大文字伝子が行く63

クライングフリーマン

大文字伝子が行く63

午前10時。本庄病院。田坂の病室。本庄院長がいる。理事官、大町、そして伝子が入って来た。

「所謂、腱板断裂だ。腱板損傷とも言う。リハビリは時間がかかる。今日、退院するが、リハビリに通院が必要だ。弾が貫通していて良かった。お大事に。」

本庄院長は出ていった。「アンバサダー。ご迷惑をおかけして。」「何を言う。名誉の負傷だ。胸張ってろよ、田坂。」と伝子が言うと、「あの、もう一人のワンダーウーマンは誰ですか?」と田坂が尋ねた。

「言って無かったな。副島はるか。私の中学校時代の書道部の先輩だ。」

「EITOの準隊員だ。初任務が、君たちの応援だった。」「EITOベースで弓を引いた方でしたか。流石ですね。」「うん。お前の撃たれた場所と同じ所に矢を放った。」

「じゃ、もう私は要らないですね。」「そんなことはない。」と横から理事官が言った。

「だからこそ、昇格したんだ。」「実は理事官、アンバサダー。母から退役をするように言われています。」

「ああ、知っている。先日、お会いした。君のお父上も自衛官で殉職されているんだったね。陸将とも話した。最終的に決めるのは君だが、陸将はEITOの派遣から戻って、事務官等、危険が少ない部署に配属することも出来るから、退役はさせないで欲しい、とお母さんに打診されたそうだ。時間はまだある。リハビリが終わるまで身分保留にしたい、ともおっしゃったそうだ。」と、理事官は言った。

「理事官のおっしゃる通りだ、まずは怪我を治そう。取り敢えず、EITOの寮に戻れ。」となぎさが入って来て言った。

大町が一緒に戻るからというので、退院準備は大町に任せて、伝子達は出てきた。

「じゃあ、私は先に帰っている。一佐。大文字君を送ってくれ。」と言い残して理事官は去って行った。

「おねえさま。あまり自分を責めないでください。起こりうることだったんだから。副島さんのお陰で、命拾いしたし。」「そうだな。2発目があったら助からなかったかも知れない。」

物部がやって来た。「どうだった?」「物部。」「おれがここに通院していることを忘れたか?」「そうだったな。田坂は辞めるかも知れない。母親が勧めているらしい。」「そうか。ま、仕方ないな。俺、薬貰ってから帰るから。」

午後1時。伝子のマンション。「寝室、片付いたぞ、ダーリン。」「伝子。板に付いてきたね。お昼はチャーハンだよ。」「お前の作るチャーハンは格別だ。」

「お前の作るチャーハンは格別だ。またイチャついてる。」と、綾子が入って来た。

「新婚だもの。」「もう新婚じゃないでしょ。早く孫の顔、見せてよ。」「月並みなこと言われてもナア。まだ妊娠していないんだから、仕方ないだろ。」「私もチャーハン食べたいな。」「ないよ。出前取れば?」「いけすけないわねえ。可愛げがない、って言うべきか。」

「何しにきたのかな?婿いびりの好きな姑さんは。」と、伝子は食べながら言った。

「あんたがお仕置き部屋で使っている薬、何て名前か確認に来たのよ。」「電話ですむじゃないの。」「まあまあ、伝子さんに会いたかったんですよね、お義母さん。これですけど。」

綾子は、出された薬の銘柄をメモした。「それ、どうするの?」「私が今行っているところのお婆ちゃんが、乾燥肌で、ポリポリかいちゃうのよ。施設がちゃんとドクターに確認して薬取り寄せないから。黙って塗っちゃおうかな、って思っていたら、ケアマネジャーさんが、いい薬あるなら、間に入って提案してくれるって。」

「ああ、介護関係でしたか。これ結構即効性ですよ、副作用少ないし。」という高遠に、「うっむ。婿殿。褒めてつかわす。」

そう言って出ていった。

「塩蒔いとけ!」「伝子さん、聞こえますよ。」と高遠は窘めた。

久保田管理官のPCが起動した。

「大文字君。粘った甲斐があったよ。サウナのオーナーに取引をした。勝手に営業妨害したサウナファンがいた、とう筋書きでね。『死の商人』はサウナを利用したようだ。従業員が小耳に挟んだことを話させた。守秘義務違反だけどね。従業員は『祭りごっこ』という単語を耳にしたらしい。秋祭りと言えば、『ふくろ祭り』とか『しながわ宿場祭り』とか・・・。」

伝子は素早くEITO用のPCを起動した。そして、叫んだ。「総理が危ない!」と。

午後2時。EITOベースゼロ。会議室。

「新総理の施政方針演説まで後2時間しかありません。もっと早く知ることが出来れば・・・悔しいです。」「仕方ないだろう。」と理事官は言った。

「既に国賓館のSPチームを国会議事堂に向かわせている。総理官邸、総理私邸も機動隊を増やした。今、爆発物処理班に確認作業を行わせている。問題は、今日の散会後の総理の警護だな。白バイ隊も待機させよう。」

午後4時。国会。新総理市橋菜恵の施政方針演説が始まった。

午後5時。記者会見場。総理の記者会見が始まった。

午後7時。記者会見場。記者会見が終わった。SPの隊長は、女性SPの一人に総理の誘導を任せた。総理はSPと共に女子トイレに入った。

午後7時半。総理は、SPと共に自動車に乗り、総理官邸に向かった。

午後8時。ヤマトネ運輸の宅配便業者が国会の搬入口から入った。

午後8時半。ヤマトネ運輸の宅配便業者は国会の搬入口から出てきた。

同じ頃。総理を乗せた自動車は、高速に入ってから、方向転換し、ある場所に向かった。

午後9時半。ヤマトネ運輸の宅配便業者は、総理官邸に到着した。

午後9時半。総理を乗せた自動車は、「少林寺拳法〇〇支部」という看板のある建物に入っていった。

待ち構えていたリーダーの男は、運転してきたSP風の男に叫んだ。「違う!!」

総理は長波ホイッスルを吹いた。長波ホイッスルとは、EITOが開発した、犬笛のように人間の耳には届き難い音波の信号を吹く笛で、EITOのオスプレイと、伝子達のイヤリング型受信機に届く。予め決められた、短い信号を受け取り、各自で判断することになっている。

「何が違うのかな?誘拐犯くん。」と、総理(役)が笑った。

2方向の窓が、何かに割られた。こしょう弾だった。

男と、手下達は、煙幕に堪らず表に出た。総理役をしていた、副島も外に出て変装を解いた。

数人のワンダーウーマン軍団、いや、数人のブラックウーマン軍団が待ち構えていた。

「何故、追っ手が来なかったか、不思議に思わなかったのか?」と、伝子は言った。

「やっちまえ!」とその男が命令すると、刀や拳銃や、色んな武器を持って、彼女達を襲った。20分で終わった。

そこへ、用心棒らしき、坊主の男が現れた。「お前ら、少林寺拳法やれる者は、いるか?」「空手なら少し。」馬越は言った。

「じゃ、俺の相手をしろ。」男はヌンチャクを持っていた。みちるが伝子にヌンチャクを渡そうとしたが、伝子は制した。男はヌンチャクを地面に置いた。

15分。男は勝った。「柔道なら少し。」「いいだろう。お前、かかってこい。」

15分。男は勝った。余裕だった。「ムエタイなら少し。」「いいだろう。面白い。かかってこい。」金森は5分で勝った。

「俺の負けだな。さて。」と、振り返った時、リーダーの男は少林寺拳法男を撃った。

しかし、その前にブーメランが飛んできて、リーダーの男の拳銃を跳ね飛ばした。

「ブーメランを少し。」とあつこは言った。

リーダーの男を、副島が、いつの間にか用意した弓で矢を射るポーズをした。

しかし、矢は放たれなかった。伝子がリーダーの男を平手打ちしたからだった。「平手打ちを少し。」と、伝子は笑った。

愛宕達警官隊が到着し、全員逮捕連行された。伝子は最後尾の少林寺拳法男に言った。

「あんたが道場主か。」「ああ。聞いてどうする?」「いい腕している、と思ってな。」

「ありがとよ。」「『死の商人』とどういう関係なんだ?」「知り合いなのは、今あんたが平手打ちした、俺のダチさ。」「あんた、名前は?」「日本名、大林道夫。それでいいだろ?」

午後11時。総理官邸。着替えた総理が、モニターを見ていた。

「これは、いつ撮影されたものですか?」「ライブ映像です。」「ライブ?」

「EITOの行動隊のね。エマージェンシーウーマンズと名付けました。」と、理事官が説明した。「志田総理は何もかも知っていたのですか?」「いいえ。ご自分の命を狙われることをご存じではいましたが。」と、今度は橘陸将が応えた。

「防衛費を上げて貰ったのも、我が国が那珂国に狙われていることをご理解頂けたからです。」と、仁礼海将が言った。「EITOに続いてMAITOを発足出来たのも、志田総理に、日本が危険だとご理解頂けたからです。」と、今度は前田空将が話した。

「EITOは、クラウドファウンディング、つまり、寄付で始めました。自衛官と警察官のOBによる寄付です。火器、詰まり、拳銃や真剣は使っていません。」と理事官が言った。

「でも、あれは?」「こしょう弾という特殊な弾を使っています。火薬は入っていません。化学調味料が原料です。」「化学調味料?」「はい。発案者は、このグループのリーダーを勤めている民間人です。」「民間人ですか?」「ボランティアでしたが、今は『協力料』をお渡ししています。このライブ映像をお見せしたのは、総理にお願いしたいからです。」「お願いとは何ですか?」「テロリストをのさばらさない為に、全面協力をお願いしたいのです。」

「いいでしょう。一つだけ条件があります。」「何でしょうか?」「リーダーに面会したい。」

「本人に確認してみます。」と、理事官は、にっこり笑って言った。

午前0時。伝子のマンション。なぎさが伝子をジープで送ってきた。

「お帰り。藤井さんが、おにぎり作ってくれたよ。一佐も食べて行きなよ。」と、高遠が言った。

「ついでに、泊まっていきな、なぎさ。でも、私のオトコに手を出すなよ。」と、伝子が言うと、「そんな悪趣味じゃない。」と応えた。

高遠は聞かない振りをして、お茶を用意した。

―完―


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