金庫

 大きな両開きの扉の玄関を潜ると、長い廊下があった。この突き当たりを曲がった先に地下室への階段があり、そこが金庫室になっている。……というのを、正体不明の黒幕が寄越した手紙で知っている。

 金庫室は、重そうな金属の扉の向こうにあった。

「流石にこの奥は……」

「この扉は、夫とセキュリティ会社しか開けられません」

 吉原洋子さんが言う。

「合鍵とか?」

「それもありますが、暗証番号もないと開かないようになっているそうです」

「なっているそうです、って、奥さんも詳しいことは知らされてないんですか?」

「ええ、夫は用心深い人で。この家自体のセキュリティも、私はあまり把握させてもらえていないんです」

 吉原洋子の夫……吉原修司は、相当に固い相手のようだ。こんなのを相手に、怪盗レイナはどうするつもりなんだろう。

 当然、楓の前では玲奈は作戦については知らぬ存ぜぬを貫いている。だから、どうやってこれを突破するのか、楓は見当もつかなかった。本当に作戦の内容は知らない。ケーキを使って三宅樹から聞き出した程度しか。


 特に工夫とかはなくて、正面からこっそり忍び込むらしい。正面……というか、正面玄関から右回りに135度の隅から。

 この邸宅は、所詮は民家である。公的設備とかと違って、そこまで厳重な警備体制が敷かれているわけじゃない。監視カメラ諸々、警備の配置上に存在する物理的な穴が、135度の場所に存在するらしい。

 135度の位置は、建物の裏手に当たる場所である。道路との間に高さ2メートルほどの塀があり、そこから3メートルほど離れてトイレの窓がある。トイレから出てまっすぐ行くと、金庫の前である。

 警察としては、この経路になんらかの罠でも仕掛けたいところである。だから、楓はある秘策を使った。

「何をしているんですか?」

 吉原洋子が尋ねる。何食わぬ顔で、楓は答えた。

「綺麗な花壇ですね。誰か手入れしているんですか?」

「はい。私の趣味です」

「なるほど、良いセンスをしてらっしゃる」

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