第2話 ケアマネ、【アセスメント】する
「さて。まずは【アセスメント】ですわね!」
帰宅したネルは、早々に書斎に閉じこもった。ノートを取り出して、老夫婦の名前を書き込む。
「えっと……『アクトン夫妻』、と」
そこから線を引き、情報を付け足していく。
「アクトン氏は、国営の道路清掃局の職員。長年、道路の落ち葉拾いなどを
さらに新たな線を引く。
「アクトン夫人は、数ヶ月前にベッドの上から動けなくなった。東部の農村から嫁いできた。こちらに親しい友人や親族は、いない」
今日の訪問で雑談を交わしながら集めてきた情報を、次々と書き込んでいく。最後に、『孤立』と書いて赤いインクで丸をつけた。
こうして情報を書き出しながら整理していくことで、徐々にアクトン夫妻の現状が見えてくる。これが、【アセスメント】の第1段階である。
===Tips1===
【アセスメント】とは
対象となる高齢者の状態や取り巻く状況に関する情報を収集・分析し、その高齢者自身や家族が求めていること、解決すべき課題を明確にすること。
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「うーん。情報が足りませんわね」
と唸りながら、ネルはノートのページをめくった。新しいページの中央には、『ネル・クラム』と書き込む。
「それに、こっちの問題も対策を練りませんと」
ネルは自分の名前の隣に、箇条書きで次々と情報を書き込んでいった。彼女には前世の記憶も、ネルとしての記憶も、両方残っている。
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・悪役令嬢
・クラム伯爵家の3女
・第2王子の婚約者
・王立高等学院3年生
・性格が悪い
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さらに線を引いて『第2王子』、そして『聖女』と書き込む。
「ゲームのヒロインがこの世界に
ネルはこの世界に
ちらりと外を見れば、庭の楓の葉が赤々と色づいているのが見える。
「既に来ているか、もしくは間もなく現れる……」
『聖女』の隣にも、箇条書きで情報を並べていった。
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・乙女ゲーム『聖女様を助けて☆』のヒロイン
・悪役令嬢の妨害を受けながら、攻略対象と親密度を上げていく
・学院の卒業パーティー後、『聖女』としての力に目覚める
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ここまで書いて、ネルはあることに気がついた。
「介護問題、聖女様がいれば万事解決ではありませんか!」
この物語における『聖女』とは、『全ての病気や怪我を癒やし、大地の汚れを払う聖なる力を持つ乙女』と定義されている。聖女がアクトン夫人の寝たきりの原因となっている病気や怪我を癒してしまえば解決する話だ。
「む。いえいえ、いけませんわ。解決しない可能性もありますわね」
ネルは再び唸った。
この世界には、『聖女』でなくとも『聖なる力』を使うことができる者がいる。それが『神官』だ。神殿に頼めば、よほどの重症でない限り病気や怪我を治してもらうことができる。多少の寄付金は必要になるが、神殿は貧困層には無償で治療を行っているはずだ。
「そんなことを、アクトン夫妻が知らないはずがありません」
つまり、
「アクトン夫人の病気または怪我は、『聖なる力』では治癒できない」
という仮説が成り立ってしまう。
「『聖なる力』は万能ではないと、聞いたことがありますわ。神殿にも、話を聞きに行かなければなりませんわね」
ネルは、ノートのページを一つめくって『神殿、調査』と書き込んだ。
「……なにはともあれ、情報が足りませんわ。
またページをめくり、自分の名前の隣に『世間知らず』と書き込む。
一気に埋まっていくノートをペラペラとめくり、ネルは深い溜め息を吐いた。
「課題は山盛り。だけど【社会資源】はない。これを、どのようにケアマネジメントするのか……」
アクトン夫妻を助けてくれる制度やサービスは、この国には
「……いいえ。『ない』と言い切ってしまうのは早計ですわね」
言いながら、ネルは新たなページを開いた。そこに、大きな字で『社会資源』と書き込む。
「私が知らないだけで、高齢者の暮らしを助けてくれる【社会資源】があるかもしれませんわ!」
===Tips2===
【社会資源】とは
介護を要する高齢者や、その家族を支える様々なサービス(介護保険サービス、自治体の独自サービス、民間サービス、ボランティア等)を総称して呼ぶ。サービスだけでなく、個人や個人の持つ技術、知識なども『社会資源』と呼ぶこともある。
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「やはり、まずは情報収集ですわね!」
ネルは拳を握りしめた。と同時に、
──コン、コン。
ノックの音が鳴り響いた。ネルはビクリと肩を揺らしてから、慌ててノートを秘密の引き出しにしまい込んだ。
(誰かに見られては大変ですわ!)
今から起こるであろう未来の出来事まで書いてあるのだ。見られてしまっては『魔女』と呼ばれて糾弾されることは避けられない。
「お嬢様? どうされましたか?」
「なんでもありませんわ! どうぞ、お入りになって!」
開いたドアの向こうには、ひどく慌てた様子のメイド──ネルの専属を務めるマリアンだ──がいた。
「お嬢様、お支度を」
「何かありましたの?」
問いかけたネルに、マリアンがゴクリと喉を鳴らした。よほどの事態が起こっているらしい。
思わず身構えたネルに、マリアンが告げた。
「グレアム王子殿下がおみえです」
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