転生一家の『優しい』幸せの探し方 ~前世で家庭崩壊だったから、今度こそ家族で幸せになる~

前森コウセイ

転生一家のはじまり

そうして、俺達は出会った

第1話 1

 ――俺、ノルド・ルキウスは、とことん運に見放されているんだろう。


 伯爵家に生まれたまでは、まあ恵まれていたと言っても良い。


 だが、妾の子で三男という立場だったから、家の中では常に肩身の狭い思いをさせられた。


 仕事人間の父親は王都屋敷からほとんど帰らず、本邸では本妻の奥様と上の兄がいばりちらしていて、それに耐えかねた母親は、俺が五つの時に俺を残して出ていった。


 使用人のように扱われ続け、それでも家を追い出されなかったのは、下の兄が俺を庇ってくれたっていうのと、世間体を気にする父親の指示があったかららしい。


 その父親が病に倒れ、上の兄が家を継いだ途端、俺は当然のように家を追い出された。


 十五歳の成人を迎えた夏の事だった。


 貴族の子なら、王都の学院に入学する歳だ。


 まあ、正直なところ、追い出された時は気楽に考えていたよ。


 庇ってくれた兄さんには悪いけどさ。


 やっと自由になれた、なんて考えていた。


 ――実は、俺には前世の記憶がある。


 サティリア教会が伝える、輪廻転生っていうアレだ。


 俺は前の人生では、日本という国で暮らしていたらしい。


 もちろん、すべてを覚えてるわけじゃなく――名前なんかは、今でも思い出せないな。


 はっきりと覚えてるのは、三十半ばまで生きて、家族を養うために必死に働いていた事。


 そして……嫁が不倫した挙げ句、息子を連れて出て行ったって事か。


 笑っちまうよな。


 運に見放されてたのは、前世かららしい。


 失意のまま病に倒れた俺は――気づけばノルド・ルキウスになっていたってわけだ。


 この記憶を思い出したのは、母親が屋敷を出ていった時か。


 玄関から出ていく母親の姿が、家を去る嫁の姿に重なったんだよな……


 それからの俺は、自分の立場を正確に理解して、己を鍛えることに努めた。


 なんせ、奥様も上の兄も、妾の子である俺を、目の敵にしてたからな。


 身体は子供でも、頭の中には三十過ぎのおっさんの記憶がある。


 いずれ追い出されるのは理解していたよ。


 優しくしてくれた兄さんに世の中の事を教えてもらい、家に仕える衛士と仲良くなって、武術を教えてもらった。


 そうしていよいよ追い出された俺は、かねてから目をつけていた冒険者になろうと思った。


 せっかく異世界に転生したんだから、いろんな土地を見て回りたい。


 なぁに、この世界より進んだ、日本の記憶があるんだ。


 なんだったら冒険者のかたわら、副業で知識チートでもして一山当ててやろうか?


 そんな風に気楽に考えていたよ。


 ……まあ、チートなんて、できなかったけどな。


 この世界の文明水準は、ひどく低い。


 俺が再現しようとした品や技術は、まずそれを作る為の道具を作る必要があり、さらにそれを作る道具さえ存在しないという事ばかりで、俺は早々に諦める事にした。


 前世の記憶なんてアテにならない。


 やはり地道に、地に足を着けて稼ぐのが一番。


 兄さんが餞別にくれた長剣を頼りに、冒険者一本で行く事にしたんだ。


 そうして十年が過ぎ。


 いろんな土地に行ったし、いろんな依頼をこなした。


 冒険者になって二年目から組んでいるパーティは、気心の知れた連中で、大金を稼ぐような大きな功績こそないものの、生活に困るような事もない。


 だから油断してたんだな。


 何度だって言う。


 ――俺は運に見放されている。


 ……とことん、だ。


 始まりは、女魔道士の妊娠発覚がきっかけだった。


 当然、誰が父親かという話になるよな?


 厄介だったのは、この女、リーダーと斥候スカウト、両方と寝てやがったって事だ。


 ふたりは責任を押し付けあって、殴り合いの喧嘩に発展。


 さらに面倒な事に、リーダーはパーティの女癒術士にも、手を出してやがったのが発覚。


 女ふたりも揉めはじめて、あえなくパーティは解散だ。


 全員が、いろいろと押し殺してた不満を、これでもかと吐き出しちまったからな。


 これ以上、一緒に仕事はできなかったんだよ。


 そんなわけで、冒険者になって十年目。


 二十五歳になった俺は、独りになっちまった。


 ベテラン冒険者と言えば聞こえは良いが、平均寿命の短いこの世界じゃ、十分おっさんの域。


 いまさら新たなパーティなんて望めるわけもなく……


 パーティ解散から一週間。


 どうしたもんかと悩んでいたら、ギルドからご指名が入った。


 いや、正確に言えば、依頼人の指定する条件に合致するのが、俺しかいなかったんだな。


 魔物退治の経験があり、遺跡探索の経験もある、信頼できる冒険者。


 野生動物が精霊に触れて、魔道に目覚めた魔獣と違い、異界による侵食――侵災によって発生する魔物には、滅多に出くわすもんじゃない。


 侵災調伏自体が、国が主導となって行うものだから、冒険者で退治経験のあるやつなんて、ほとんどいないんだ。


 俺に退治経験があるのは、パーティでとある地方を訪れていた時、たまたまそこが侵源地となったからだ。


 魔物がバカみたいに湧き出してきてさ。


 いやぁ、軽く地獄を見たよな。


 あの一晩で、何度、死を覚悟したかわからない。


 パーティに死者が出なかったのは、正直奇跡だ。


 前世も含めてツイてない俺の人生の中でも、とびきりツイてない出来事だよ。


 で、ちょうどその侵災が起きた地方を訪れた理由ってのが、古代遺跡の調査探索の依頼を請け負っていたからだ。


 前世の記憶があるから気づけた事なんだが……この世界の古代遺跡ってのは、たぶん、日本の科学水準よりも高い域にある。


 自動ドアとかエレベーターとかあったし、なんならSFじみた転送器まであった。


 パーティの女魔道士は魔道刻印がどうのつってたな。


 魔道に疎い俺にはよくわからなかったが、古代文明は科学を魔道で再現していたんじゃないかと理解している。


 まあ、なにはともあれ、仕事をしなければ生きていけない。


 せっかくのギルド指名なのだからと、俺はその仕事を受ける事にした。


 依頼内容は、遺跡調査を望む依頼者の護衛。


 けれど、依頼者――彼女は、俺が男と知って、受付ちゃんに食ってかかっていたよ。


「――女性が良いって言ったでしょ!」


 二十歳にも届いてないような小娘だ。


 背中まで伸ばされた髪は、この国では珍しい黒。


 ややキツめに見える顔立ちに、受付ちゃんは大いに怯えている。


 身につけている衣服は、上等な生地で、ひょっとしたら貴族のご令嬢なのかもしれない。


 まあ、彼女の言い分はもっともだと思うぞ。


 さすがにこんなおっさんとふたりで、山奥にある遺跡まで行くのには抵抗があるだろう。


「で、ですが、現在、この街に滞在している冒険者で、条件に合うのはノルドさんしかいないんですよぅ」


 半べその受付ちゃんの言葉に、依頼者の小娘はたじろぐ。


 それからぐっと拳を握り締め、小娘は俺を振り返った。


「仕方ないので、あなたで我慢します!

 ただし、わたしにいやらしいマネができないよう、コレを着けてください!」


 なんとも気の強い小娘だ。


 彼女が差し出してきたのは、黒色の腕輪で。


 表面に複雑な虹色に輝く刻印が施されている。


「コレは? 魔道器か?」


「ええ。わたしに性欲を抱いて触れようとした場合、電撃があなたを焼きます!」


 護身具にしては、ずいぶんと物騒なものを持ち歩いてるな。


 やはり貴族のご令嬢かなにかかもしれないな。


「了解、わかった。

 それであんたが安心できるなら、着けさせてもらうよ」


 そう告げて、俺は腕輪を左腕に着けた。


「それで? あんた、名前は?

 俺はノルドって言うんだが」


 家名はずいぶんと名乗っていない。


 なにせ家を追い出された身だ。


 いまさら家名に意味などない。


「ユリシアです。

 はなはだ不本意ではありますが、依頼の件、どうぞよろしくお願いします!」


 言葉遣いや出で立ちから、どうみても貴族なのだが、彼女もまた家名は名乗らなかった。


 訳ありなのか、それとも単に俺を警戒してなのか。


 まあ、どっちでも良いな。


 俺は仕事をこなすだけだ。


 そんな風に考えていたんだ。


 ……だが。


 この小娘――ユリシア・ロートスとの出会いこそが。


 俺のとことんツイてない人生の転機になるとは、この時は思いもしてなかったんだよなぁ……

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