第4話

 仕事があってもなくても、オルフェは夜明けとともに起きる。

 今日は緊急時の魔物討伐を兼ねた、城下町周辺の警備当番だ。

 騎士団から支給された鉄製の胸鎧を身に着けたところで、部屋の扉がノックされた。

「おはようございます、オルフェさん。第一騎士団長の執務室においでください」

 グライドの声だ。

 声色がいつもより硬い。

 仕事のある日に執務室に呼び出されるということは、任務内容に変更でもあるのだろうか。何にせよ、珍しいことである。

「すぐ行く」

 オルフェは短く応え、装備の最終確認をしてから扉を開けて、待っていたグライドについていった。



「遅い。孤児みなしごの下級騎士風情が」

 ダートの執務室に入るなり、オルフェは身なりの良い壮年の男から叱責された。

「貴方が急に来たのでしょうが。彼にだって準備というものがあります」

 言い返したのはダートだ。声に怒りが滲んでいるのをオルフェとグライドは察したが、壮年の男は鼻をひとつ鳴らし、ふてぶてしい態度のままオルフェから顔を背けた。

「下級騎士オルフェ、参上しました」

 オルフェは自身に向けられた悪意をまるっとスルーして、丁寧に挨拶した。

 いつもならダートの執務室に入る時はノックもおざなりに入り、挨拶など適当に済ませるのだが、状況から空気を読んだのだ。

 執務室の中には他に二人、似たような身なりと年齢層の男たちがいる。全員が執務室の多くないソファに座ってしまっているため、オルフェは立ったまま話に加わることを余儀なくされた。


「突然の呼び出しすまなかったな。こちらの方々がお前に言いたいことがあるそうだ」

 ダートが「俺は心底呆れています」という心情を隠さない口調でオルフェに告げる。

「なんでしょうか」

「知らぬとは言わせんぞ、先日の――」


 なんのことはない。彼らはオルフェを森に置き去りにした咎で謹慎中の身だったはずなのに、騎士寮を抜け出して女性に乱暴を働こうとした中級騎士たちの親または近い親族だ。

 彼らは揃って伯爵位を持っているらしい。

「下級騎士如きが中級騎士を陥れ、あまつさえ婦女暴行の冤罪を――」

「はい、こちらをどうぞ」

 何もかも間違っている伯爵らの前に、ダートが魔道具を突きつけた。

 手のひらに収まるほどの四角い物体には水晶の窓が嵌まっており、そこに先日オルフェが記録した映像が映し出される。

「あと何度同じものをお見せすればご納得いただけますか」

 映写機を動かすにも魔力が必要である。ダート自身、魔力は少ない方ではないが、精密魔道具を何時間も使用できるほどの量はない。

「だから、この映像自体が作り物で……」

「映像記録魔法にそのようなことはできない、宮廷魔道士にお聞きくださっても構いませんよと、これも何度も申し上げておりますがねぇ」

 ダートももはや面倒くさそうになっている。

「ダー……騎士団長、私がどうなれば、彼らは納得すると言うのですか?」

 オルフェはうっかりいつもの調子でダートを呼び捨てしようとして、危うく呼び方と語調を改めた。

「お前の除隊と、中級騎士たちの名誉挽回が、条件だそうだ」

「それで貴方がたの気が済むのであれば、私は構いませんが」

「は?」

 驚いたのは伯爵達である。

「まあ、彼がこう言うのでオルフェの除隊は受け入れましょう。ただし、彼にはなんの瑕疵や失態はありませんので、すぐに騎士団採用試験と昇級試験を受けさせますがね」

 ダートの言う事を把握するのに、伯爵達はやや時間を要した。

 このひとたち、頭の中にちゃんと脳みそ詰まってるのかな。オルフェはそんな失礼なことまで考える始末である。

「それと、あなた方のご子息らの失態は既に国王陛下のお耳にも入っています。これ以上彼らを庇うのであれば、貴方がたの地位も危ういですよ。理解しておられますか?」

「なっ、陛下の!?」

 国王陛下を持ち出されて、伯爵達はたじろいだ。

「騎士団は国王陛下直轄の部署ですからね。オルフェ、お前は一旦下がっていいぞ」

「ま、待て! 話はまだ」

「城下町の警備任務はの命令です。既に規定時刻に遅れております」

「わ、わかった、仕方ない」

「では、失礼します」

 オルフェは一礼して、部屋を出た。


 何故かグライドも部屋から出てきた。

「お疲れ様です、オルフェさん。多分ですけど、あの人達諦めないです」

「だろうね。はぁ、面倒くさい」

「なので、一旦部屋へ戻ってください。警備当番の方たちにはもう話をつけてあります」

「そうなの? じゃあお言葉に甘えて」

「話が終わったら、また伝えに行きます」

「うん、ありがとう」


 朝イチで執務室に呼び出されたのは初めてだったが、オルフェにちょっかいを出してきた騎士の親や親戚が出張ってきて難癖をつけることは、今までにも何度かあった。

 その度にオルフェは騎士団を除隊、再採用、昇級を繰り返している。

 もう第一騎士団の事務方は一連の作業に手慣れていて、全ての試験は実質パスされ、手続きは速やかに行われる。

 オルフェより強い者はオルフェの補助魔法が掛かったダートくらいなので、誰からも文句は出なかった。

 オルフェ自身は何枚かの書類に自分のサインを書き込むだけで済むのだが、急な仕事よりマシとはいえ、急に仕事に行かなくてもいいと言われるのも困る。

 特に今日のような警備任務の場合、他の人に迷惑をかけてしまうのだ。

「それでわざわざ来たのか、気にしなくていいのに。まあ、もし何かあったら緊急招集かけるから、その時は来てくれよ」

「そう言ってもらえると助かるよ」

 部屋に戻れと言われたオルフェだったが、寄り道して詰め所に顔を出し、朝の出来事を話して同じ当番だった者たちに詫びた。

 彼らは例の連中と違って、オルフェの実力を認めている。

「俺が言うのも何だけど、上の頭の硬さ本当にどうにかならないもんかな」

 今この場にいるのは、貴族出身というだけで中級以上になった騎士たちばかりだ。

 上級と班長はそこから更に実力で昇級している。

 オルフェだけが、実力と階級が見合っていない。

「今のままでも給料いいし、僕は気にしないんだけどね」

「お前が無欲すぎるのも問題なような……」

 オルフェは詰め所でしばらく駄弁ってから、自室へ戻った。



 昼を過ぎた頃、オルフェの部屋の扉が再びノックされた。

「オルフェさん、ちょっと、困ったことになりまして……」

 今度のグライドの声は、朝よりも弱り果てていた。




「真の実力を見極めるために、次の遠征の騎士団長の小間使いは……なるほど?」

 伯爵らも一応暇ではないらしく、執務室にはダートしかいなかった。

 代わりにとばかりにテーブルに投げ出してあった書類には、次の遠征の騎士団長付き騎士に、件の中級騎士たちを任命しろという内容が書かれていた。

「真の実力?」

 オルフェが眉をひそめると、ダートは疲れ切った表情で眉間を揉んだ。

「俺がお前を依怙贔屓しているから、あいつらの実力を見ていないんだ……とかなんとか言ってたな」

「あはは、僕、舐められっぱなしだねぇ」

「笑うところか!?」

 多分、本人たちはまだ知らないんだろうなぁ、とオルフェは彼らに心から同情した。

 オルフェが魔物の群れのボスの討伐にどれだけ貢献しているかは、オルフェを蔑ろにしている者たちですら知っている。蔑ろにしている連中は、それが逆に目障りだからと嫌がらせをしてくるのだ。

「それと、これは騎士団議会案件なのだが……オルフェの魔法が強力なことが、どこかから漏れている」

「情報漏洩まで……。大丈夫? この騎士団」

「面目ない」

「ダートのせいじゃない。どうせ漏らしたの、あいつらでしょう」

「まあそうだろうな」

 ダートが毎回、オルフェの補助魔法ありきでボスを討伐していることは、騎士団内では周知されている。

 しかしオルフェが孤児であるが故に、「騎士団長が孤児の魔法に頼っている」と見られたくない騎士団上層部が、オルフェの魔法についてひた隠しにしている、はずなのである。

「オルフェ、お前の補助魔法に耐えられそうなやつは見つかったか?」

 オルフェの補助魔法は強力すぎて、普通の騎士には負荷が大きすぎる。強化された自分の力を見誤って自身を傷つけてしまったり、そうでなくとも掛けられた翌日から全身筋肉痛で三日は指一本動かせなくなってしまうのだ。

 使いこなせるのは、オルフェと共に鍛錬し、補助魔法を掛けられるというのがどういうことかを熟知しているダートだけなのである。

「ううん。いないと思う」

 オルフェはすぐに首を横に振った。

「そうか。まあ、あいつらにはいい薬になるだろう。次の遠征の日程は決まっていないが、周知はしておく」

「後続部隊に入るの久しぶりだなぁ」

「暢気なやつだな」




 魔物は一度大きな群れを討伐すると、九十日から百日ほどは静かになる。

 ところが、先日討伐隊を派遣したばかりの西の森で、またしても目撃情報が相次いだ。

 被害者はまだ出ていないものの、念のためにと討伐隊が結成された。

 騎士団は第一から第五まであり、普段ならば同じ隊が連続で討伐を任されることはない。

「鎮静期間が短すぎる。前回の討伐に問題があったのでは」

 伯爵の誰かが議会でそう発言したことにより、またしても第一騎士団が討伐の任を命ぜられた。



「騎士団長、私は……」

「無駄口を叩くな。ちゃんと前を見ろ。ここは隊の先頭だ」

「……」

 例の中級騎士たちは騎士団長の小間使い役に任命された。

 本人たちは、自身の肉親が手を回したと知り、この好機を逃さんとばかりに張り切った。

 一方のダートは出発前から不機嫌であった。

 いつもならばオルフェが隣にいて、ちゃんと状況を見て雑談を持ちかけてくれるが、中級騎士たちにそんな器用な芸当はできない。

「ああ、そうだ。魔物の気配を察知したらすぐに知らせてくれ」

 ダートが三人に命ずると、三人は困惑した。

 彼らに、魔物の気配を察知することなどできない。

「魔物の気配とは一体、どのような」

「そんなこともできんのか。オルフェなら言われなくても教えてくれるのだがな」

 超絶不機嫌なダートがぼそりとつぶやくと、三人は思わず身震いして口を噤んだ。




「あれ? あ、そうか。……しまった、どうしよう」

 後続部隊の中でも更に殿しんがりに近い隊に配属されたオルフェは、魔物の気配を察知し、ダートに伝えようとして、現状を思い出した。

「ねえ、団長に伝令って、どうやるんだっけ」

「伝令係に伝えときゃ五分で届くぞ」

 隣の上級騎士に声をかけると、上級騎士はオルフェの砕けた口調を気にせず、親切に教えてくれた。

「五分もかかるのか……でもこのまま行くと……」

 勘のいい魔物がいたら、二分後には先頭部隊が接敵してしまう。

 いつもならばその程度で隊列が乱れるような軟な騎士たちではないが、今ダートの隣にいるのは、オルフェではなく貴族というだけで中級になった者たちである。


 ダートの身に危険が及ぶかもしれない。


「僕が伝令やっても構わないですかね」

 隣の騎士が上位階級だということにギリギリで気づいたオルフェが危うい敬語で問うと、上級騎士はなんでもないように手をぷらぷらと振った。

「行ってくれ」

 それを聞くや、オルフェはあっという間に上級騎士の視界から消え失せた。

「やっぱりあれを下級にしておくのは愚の骨頂だよなぁ」

「全く」

 他の上級騎士たちも、うんうんと頷いた。

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