Kiss Kiss

なつめ晃

きみの瞳を信じてみようと思うんだ ep1

「松本くん」

改札を出たところで名前を呼ばれて振り返ると、見慣れた笑顔が視界に入った。

「よお、早いな。部活は?」

「テスト前だから無し」

横に並んで歩きだすとほぼ同じ身長だが、わずかに俺のほうが上背がある。

一つ歳下の鷹野とは、駅から歩いて十分ほどの場所にある古い商店街の八百屋と自転車屋で育った幼馴染だ。

別々の制服を着て、正反対の見た目のふたりが並んで歩いているのは、傍から見ると変な組み合わせかもしれない。

どう見ても、同級生には見えないし仲良さそうにも見えないだろうな。

サッカー部の割にあまり焼けていない色白の整ったきれいな横顔を見る。

すれ違う女子校生も、鷹野を振り返って見ているが、鷹野は素知らぬ表情だ。

「なに?松本くん」

「いや、おまえ、校内のミスターコンテストで優勝したって?」

「―――誰に聞いたの?」

「商店街のおばちゃんたちが噂してた」

鷹野は嫌そうに顔をしかめた。

6月に行われた文化祭でミスコンと同時にミスターコンテストも行われたらしい。

鷹野は入学して2か月もたたないうちに校内でも注目されていたということだ。

「モテモテじゃねぇか」

「みんな、おもしろがって投票しただけだよ」

その話はここまでというように、興味無さそうに鼻で笑った。

相変わらず、自分の顔の造形に自覚がないらしい。

目付きの悪い俺と違って、鷹野は色の白さも手伝って、子どもの頃は女の子みたいに可愛いくて女子の人気が高かった。

恵まれた容姿に興味がないなんて、もったいない。

「おまえさぁ…」

「お腹すいたね。もんじゃ食べてこうよ」

周りの視線を気にしたふうもなく、鷹野は相変わらずマイペースだ。

それにも、もう慣れた。

「そうだな。だったら、近道しようぜ」

駅と商店街の間にある広い公園の中を突っ切って柵を越えると、ちょうど商店街の中央にあるもんじゃ屋の裏に出る。

小学生の時、この公園は商店街の子供たちの遊び場だった。

あの頃は年齢関係なくごちゃまぜになって遊んだ。鷹野もその仲間のひとりだ。

けれど、中学生にもなれば遊び方も、遊ぶ相手も変わる。

それまで、「博也」「直幸」と呼び合っていたが、中学に入れば上下関係も厳しくなり、いつのまにか、「鷹野」と呼ぶようになり、「松本くん」と呼ばれるようになっていた。

なんとなく疎遠になっていた中学時代を経て、鷹野が俺の高校と同じ駅にある別の高校に通うようになり、また付き合いが復活した。登下校の時間が重なるからだ。

「あれ?」

立ち止まった鷹野が向ける視線をたどると、子供用のスポーツタイプの自転車がベンチの前に倒れている。

鷹野が足早に近寄って起こすと、チェーンが外れていた。

「随分、高そうなチャリだな」

「かなり、いいやつだよ。ウチでも年に一台くらいしか出ない……」

鷹野の表情が変わる。

「どうした?」

「ウチで買ったやつだね。ステッカーが貼ってある」

指示されたスポークの裏にサイクルセンター・タカノのロゴ。

「見覚えあるのか?」

「……ある」

暗くなりかけている公園全体をふたりで見渡す。

持ち主は小学生だ。

変質者に狙われたか、もしくは……。

「松本くん、あそこ!」

鷹野が指をさす前に、走り出した。

公園の端、樹が立ち並ぶ場所。入口からも商店街からも死角になる場所だ。

「おい! 何やってんだ!」

制服姿の中学生が3人、小さな子を囲んでいる。

俺の声に3人が一斉に振り返る。

「なんだよ、ひっこんでろよ」

「誰だよ、てめぇ」

それぞれが凄んでみせるが、所詮中坊だ。

「あぁ? 誰に言ってんだ、コラァ」

近づき、上から見下ろして睨むと僅かに怯む気配がした。

「お前ら、ガキ相手に何やってんだ? あぁ?」

「な、なんだよ」

3人のうちのひとりと、目がぴたりと合った。

最初、睨み返してきたが、はっとしたように隣の奴の袖を引っ張った。

口が「やばい」と動く。

もうひとりも気付いたように、「まずい」ともうひとりを引っ張って後ずさった。

「この辺で、勝手なことしてんじゃねぇぞ。どこ中だ?」

もごもごと何か言いながら、逃げ腰になっているところへ、自転車を押してきた鷹野が立ちはだかった。

「その子から、お金取ったりしてないよね?」

にこりと鷹野が口元だけで笑う。

怯えている子どもを振り返ると、涙をためた目が訴えかけている。思ったより小さい子だった。

こんなちびから金を取ったのかと思うと怒りが湧き上がった。

自然と眉間に力が入り、目付きの悪さも5割増しになる。

「―――出せ」

低い声で言い放つと、小さな財布を放り出すようにして、「すいません」と叫んで3人は公園の外へ向かって走り出した。

走り去るのを確認して、財布をちびに渡す。

「中、ちゃんと入ってるか?」

おそるおそる中を確認して、小さく頷いた。

「大丈夫?よしくん」

今度は正真正銘の笑顔で鷹野が話しかける。

「なぁのくん!」

項垂れていたちびの表情が、ぱっ、と明るくなり、嬉しそうな声をあげた。

やっぱり、知ってる子だったのか。

「こんな時間になんで一人でいるの?」

よしくんと呼ばれたちびは、困ったような表情を見せてここまでの経緯を話した。

お母さんから牛乳を買ってきて、とおつかいを頼まれた。本当は団地近くのコンビニで買うように言われたが、商店街で買いたくて自転車で公園を通ったときに、あの中学生たちに自転車ごと倒されてお金を取られたのだという。

小学生とは思えないほど、簡潔かつ要領を得た説明だった。六年生だというが、それにしては小さい気がする。

ふと、見ると、膝を擦りむいている。

「ここじゃ暗くてチェーンも直せないし、とりあえずウチにこいよ」

「そうだね。松本くんちのほうが近いね」

鷹野の家は商店街の端にある。

鷹野は「よしくん」と呼んだちびと手をつなぎ、俺は自転車を抱えて公園の柵を乗り越えて商店街に入った。

静かだった公園から一変して、商店街は明るく賑やかだった。

まだ、客のいる店先までくると、母親が振り返った。

「あら、ナオ、博也くん、お帰り。…どうしたの?」

「こんにちは、おばさん。ちょっと店先お借りします」

明るい店先の端に自転車を置いた鷹野は、チェーンの修理に取り掛かった。

「工具なくても平気か?」

「大丈夫だよ」

「ちび、中に上がれ。傷の手当てしてやる」

特徴的な細い目を瞬いて、素直に後をついてくる。

泥のついた傷を洗い流してから、大きめの絆創膏を貼ってやると、やっとほっとしたように笑った。

「ありがとう。お兄ちゃん」

「ああ。この時間の公園は危ない奴らがいるから、もう近寄るなよ」

うん、と頷いて、へにゃっと音がしそうな笑顔を見せた。

「そういえば、名前聞いてなかったな」

「かさはらよしひこ!」

それを合図に、今まで静かだったのが嘘のように喋りだした。

お兄ちゃんとたかのくんは友達なの? たかのくんてひろやって名前なんだね。何度聞いても教えてくれなかったから、たかのくんて呼んでたんだ。あの自転車はたかのくんのとこで買ったの。お兄ちゃんのお店もお母さんと来たことあるよ。グレープフルーツ美味しかった。

立て板に水とはこういうこと言うんだな、と思いながら救急箱を片付ける。

「チャリ、なおったら送ってってやるよ」

と言うと、不安そうに持っていた財布を握り締めた。

「ああ、牛乳を買いにきたんだったな」

八百屋ではあるが、飲料も置いていることを思い出して、ちびを連れて店に戻る。

「お母さん、牛乳まだ残ってる?」

「あるよ。大きいの? 小さいの?」

ちびを振り返ると、財布を握りしめて

「大きいのください!」

と元気に言った。

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