたわたしの時が止まった。

えっ……!? 今の誰? この違いは何??

地獄の管理人はわたしとお姉ちゃんに対してあまりに態度が違っていた。違いすぎていた。

わたしが何より衝撃を受けたのは、その時、初めて見たおじさんのサングラスの奥の想像していたのと全然違う糸目でも、突然のオネエ口調でもなく、お姉ちゃんはあんなに怖いおじさんから名前で呼ばれていると言う事実だった。同じくらいの頻度で会っているのに、わたしの事は他人行儀に「嬢ちゃん」と呼び、お姉ちゃんの事は「ないしちゃん」と下の名前で呼んだ。

その事実は管理人のおじさんの中でわたしとお姉ちゃんの扱いがハッキリ違う事を如実に物語っていた。

なぜお姉ちゃんとわたしの扱いはこんなにも違うのか……。

幼稚園児のわたしは心がザワザワするのを感じた。それは嫉妬だった。その時、わたしはお姉ちゃんへの嫉妬を初めて意識した。

数年後、わたしが小学4年生になった頃には、すでにお姉ちゃんの人気は尋常ではないレベルに達していた。

美しく成長した高校生の姉に告白するため、沢山の……。本当に沢山の男の子達がわざわざ自宅までやってきた。彼らは姉の通う高校の生徒だったり、通学の電車で一目惚れした別の学校の人だったりした。お姉ちゃんと少しでも接点のあった男子はことごとく姉を好きになり、なんとかして付き合おうと必死に告白してくるのだ。

普通の男の子なら告白する為にわざわざ自宅に押しかけて来たりはしない。しかしそこがお姉ちゃんの尋常ではないところで、姉は歩いているだけで男の気を引き、そのまま自宅までストーキングされ、さらにその一方的な愛情や好意を伝えずにはいられなくさせてしまう。相手をいてもたってもいられない状態にする。強制的に心を支配してしまうのだ。

それこそ週に1回は誰かがお姉ちゃんに愛を告げにきた。

初めの頃、世間知らずのわたしは世の中の姉と言うものは、みんなすべからくモテるものだと思っていた。お姉ちゃんはそれくらい日常的に異性から強い好意を寄せられていた。

けれど、たまたま家に遊びにきていたわたしの女友達は、お姉ちゃんに会いにきた男の子達の求愛シーンに何度か遭遇して、皆、一様にとても驚いていた。わたしが不思議そうに「何がそんなに珍しいの? 」と聞くと、友達はさらにビックリして目を丸くした。

わたしは自分の姉が普通では無い事を知った。普通の女の子は毎週、誰かに告白されたりはしないんだ……。

もちろんお姉ちゃんに好意を寄せる男性は同世代に限らない。姉が通学で乗っているバスの運転手や、わずか15分程乗ったタクシードライバーのおじいちゃんまでもが姉に夢中になってしまう。

街を歩けば男に惚れられる。それがわたしの姉、田宮ないしだ。

これは決してわたしの勘違いではない。

例えば、小学生になったばかりの幼いわたしの手を引いたお姉ちゃんがバスに乗った時。お姉ちゃんはお財布を忘れて困っていた。すると当時、地元では気難しいので有名だった運転手のおじさん(50代くらいだったと思う)は、お姉ちゃんにぎごちなく微笑んで「お金は今度でいいですよ」と言った。わたしはその時、このおじさんが笑うのを初めて見た。

そして、ああ、あの時のヤクザ管理人と一緒だ……、と妙に納得し、世界の不公平さを実感した。そのおじさんがわたしに笑いかけた事は今まで一度だって無かった。それどころか乗り降りの際にわたしがお金を払うのに手間取ると、いつも不機嫌そうに鼻を鳴らされるので、わたしはそのおじさんがとても苦手だった。けれどそのおじさんはお姉ちゃんには優しかった。いやお姉ちゃんにだけ優しかった。

バスやタクシーだけじゃない。レストランでも、図書館でも、交番のお巡りさんでさえも似たような事があった。

わたしのお姉ちゃんの周りにはそんなモテ話が溢れている。そんな事が目の前で起こる度に、わたしは自分とお姉ちゃんの違いを痛感し、お姉ちゃんの卓越した可愛さに嫉妬し、世界の不公平さを嘆いた。

そんな風にわたしのお姉ちゃんに対する嫉妬は日に日に大きくなっていった。成長して自分がより女になればなるほど、わたしはお姉ちゃんが許せなくなっていった。存在が許せない……。

断っておくけれど、わたしは決してブスではない。むしろ世間一般から見れば恵まれた容姿をしていた。ただし、それはお姉ちゃんが隣にいなければの話だ。

それにはっきりと気付いたのが小学校5年生の時だった。

学校で披露される劇の練習で、わたしが密かに憧れていた男の子が家に遊びに来る事になった。

彼とわたしは劇の主役とヒロインに選ばれ、2人でセリフの練習をする事になっていた。彼はサッカーがうまくて、屈託無く誰とでも仲良くできるクラスの人気者だった。そして彼はわたしの事が好きみたいだった。学校ではチラチラと彼の視線を感じたし、その子はわたしと話す時、とても緊張して赤くなっていた。その頃、彼がわたしの事を好きなのはクラスで公然の秘密だった。

彼がわたしの家に来る日、わたしはお母さんと一緒にクッキーを焼いて待っていた。何かが始まる予感がしていた。心の中にフワッと熱い風が吹いて、今すぐ逃げ出したいような……。それでいてずっとこの感覚を味わっていたいような不思議な高揚感。わたしはドキドキしていた。ワクワクしていた。

けれど運悪く、その日はお姉ちゃんが家にいた。

彼が家に来てお姉ちゃんを見た瞬間、アレが発動した。お姉ちゃんのアレが……。

彼はニッコリ笑って挨拶したお姉ちゃんを見て、ボカンと口を開けてしばらく硬直した。それから赤くなりモジモジして伏せ目がちにお姉ちゃんをじっと見ていた。わたしやお母さんが話しかけても上の空だった。

何が起こったのか、わたしにはすぐにわかった。

彼は劇の練習なんかそっちのけで、わたしに沢山、質問した。もちろん全て姉ちゃんについての事だ。その眼差しは真剣ですごく必死だった。わたしと彼がそんなに長く話をしたのは初めての事だった。

学校ではほとんどあいさつくらいしかした事がなかったのに……。

彼はわたしが焼いたクッキーなんて全く目にも入らないようだった。

帰り際に彼は「田宮のお姉ちゃんってすごくかわいいね! また田宮の家に遊びに来てもいい? 」と真っ赤になって聞いてきた。

明らかにわたしではなく姉目当てのその問いかけに、わたしは泣きたい気分を通り越して怒りに震えた。彼の言葉を無視したわたしは無言で玄関のドアを閉めた。

期待していた自分が惨めだった。

そしてその時、わたしは1つの決意をした。

好きな人ができても、絶対にお姉ちゃんには会わせない……。会わせてはいけない。もしわたしに結婚する時が来たなら。結婚したいと思う相手に出会ったなら、誰にも紹介せずに必ず駆け落ちしようと小学5年生にして決めた。

身近に田宮ないしという姉がいると言うことは、つまり、そういう事だ。

それにしても、なぜ、お姉ちゃんがそれ程までに異性を引きつけるのか?

その理由は本当の所、わたしにもよく分からなかった。

もちろん、お姉ちゃんの女として優れている点なんて幾らでも挙げられる。わたしは誰より間近で愛されモンスターの田宮ないしを観察しているのだから。お姉ちゃんの恐ろしさをこの世で一番理解しているのは、他ならぬわたしだ。

何よりまずはその顔。そしてその体。

お姉ちゃんの少しタレ目のキラキラとした大きな瞳。ゆるくカールした長いまつ毛。ふっくらとして血色のよい頬。ふわふわツルツルの肌。適度に高く柔らかい鼻筋。少し尖ったピンクの唇。魅力的な体のライン。絶妙な肉付き……。

あのスラリと真っ直ぐに伸びた足(ちなみにわたしの足は膝から下が少し外側にカーブしていて気に入らない……)。

160cmという殆どの男性よりは低く、しかし小さすぎない背丈(ちにみにわたしの身長は166cmで女の子にしては高すぎる……)。

柔らかくて少し癖のある髪質が織りなすふんわりしたナチュラルブラウンのボブ(勿論、わたしはそれに対抗するため小学校からずっと黒髪ストレートで通している……)。

わたしより明らかに大きくて型の良い胸(わたしの胸は精一杯寄せて盛ってもささやかな小山しか出来ないし、乳首もお姉ちゃんより大きい気がする。もちろんお姉ちゃんの乳首は見事にピンクだ……)。

そして春の木漏れ日のような甘く柔らかい声(わたしの声は無駄に低くくて、なんて事ない言葉を呟いても緊急ニュース速報を読むアナウンサーみたいな緊張感があった……)。

華奢で守ってあげたくなる肩(わたしの肩幅は姉よりもガッシリとしている……)。

透き通るように白い肌(わたしはすぐに日焼けして黒くなってしまう……)。

あの瞳。あの唇。あの顔。あの髪。あの手。足。首。胸。肌。

そして……、あの表情。

お姉ちゃんは場面に応じて恐ろしく魅力的な表情を繰り出す。それは殺人的と言っていいくらいの破壊力がある。

シチュエーションに応じて、まるでズラリと並んだ元素記号表から必要な原子を選んで化学反応を起こすみたいに、魅力的な表情を作るお姉ちゃんはさながら天使か悪魔だ。

特に失敗を詫びる用の涙袋が爆発するんじゃないかというすまなそうな表情は絶品だ。あんな顔でお姉ちゃんに見つめられたら、誰だって大抵の事は許してしまうに決まってる。

実際、わたしは小さな頃からお姉ちゃんのあの表情で色々な事をうやむやにされてきた。

好きなキャラクターのペンケースを壊された時。家族旅行の新幹線で窓側の席を譲った時(なぜか妹のわたしが姉に席を譲る流れになった)。お父さんが買ってきたお土産を選ぶ時(お父さんはよく出張に出かけてお土産を買ってきたけど、なぜか同じものではなくお姉ちゃんとわたしに2種類から1つを選ばせるようなものを買ってくる……)、洋梨タルトが食べたかったけれど、お姉ちゃんが物欲しそうにタルトを見ていたから、気後れして仕方なくチーズケーキの方を選んだ……。選ばされた。

そんな時、決まってお姉ちゃんは「ごめんね、くしちゃん」とすまなそうに微笑んだ。あんな表情をされるとわたしは何も言えなくなってしまう。心がザワザワしてお姉ちゃんの顔が見られなくなる。

でも……。

お姉ちゃんの笑顔やすまなそうな表情は確かに圧倒的で殺人的だけれど、それだけであらゆる男がお姉ちゃんに狂わされてしまうのはやはり納得がいかない。

ただかわいいというだけで、男達があんなにも壊れてしまうのは何かがおかしいと思う。

かといって、お姉ちゃんの性格が魅力的かと言えば……、決してそんな事は無い。むしろ、お姉ちゃんの内面は空っぽだとわたしは思う。

お姉ちゃんは勉強の成績も運動神経も取り立て優れてはいない。馬鹿では無いけれど、優秀でもない。単に普通だ。

本も読まないし音楽もあまり聞かない。スポーツに没頭したり、TVゲームやマンガ、ドラマに夢中になったり、アイドルを追いかけたり、ファッションにのめり込んだりもしない。メイクも殆どしない(まあ、お姉ちゃんのルックスを持ってすれば、化粧なんて殆ど意味を為さないけれど……。ちなみにわたしは、今まさにメイクの仕方をめちゃくちゃ勉強している……)。

とにかく、お姉ちゃんはすごく無趣味で無個性だ。

あれだけモテるのに特定の男の子と付き合ったりもしない。誰かに告白されても。それが例え芸能事務所に所属しているイケメンモデルでも、将来有望なサッカー部のエースでも。メガネのぽっちゃりしたオタクでも。学校の先生や隣に住んでいるお爺ちゃんでも。誰であっても必ず、困ったように笑ってから感じ良く断ってしまう。

もしかしたら……。

お姉ちゃんは今まで彼氏というものを作ったことが無いかも知れない。少なくともわたしはお姉ちゃんの彼氏を1人も知らなかった。

だからお姉ちゃんは誰かに夢中になったり恋に悩んだりしない。お姉ちゃんの心は誰にも開かれていないし、誰にも影響されない不可侵領域だ。

お姉ちゃんはいつもフワフワしていて掴み所がない。或いは、中身がないからこそお姉ちゃんはお姉ちゃんで居られるのかも知れない。そうでなければ出会う男性に次々と口説かれるなんて煩わしくて仕方がないはずだ。

そんな風に、女としての才能にすごく恵まれていながら、本人はその事に無頓着で受け身な姿勢が、本当に、本当に、本当にわたしをイライラさせる。いつもイライラさせる。

そうしてわたしはお姉ちゃんの全てに嫉妬する。その1つ1つがわたしのコンプレックスになりわたしを責め立てる。チクチクと責め立てる。

わたしはお姉ちゃんみたいにかわいくない……。

わたしはお姉ちゃんには敵わない……。

わたしにはお姉ちゃんみたいな価値はない。

四六時中側にいて、お姉ちゃんの魅力に慣れているわたしがそう感じるのだから、お姉ちゃんの周りにいる女達は、わたしよりずっとお姉ちゃんにイライラしているに違いない。

実際、女の人はことごとくお姉ちゃんを嫌う。それは実の母親からクラスメイトにお店の店員さんまで、姉に関わる全ての女に一貫している事実だ。

お姉ちゃんには今までずっと女の子の友達は居なかったし、大抵の場合、お姉ちゃんは女から疎まれ、避けられ、いじめられていた。

別にその事をかわいそうだとは思わないけれど、その点に関してはお姉ちゃんを反面教師にする事で、わたしには女友達が沢山いた。特に感謝の気持ちは無い。だってお姉ちゃんはそれとは引き換えにならない程、羨ましいものを沢山持っているんだから……。

結局、お姉ちゃんは恐ろしく魅力的なルックスを持った空っぽの人間だ。それがどうしてあんなにも男を引きつけ、そして女達からは激しく嫌われてしまうのか、わたしにはそこのところが分からなかった。

だって人には一人一人、必ず好みと言うものがあるはずだ。お姉ちゃんがどんなに可愛かったとしても、お姉ちゃんみたいなタイプが嫌いな男の人は必ず居るはずだし、逆にあんなに可愛いお姉ちゃんに憧れたりする女の人が1人や2人は居たっておかしく無いはずなのに……。それなのにお姉ちゃんは、相手が男であれば誰彼構わず必ず好かれてしまうし、女であれば100パーセント嫌われる。

そんな事ってあるんだろうか……?

それはもはやフェロモンだとか毒電波だとか、そう言った類の目には見えない超常の何かが作用しているとしか思えなかった。そういう星の元に生まれているとしか考えられない不思議な力……。

とにかく。そういう訳で、異性に際限なくモテまくる女としての魅力に溢れた恐ろしい姉を持つ哀れな妹のわたしは、全てがお姉ちゃんに対する嫉妬のみで出来上がっている。

例えば、お姉ちゃんの髪型がふんわりとしたボブなら、わたしは髪を伸ばしてストレートの黒髪ロングヘアにしているし、お姉ちゃんが白や薄いピンクの服を好んで着れば、わたしはブルーやグレーの服を選び、ピンクなんて絶対に着るものかと思う。お姉ちゃんが共学の高校へ進学したから、わたしは敢えて女子校を選んだ。お姉ちゃんが男の子に囲まれるなら、わたしは女友達を1人でも多く作ろうと思った。

ひたすら女に嫌われてしまうお姉ちゃん。それはそうだ。あれだけ可愛らしくて異性にモテる女は、余程注意深く振舞わなければ、同性には容赦なく嫌われて、仲間外れにされてしまう。だからお姉ちゃんを注意深く観察していた妹のわたしは、女友達というものがどうすれば好印象を持ち、どんな事をすると反感が生まれるのか、その仕組みがよくわかっていた。

だからわたしには女友達が沢山いる。

でも……、だからと言って満たされてる訳じゃない。わたしが本当に欲しいモノは、全てお姉ちゃんが持っていた。

あの地獄の管理人さんがお姉ちゃんに優しくしたように。あの同級生が一目でお姉ちゃんに憧れたように。そんな異性の好意がわたしは欲しかった……。

結局、わたし、田宮くしという人間は、姉、田宮ないしへの嫉妬とコンプレックスだけで出来ているつまらない人間だ。

でもお姉ちゃんみたいな人が生まれてからずっと自分の隣に居るなんて、たまったものではない。わたしにとってお姉ちゃんは手の届かない、なりたくてもなれない理想の女。絶対に努力では越えられない壁としてわたしの人生にいつも暗い影を落とす存在。同じ両親から生まれたはずなのに、お姉ちゃんとこうも仕上がりの違う自分に、わたしはいつもいつもイライラしていた。

そして今日、遂にわたしは爆発した。

溜まりに溜まったモノが破裂した。

今日のわたしは学校が終わってからアルバイトに直行するはずだった。けれど急に生理になってしまって何もかもが面倒になった。腰のあたりがダルくて重い。頭の中では深い霧が発生してボンヤリ霞んでいた。

とにかく眠い……。

何もやる気が起きなかったわたしは、バイトを休ませてもらい帰宅する事にした。

わたしの家は新宿や代々木にほど近い初台にあるマンションで、父はいつも仕事で帰りが遅く、母も最近始めたパートが忙しくてここのところ不在がちだった。お姉ちゃんはまだ大学に行っている時間で、わたしは1人のはずだった。

けれど……。

家の玄関を開けた時、見慣れたお姉ちゃんのブーツと並んで、見覚えのある男物のスニーカーが目に入った。

一瞬にして血の気が引いた。

眠気が吹き飛ぶ。嫌な予感しかしない。

わたしはゆっくりと携帯電話を取り出しカメラモードを起動した。何かを考えてそうした訳じゃない。何故か自然と体がそう動いたのだ。

音を立てないよう注意しながら、不快な声と音がするお姉ちゃんの部屋の扉をわたしはそっと開けた。

そこには案の定、裸で抱き合う姉とわたしの彼氏がいた。

指先が氷のように冷たくなる。目蓋がピクピクと痙攣した。

こんなモノ見たくない。知りたくなかった。

電気のついていない午後の薄暗い部屋。ベットの上にいるわたしの彼氏はすっかり裸で、四つん這いになっている裸のお姉ちゃんに後ろから覆いかぶさっていた。彼氏はわたしには見せたことのない恍惚の表情で息を荒げていた。

お姉ちゃんはその柔らかそうな胸を揺らし、首だけ振り向き潤んだ瞳で覆い被さるわたしの彼氏を見つめていた。お姉ちゃんの薄いピンク色の控えめな乳首が、ピンと立って硬くなっているのが分かった。頬や首の周りは赤く上気している。女のわたしが見てもお姉ちゃんの裸は息を呑むほど美しく、そして悩ましかった。

わたしがそっと扉を開けたので、2人は暫くの間、わたしの存在には気づかず、うっとりとした様子で抱き合い腰を振っていた。お姉ちゃんの震えるような甘い悲鳴と、彼氏の荒い息遣い。携帯の撮影画面に表示された録画時間が淡々と進んでいく。

そしてふと、視界の隅の違和感に気づいた彼氏がわたしを見る。

「あっ……」と声を上げて彼は目を見開く。

続いてお姉ちゃんがわたしに気付く。

お姉ちゃんは「ああっ……!? 」と驚きと官能の狭間で悩ましげな声を上げた。

するとわたしの彼氏が「うっ!」と呻いた。男の綺麗に割れた腹筋がピクピクと伸縮している。お姉ちゃんの華奢な腰に添えた手にぐっと血管が浮き上がり力が込められた。

どうやら彼は……、ビックリして射精してしまったようだ。

「えっ……!? 」

驚いたお姉ちゃんはパッと体を離す。彼氏の股を見る。おちんちんの先からは白くてネバネバした液体が滴っていた。わたしの彼氏はコンドームを付けていなかった……。

わたしは目の前で繰り広げられる悪夢にいよいよ耐えきれなくなって、そのまま何も言わずに部屋を飛び出した。

「バタン! 」と激しく扉を閉めた時、お姉ちゃんが何か言った気もしたけれど、わたしは無視した。

2人ともわたしを追っては来なかった。

何なの!? 何で!? どうして? わたしの事、好きって言ったのに! 気持ち悪い! スタイル良すぎ! 最低! 何あの顔!? あんな顔、見た事なかった……。裏切られた……! あんなに真剣な顔で告白してきたくせに! 死ねばいい! ! クズ!! 変態!! ビッチ!!!

一気に色々な思いが溢れてきて、それをジューサーでかき混ぜたみたいに頭の中がグシャグシャになった。

暗い廊下を足早に歩く。怒りで唇が震える。わたしは涙を拭うのももどかしく靴を履いて玄関を飛び出した。もう1秒足りともこの場所に居たくなかった。

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