リモート画面の向こう側で俺が(私が)○○な事をしているなんて誰も気付かない

あゆう

第1話 深淵

「うは! うははははは! なんという開放感! そしてフィット感! そしてちょっと寒い!」


 季節は春。桜は豪雨で散り、入学式を終えた新入生がずぶ濡れで帰る中、バイト代を使いタクシーを呼んで優雅に家に帰った俺、三嶋みしま圭太けいた(17歳)は今、上半身はシャツに前開きパーカーで下はブーメランパンツという、とてもじゃないけど人前には出られない格好をしてパソコンの前に座っている。

 それはこれからSNSで仲良くなった人達とするリモート雑談をする為だ。なのにこんな格好をしている。特に意味は無い。ただちょっと刺激が欲しかっただけの思い付きだ。


「お、9時か。約束の時間だな。入るか」


 いつも使っているアプリをクリックすると、オフラインだった俺のアイコンがオンラインへと変わる。他に表示されてる名前は全部で7人。歳もバラバラで、最年長は38歳で下は16歳だ。

 毎回特に話す内容を決めているわけではないけど、何故か盛り上がる。まぁ、みんなアニメや漫画が好きだからだろうな。


『あ、けーくんこんばんわ♪』

「うぃ〜す」


 俺が入ると同時に挨拶をしてくれた彼女の名前はリナちゃん。歳は俺と同じで、見た目は少し地味だけど結構可愛い。最初は顔出しを嫌がってたんだけど、みんなが顔を出したら渋々自分も……って感じで顔出ししてくれた。上半身しか見たことないけどスタイルはかなり良さげ。てゆーか胸がでかい。だからなのか男メンバーだけのチャットで『おいこらリノたん可愛いんだが!?』『手出すなよお前ら。特に社会人。事案だぞ』『もしもしポリスメ〜ン?』『『やめろ!』』みたいなやり取りがあったのは内緒だ。


『ねぇねぇ、けーくんはご飯食べた?』

「食べた食べた。カップ麺二個食ったわ」

『え〜!? 二個も!? わたし無理! そんなに食べたら太りそう……』

「たまに無茶をするのが男ってもんよ。知らんけど」

『ふふっ、なにそれ♪ あ! そうそう! このパジャマどう? 新しく買ったんだよね』

「すっげーモコモコしてるな。つーかボーダー柄好きなん? 前のもボーダーだったよな」

『よく覚えてるね。ん〜? 特別好きな柄ってわけじゃないかな? 可愛いのを着たいけどどんなのが良いのかわかんなくて、だけど無地は嫌でなんとなくボーダー? みたいな?』

「なるほどね。でも可愛いじゃん。似合ってる似合ってる」

『えへー』


 とまぁ、こんな感じでいつも他愛もない話をしている。ちなみにリアルでは女の子に可愛いだなんて言ったことは無い。というか言えない。リモートなら「どうせ会うことなんて無いからいっか」の、気楽な精神で言えるだけなのだ。つまりヘタレ。ってやかましい。


「あ、そういえばアレどうなったん? 転校するって話」

『それなんだけどね? 本当は今日からだったのに、引越しの予定がずれて来週からになっちゃったんだ〜』

「ありゃ」


 ちなみにどこの高校なのかとかは聞かない。そういう個人の特定に繋がる事を詮索しないってのは、このサーバーを作る時に最初にみんなで決めたからな。


『はぁ……始業式にシレッと混ざって最初からクラスにいたかのような雰囲気で端っこの席に座る計画がぁ……』

「ぶはっ! そんなこと考えてたんかい!」

『だってほら、わたしってコミュ障だから?』

「あーうん。それはなんとなくわかる。このグループに入ってきた時は今からじゃ考えなれないくらいしゃべらなかったもんな。ほぼ相槌だけだったし」

『でしょ? ってか誰もこないね』

「たしかに」


 時計を見ると夜11時。既にブーメランパンツ姿でリナちゃんと話し始めて2時間が経っていた。

 これだけ待っても誰もこないのはおかしい。みんな話し好きだからこんなことは今まで無かったんだけどな。


『あ』

「ん? どした?」


 突然間抜けな声を上げるリナちゃん。


『今気付いたんだけどこのサーバー、この前けーくんに相談したいことあって作った私のサーバーだったみたい』

「……あ、ほんとだ。グループのサーバーの方じゃ俺達が来ないとか言わてるぞ」

『えっと……どうする?』

「今からだと遅くなるし、ごめんってだけ打って寝るか。明日も学校だし」

『たしかにそだね。じゃ、おつかれ〜』

「おつ〜」


 そして、グループの方に謝罪の一言を入れてから落ちようとした時、俺はパソコンの画面を見て驚愕した。


(んんっ!? リナちゃん、接続切るの忘れてる!?)


 そこにはパソコンに背を向けたリナちゃんが映っていた。

 俺は思わず声を上げようとした自分の口を押さえてしまう。断じてこのまま黙っていれば何かドキドキする物が見れるんじゃないか? って思った訳ではない。いや、ある。だって男の子なんだもの。


『ふぁ〜! 楽しかった! でも、さすがにちょっと寒かったなぁ』


 そう言いながら立ち上がったリナちゃんの姿は下半身がパンツ1枚。しかも──


(なん……だと!?)


『けーくんもまさか私が画面の外ではこんな格好で喋ってたなんて想像もしてないよね。こんな……プチピュアのパンツを履いてるなんて! でも、けーくんもまさか──』


(あかーん!)


 そこで俺は接続を切る。

 最後に見えたのはパソコンの画面に背中を向けてるリナちゃん。仁王立ちするその姿の上半身は可愛いモコモコパジャマ。下半身はプリンっとしたお尻を包むパンツ。しかし! そこには日曜朝に放送されている魔法少女が決めポーズをしているプリントがどーん!

 ホントならドキドキワクワクするシーンのはずなのに色気も何も無かった。それよりも、


「おいおい?マジかよ。リナちゃんも俺と同じ事してんのかよ…………最高か?」


 仲間を見つけたことにテンションが上がっていたんだ。




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