魔術師免許の更新を忘れて書類上勇者パーティ追放された俺が魔王のダンジョンを改装した役所で雇用保険課まで無限バトル

木古おうみ

書類の提出期限は守れ

強化魔術師エンチャンター・レヴィン、お前をパーティから追放する」


 ギルドの談話室で、俺の向かいに座るダリオは眉間に皺を寄せてそう言った。

 よく日に焼けた褐色の肌も、髪と同じ赤い目も、こいつが勇者ブレイバーを名乗る前からずっと見てきたが、こんな険しい表情は見たことがない。



「何でだよ……」

「心当たりはねえのか」


「そんな風に睨むのはやめましょう?」

 勇者の左隣に座るクローネが慌てて取りなす。

 ゆるくうねる金髪と真っ白な肌は、召喚士テイマーとして戦いに加わった今も、貴族令嬢だった頃のままだ。


「レヴィンが嫌いで追い出すんじゃないのよ。いつも私たちを守ってくれてとっても感謝してるもの。イヌナーキ峠だって、ホルガル村だって、この前のダンジョンだって、たくさん貴方に救われたわ」

「じゃあ、何で……」



「もういいよ。あたしがはっきり言ってやる」

 勇者の右隣からセラが割って入った。盗賊シーフ上がりのセラは女にしては長身で肌も髪も黒く、少し威圧感がある。

 そうでなくても、三対一で陣取られているから俺は少し息が詰まった。四年前、ダリオと一緒に受けたギルドの入団試験を思い出す。



「いや、いい。リーダーの俺が言わねえと駄目だ」

 ダリオは沈痛な面持ちで首を振り、俺を正面から見据えた。

「いいか、お前の追放理由はな……」

 俺は思わず唾を飲み込んだ。

「査定だ」

「何?」

 聞き返した俺の声は自分でも間が抜けていたと思う。それが気に障ったのか、ダリオは机を叩いて立ち上がった。


「お前なあ! 二年に一度の魔術師免許の更新行ってなかっただろ! 免許の期限が切れてんだよ!追放って言ったけど、そもそも本当は就労資格なしで、書類上じゃ三週間前からパーティに在籍してないことになってるんだよ!」

「あ……」

 ここ最近魔物の討伐にかまけて忘れきっていたが、そんな封筒が届いていた。

 机が散乱していて、どれを捨てていいのか悪いのかわからず、期限切れのものが見つかっても気が滅入るので触らないようにしていた。


 セラが深い溜め息をついた。

「あたしたちも昨日それに気づいたんだけどさ。大事な書類は分けておけって言ったじゃないか」

「そうしたはずなんだが……」

 俺は無意識に額に手をやった。

「どこにしまったか、今少し思い出せない……」


 クローネが哀しげに俯く。

「役所から何度か通達が来たとき、私も聞いたわよね? 開けなくて大丈夫かって……」

「ごめんな……」



 ダリオは再び長椅子に腰掛けた。

「悪い、俺がもっと早く気づいてれば……」

「お前が謝ることじゃないだろ。俺がずっと放置してたのが悪いんだから」

「いや、俺のミスだ。お前が壊滅的にそういう手続きをできないってこと、俺が一番わかってたのに!」

 短い赤毛を掻き乱してダリオが呻いた。


「レヴィン、お前はいつもそうだ。魔術学校の入試日程も、ギルド入団時の口頭試問も俺がいなきゃまともにこなせなかっただろ!」

「いつもありがとうな……」

「そういうのはいいんだよ! 卒論の提出期限を勘違いして、五日で書き上げなきゃいけなくなったお前が、学校の喫煙所で資料積み上げて煙草吸いながら作業に追われてるのを見て思ったんだ。『こいつ、大丈夫かよ』って……大丈夫じゃなかったじゃねえか……」

「ごめんな」


 何とか提出した卒業論文は受理されたものの、体裁が間違っていて、相談できる友人がいないのかと教授に心配された。二日前にダリオに相談してこのザマだった。



 クローネが曖昧に微笑んだ。

「おふたりとも本当にずっと仲良しだったのね」

「お前もそういうのはいいよ……」

 ダリオは背筋を正して座り直した。


「お前はこのままじゃ魔術師免許剥奪だ。だが、パーティのリーダーの権限で俺が追放すれば、失業保険がもらえる上に、再雇用試験も受けられる。免許の失効が半年前以内なら試験に受かれば更新料なしで再発行もしてもらえるらしい」

「本当にごめんな。いつも助かる。よくそういうの覚えられるよな」

「何で高等魔法は詠唱なしで使えるのに、役所で必要な書類や手続きは全然覚えられないのさ……」

 セラは腕組みをして呟いた。



 ダリオは机の上に封筒を並べた。この前の戦いから戻ってすぐ書いたのか、封蝋に土が少しついていた。

「この前、討伐に行ったダンジョンで石碑が壊れてただろ。あれをレヴィンが壊したことにする。少し調査をすれば最初から壊れたことがわかるから、お前の査定には響かねえ。俺が私怨で追い出したんだと思ってくれるだろ」

「それじゃあ、お前が……」

「馬鹿か、俺は勇者だぜ。役人のひとりやふたりに嫌われたところで何ともねえよ」

 ダリオは足を組んで不遜に笑った。


 クローネは一瞬ダリオを見て目を細めてから俺に向き直った。

「合格してまた戻ってきてちょうだいね」

「ああ、頑張る」

 

 セラは腕を組んだまま、右手の人差し指で俺を指した。

「あんたが何でこれだけしてもらえるのか、理解してる?」

 俺は言葉に詰まった。こういう質問は苦手だ。

「みんな優しいからか……?」

「違う! あんた本当に馬鹿だね!」

 セラは顔を赤くして叫んだ。彼女は昔から俺に当たりが強い。


「いい? あんたは生活能力がまるでなくて時間にはだらしないボンクラだけど、魔術師としては馬鹿みたいに強い。言いたくないけどパーティに欠かせないんだ。だから、早く復帰できるように手を尽くしてやってるの。役立たずなら助けるもんか。あたしはふたりほど優しくないからね」

 そう言いつつ、書類をまとめてすぐに持ち運べるようにしてくれていた。

「やっぱりセラも優しいだろ」

「うるさい、殺すよ!」

 セラは顔を更に赤くした。クローネが小さく笑う。ダリオは呆れ顔で首を振った。

 和やかな空気に、俺は煩雑な手続きを超えてまで人気のない強化魔術師の試験を受けた頃を思い出す。早いところ復帰しなければいけない。そう思った。



 ダリオは立ち上がって窓を開け放った。金色の光の粒が絡んだ風が部屋に流れ込む。

「お前がいない間のことは心配するな。臨時で補充要員を手配してるからな」

「俺と違ってちゃんとしてるよな」

「何で自分の傷を抉るんだよ」


 ダリオが顎で窓の外を指した。俺も席を立って窓枠に手をかける。

「そろそろ来るぜ」

「どんな奴だ?」

「お前と同じ魔術師だが、たまたま手が空いてる奴を臨時で雇っただけだからな。そんなに期待はできねえ。何せギルドの査定は最低ランクで、無能だからって他のパーティを追放されたらしい」

「大丈夫かよ」

「何故かどこぞの令嬢や都の女騎士から信頼が厚くて、推薦文が送られてきたんだよ。竜を単独で倒した経験もあるらしいんだが」

「めちゃくちゃだな。それはそれで大丈夫かよ」


 ダリオが肩を竦めたとき、路地をひと影が通りかかった。

 石段の水溜まりを避けて進む、黒髪の小柄な少年だった。気弱そうな雰囲気だが、一瞬俺たちの方を見た黒い瞳には妙な力強さがある。

 こいつがいたら、俺は本当に不要になるかもしれないと思った。



「そろそろ役所に行った方がいいんじゃないの」

 セラが長椅子から身を乗り出す。クローネは召喚術に使う分厚い本を抱き抱えて言った。

「都のお役所って、魔王のダンジョンの遺跡を居抜きで買い取って改装したところよね。私も一度見てみたいわ」

「税金を無駄にできないからって物騒なもの買い取ったよね」

 


 たぶん今言わない方がいいのはわかっているが、今聞かなきゃまずいことがある。俺自身が後で調べるとろくなことにならない。


「なあ、あの……」

「何かしら?」

「役所ってどこの何課に行けばいいんだっけ……」



 案の定、ダリオの目つきがものすごいことになった。

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