第3話 陣営の中
陣営の中では、先程まで戦場にいた兵たちが体を休めている場所があった。複数のグループに分かれ、それぞれが酒宴を開いている。
その酒宴の一つで、武将らしきひげ面の男が信功の姿を見付けて
「お館様、こちらで共に酌み交わしませんか?」
「
「それは残念」
残念と言いつつも、五郎太と呼ばれた男はガハハと快活に笑って杯を振った。彼の周りの武士たちも、赤い顔をして笑っている。
「お前たち、こちらだ」
信功が武士たちを導いたのは、陣営の奥にある幕に囲われた一角だった。ちょっとした宴会を開けそうな広さの真ん中に、大きな木の机が一つ置かれている。その上には一枚の地図が広げられ、陣の配置が書き留められていた。
信功はその空間の奥へと進み、布と木材で組み合わされた簡素な椅子へと腰かける。
「先程は助かった。我が油断の招いた事態だが、改めて礼を言う」
「そんなっ。顔を上げてください」
何度も頭を下げられては敵わない、と言わんばかりにバサラが手をバタつかせる。
「いや、あの身のこなしは只者ではない。お前と、そこのお前。何処の武将に仕えている?」
是非、我が家臣団に入らんか? 信功にそう誘われ、
「あの、
「落ち着いて、バサラ。……あの、木織田さん」
「どうかしたか?」
いっそ無邪気に首を傾げる信功に、
しかし、
「……おれたちがこれから話すことを、笑い話だと思わずに聞いて頂けますか?」
「おい、
慌てるバサラを制し、
信功はぽかんとした様子だったが、すぐに不敵に微笑んで見せた。
「良いだろう。話してみよ」
「はい。ありがとうございます」
信功の許可を得て、
夢に現れた娘に導かれたのだと語れば、信功は驚いた様子で身を乗り出す。
「その娘とは、どのような者だった?」
「……黒髪がとても長くて、美しい着物を来ていました。そして少し、儚げな印象の強い女の子で……。あ、瞳の色が綺麗な水色でした」
「
「かずひめ?」
首を傾げる
「我が娘、和姫。あの娘には特殊な力があるのだが……本人に語らせた方が良かろう」
一人うんうんと頷くと、信功は急に立ち上がった。
「我らが国へ、
「承知致しました」
信功の斜め後ろに静かに控えていた男は、深々と礼をするとその場を立ち去った。
陣営に来る前から
「あの、木織田さ……」
「木織田では、他人行儀過ぎる。一族の者は皆木織田であるからな。皆、わしのことを『お館様』と呼ぶ。勿論、名の方で読んでもらっても構わんぞ」
「で、ではお館様」
「何だ?」
「あの光明さんというのは、どういった方なのですか?」
「光明か」
「わしの側近であり、最も信頼する者だ。あいつに任せておけば、万事何とかなる」
「そうなんですね」
「オレにとっての
思った通り、信功と光明の信頼関係は固いらしい。それに納得して頷いていた
思わぬ攻撃に合い、
「バサラ、今そういうこと言わないでくれる?」
「何でだよ? 本当のことじゃん」
「いや、そうかもしれないんだけど……」
人前で言わないで欲しい。
やがて、陣営の中が騒がしくなった。信功によれば、光明の号令で武将たちが帰り支度を始めたとのこと。
「お館様」
「来たか、光明」
「皆、整いましてございます」
甲冑を着た光明は信功の前に進み出ると、全員の支度が済んだと報告した。
光明の言葉に「うむ」と返答をした信功は、別の武士によって連れて来られた馬に飛び乗る。そして、バサラに手を伸ばした。
「バサラとやら、お前はこちらに来い。武士、お前は光明だ」
「うわっ。オレ、馬に乗るの初めてです!」
「おれも……。光明さん、宜しくお願いします」
「お館様の命令だ。しっかりと捉まっていろ」
仕方ない、と嘆息した光明に手伝ってもらい、
「さあ、行こうか」
「よっしゃあ!」
既にこの世界に適応しつつあるバサラに呆れながら、
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