第2話 鉢植えトレントはモンペです

 なくしたお金がもどってきた。

 てっきり落としたものとばかり思っていたんだけど、じつはられていたらしい。

 信じられない気持ちのまま、駆けつけた憲兵さんたちにつれて行かれるおじさんの丸まった背中を見送った。


 もちろん、ミートパイを食べに行くなんて気にもならなかった。

 ひょっとしたら、おなかが空いていたことすら忘れていたかもしれない。

 それくらい、ふわふわとした夢見心地で……目が離せなかった。


「……やっと、見つけた」


 ビビビッときたんだ。

 あの子は、僕の『運命のヒト』だって。


 ──だったら、僕がやるべきことは、ひとつだ。


「あの! 僕をしもべにしてください!」


「…………はい??」



  *  *  *



 雲がながれて、見上げた空は、いつの間にかオレンジ色。

 リンゴンのシンボル、時計塔を一望できる小高い丘の上に、小柄な影を発見だ。


 カンッ、カンッ、カンッ。


 ひとけのない街はずれ。テントを張っていたシュシュさんは、ほっそりした肩を落として、何度目かわからないため息をつく。


「しょんもり……」


 夕焼けにとけ込むオレンジの頭に生えた双葉みたいなバンダナも、へなへなとしおれてる。


「元気がないですね」


「そりゃあ、ラブリィちゃんとのおわかれは寂しかったですもん……でもこれはお仕事。しょせんシュシュはいっときのしもべなので、しかたないんですぅ…………んっ?」


 芝生にペグを打ち込んでいたシュシュさんが、ガバッと顔をあげた。


「こんにちは! じゃなくて……こんばんは? 夕方ってどっちのあいさつがいいんですかね」


「キミは、スられたことにも気づかない地味地味のほほんボーイ!」


「あはは、よく言われます。スられたのははじめてだけど」


「くっ……まいたと思ったのに、またシュシュのあとをつけてきたんですか!? 地味地味なのにストーカーですね! このっ、このっ!」


「わーっ、わーっ! 落ち着いてください!」


 危ない危ない!

 ペグ打ち用のハンマーをブンブンふり回されて、あわてて飛びのいた。


「まさかとは思いますけど、なにしにきたんですかね!」


「僕をあなたのしもべにしてください!」


「やっぱりー! そのよくわかんない『就職希望』は、キッパリおことわりしたはずです! ってゆーか、シュシュが募集してたのは求人じゃないです、お仕事です! これを見なさい!」


 どーん! と胸を張ったシュシュさんが、そこに縫いつけられたオーバーオールのポケット部分を指さす。

 ライトブルー生地にレモンイエローの糸で、『お仕事募集中! モンスターさまのごはんにおさんぽ、なんでもござれ!』と刺繍が。

 そのまわりを、星や旗のかたちをしたバッジでデコレーションされてる。


「ポップでおしゃれな広告ですよね!」


「感心してる場合じゃないです!」


「あはは、僕、シュシュさんにちゃんとお礼をしたかったんです」


「スリおじさんを撃退したのは、ラブリィちゃんです!」


「シュシュさんのビンタもすごかったですよ!」


「スリ現場を目撃して、執念で追跡したラブリィちゃんのお手柄のおかげです! みつぎものならラブリィちゃんによろしくです! まぁキミみたいな怪しいヒトに、ラブリィちゃんのおうちの住所は教えませんけどねっ!」


「ラブリィちゃんにも感謝してるけど、僕はシュシュさんとお話したいんです。とりあえず話を……」


「やだぁーっ! こないでーっ!」


 シュシュさんが叫んだ、そのときだった。


 バチィンッ!


 伸ばした右手に、激痛がはしる。


「いったぁ! なにっ……なにが起きたの!?」


 とっさに腕を引っ込めると、鞭で打たれたみたいに右手の甲が真っ赤に腫れていた。

 シュシュさんが持ってるのはハンマーだ。それに、シュシュさんもなにが起きたのか、わかってないみたいだった。

 オレンジのクセっ毛で目が隠れてるし、やっぱり素顔は見えない。でもポカンと口があいてるから、それくらいはわかったよ。


「……ウゥウ!」


 うなり声が聞こえてくる。シュシュさんのうしろのほうからだ。

 するとハッとしたように、シュシュさんが声を半音高くする。


「助けてくれたんですね! トッティ!」


「ウゥ……ウウウ!」


「うわぁん! いつもシュシュを助けてくれるのはキミですよーう! トッティ〜!」


「えっ、なにかいる……どこにいるの!?」


「おバカさんですねぇ、トッティならここにいるじゃないですか、はじめから!」


『なにか』に話しかけていたシュシュさんが、くるっとターン。


「へっ……あぁっ、そんなところに!」


 たしかに、いた。シュシュさんの背中にくっついていた。

 いや、って言ったほうが正しいかな?


「ウァアアア……!」


 青々としげった葉っぱに、両腕みたいに生えた枝。

 幹のところにあるみっつのくぼみは、両目と口。

 とんがったトゲみたいなのは、鼻かな。


 トッティは、木のすがたをしたモンスターだった。


「『トレント』……!?」


「ノンノン、『ポット・トレント』です。鉢植えサイズに品種改良された、ペット・モンスターですよ。お仲間に『ポット・マンドラ』もいます」


「『ポット・トレント』……」


 シュシュさんが言うように、トッティは鉢植えサイズの、ちいさな『トレント』で。

 オレンジの布でカバーをされた植木鉢ポットから顔を出していて、シュルシュルと伸ばしたツルを、シュシュさんの両肩へ器用に巻きつけている。

 リュックの肩ひもみたいだ。ワンポイントで咲いている白い小花が、かわいらしい。

 そう、トッティは植木鉢ポットごと、リュックみたいに背負われていたんだ。


「はじめからって……ずっといたの?」


「当たり前です。シュシュとトッティは、ずーっといっしょに旅してるんですから」


 ってことは、さっきのは、トッティのツルで右手をはじかれた痛みだったのか。


「トッティの根っこで刺されたら、もーっと痛いですよ。これ以上こてんぱんにされたくなかったら、さっさとしっぽを巻いて逃げ出すことですね、どこのだれだかわからないヒト!」


「えっとですね、僕にも名前はありますよ? シュシュさん」


「それくらい知ってますよ、『ソラ』ですよね! ……ってあれ?」


 ポカン、と固まるシュシュさん。

 相変わらず顔は見えないけど、おどろいてるおどろいてる。思わず口走っちゃったことに。


「ははっ! そうです、僕の名前は『ソラ』です。さすが!」


「ちっ、ちがいます。『ソラ』っぽそうな顔してたから……たまたまです、当てずっぽうです!」


「知ってて当然ですよ。シュシュさんは僕の『運命のヒト』なんだから」


「またそれですか、意味がわかりませんっ! トッティ! あそこの変なヒト、追いはらってください!」


「ウゥウ……!」


「わわっと!」


 すかさずツルが飛んできて、危ないところでなんとかかわす。

 その隙にシュシュさんがテントへ駆け込んで、カチッと金具の音が。


「あらら……施錠ロックされちゃった」


 見たところ冒険者用のテントみたいだし、野生モンスター対策で、それなりに頑丈なつくりをしているはずだ。

 これじゃあ、いくら呼びかけても出てきてはくれないだろう。僕がどうこうできるものでもないし。


「信用ないなぁ……僕。急にあんなことを言われたら、そうもなるかぁ……うーん」


 そっとため息をついて見上げた空は、うっすらとパープルがにじんだオレンジ色。もうすぐ1日が終わる。


 しかたない。あきらめるか。

 今日のところは、ね!

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