第15話


笹島と篠塚の関係性が変わり数ヶ月経ち年も変わろうとしている。


新たな年にどこか浮き足たつ世間に笹島はどこか置いていかれた気分だ。


だって何も変わってはいない。


笹島が初めて篠塚が人を殺したところを目撃したのは冬が訪れようとした時だった。


あの時初めて触れた『死』に憧れ、篠塚を強烈に意識した。


幼稚園から高校まで同級生であろうと希薄な関係性の二人の仲はそこから変わっていった。


最初は話すために行ったファミレスでドリンクバー全種類制覇を生きる理由にしろと篠塚は笹島に言った。


そして二人でなんてことない話や笹島の生きる理由探しをしたりした。


ファミレスに通うため、いざとなったら篠塚に自分を殺すよう依頼出来るため通っていたコンビニでアルバイトをするようになった。


人間関係が希薄な笹島が風邪をひいて学校を休んだ際には手土産を持って見舞いに来てくれた。


篠塚が甘党の猫好きで人殺しをするような怪し気な仕事を何故かは未だに分からないがしつつ、将来のことや進路のことも考えている。


矛盾がありそうで一貫していたのは、篠塚は笹島に生きる理由を与えようとしていたことだった。


死ぬ理由もさほどなかった笹島に、生きる理由の方が多くなっていった。




笹島は、また自分の死にたい理由と生きたい理由と篠塚のことを考えた。


最近考えることは生死のことより篠塚のことが多くなっていった。


笹島の生きる理由の大部分が篠塚によって与えられたことも大きな要因だろう。




篠塚は、何故他人を殺し、生かそうとするのか。


笹島にはそれが分からなかった。








それは唐突に訪れた。


いつもの朝。


遅く登校してきた篠塚が珍しく自分から笹島の席へとやって来た。


「上と話がついた」


篠塚はなんてことない顔で笹島の命運を切り出した。


上と話がついたということは自分の生死が決まったということだろうと笹島はじわりと汗が出てきた。


死ねるか、生きるか。


最初からそのどちらかしかなかったのに、死にたいと思っていたのに、改めて突き付けられると心臓がうるさい。


篠塚は自分の鞄から荷物を取り出すと笹島の目の前に置いた。


「はい、これ」


学校の机の上にごとりと置かれたそれの中身はきっとこの場には不釣り合いなものだろう。


「これからよろしく、笹島」


篠塚はいつもの薄い笑みで笑った。


「これは?」


「多分想像してるもの。不用意に使うなよ?特に自分に使うなよ?」


自死に使うことを否定して、篠塚は話を進める。


「お前が俺達の仲間になることが決まった。おめでとー」


謎の組織に入れられたというのにあまりの軽さである。


「上の判断でどうしようもないから俺に文句を言うなよ?でも、拒否したら笹島の希望通りになると思うよ」


笹島にとって死ぬことは魅力的だが、篠塚のことにも興味を持ってしまい知るために生きたいと思ってしまったのも事実だ。


置かれたありふれた紙袋と篠塚を交互に見比べること数回、笹島は紙袋を自分の鞄へと仕舞った。


「これで笹島も後輩くんかー」


間延びした篠塚は何を考えているか分からないが、笹島にとっては今日からが理由が出来た記念日だった。


それが人を殺すことだとしても、死ぬ理由も生きる理由も手に入れた。


笹島は安堵した。








「とりあえず祝いにパフェ食いにいくか!」


「俺はポテトでいーわ」


「ノリが悪ぃな。一回食ってみろよ。パフェとかケーキとかパンケーキとか。俺特製の紅茶も甘くて美味いぞ」


「俺はお前に殺される前に糖尿で死なないか不安だよ」


軽口を叩き合いながらいつものファミレスへと足が向かう。


このファミレスへ訪れたのも何回目、何十回目だろうか?


オーダーするとすぐにドリンクバーに向かうのも変わらない。


結局ドリンクバー全種類制覇をする前にとんでもない事態になったな、と笹島は思った。


それでもまた新たな生きる理由が出来た。


篠塚のように怪しげな仕事をするという仕方のない理由だが、それでも生きる理由が出来たことは笹島にとって嬉しいものだった。


仕事は不定期らしいのでコンビニのバイトと掛け持ちでやろうと決めていた。




テーブルに届いたパフェを前にすると篠塚はいつもの酷薄そうな表情を喜色に変え大きなタワーのようなパフェはどんどん減っていく様を笹島はいつものポテトを食べながらぼんやり見ていた。


そしてふいに思い付いた疑問を投げ掛けた。


「篠塚と同じ組織にいても篠塚が殺してくれる可能性ってある?」


「生きる理由が出来たんだからいい加減その話題から離れようぜ」


季節が変わり新商品のパフェに舌鼓をうちながら篠塚は呆れる。


「でも、まぁ」


続けられた言葉に笹島は願ってしまうのだ。




「殺したくなったら殺してやるよ」




篠塚は甘いものを好んで食するが、篠塚の言葉自体が笹島にとっての甘い誘惑だった。


そんな曖昧な口約束をして、ファミレスで飲み食いして、明日も笹島と篠塚は学校で会ってはくだらない話をするだろう。








笹島は篠塚に殺される夢を見ながら今日も平和を生きている。




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死ねない死にたがりと、生きる理由の彼が殺す意味 千子 @flanche

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