第6話

笹島は、篠塚の身が心配になっていた。


最近はファミレスに誘ってもバイトを口実にすることが多かった。


今までは予定がなくても行きたくない日は素直にそう告げるので、多分本当にバイトがあるんだろう。


あの、怪しげな謎の組織で謎のバイトをしている篠塚が純粋に心配だった。


ファミレス勧誘も勝率二割から一割になっている。




そして、今日はそんな貴重な一割の日だった。










「篠塚はなんでそんな危ない仕事してるんだ?」


「危なくないことの方がまだ多いよ。まだまだ先輩に助けてもらってるし」


「先輩」


「そう。だいぶ変わった人だけど悪い人じゃないよ」


篠塚のバイトの先輩。


「会ってみたい」


純粋にそう思った。


篠塚以外に人を殺す仕事をしている人間に会ってみたい。


バイト中の篠塚を知っている人間に会ってみたい。


謎の組織の一員に会ってみたい。


その先輩からも『死』を感じられるか確かめてみたい。


笹島は単純にそう思い口にした。


「絶対やだ」


「会ってみたい」


会ってみたい、会ってみたい、会ってみたい。


笹島の会ってみたいコールは篠塚が嫌々ながらスマホを弄り手頃な先輩を呼び出すまで続けられた。


粘り勝ちをみせた笹島はこの調子でなら拝み倒せば自分を殺してくれるのでは?と思ったが、今まで散々頼んでもしてくれなかったので無駄だなと思い直した。








場所はいつものファミレスで。


先輩とやらが来るまでにいつもの注文だけはしておく。


並んでドリンクバーに立つことは習慣になりつつあった。


せっかくのドリンクバーだというのに、篠塚は紅茶に見せ掛けた砂糖茶以外を飲んでいるところを見たことがない。




「篠塚は、初めて人を殺した時ってどんなんだった?」


テーブルに戻りなんとなく笹島は訊ねる。


他意は本当になかった。


だから篠塚も答えてくれたのだろう。


「俺の初めての殺しは自分かなー」


軽い様子の篠塚に笹島は瞬きをする。


「殺しちゃったからかな、自分を」


だから平気なんだと、いつもの薄い笑み、でも少し違う篠塚を笹島は見てしまった。


篠塚は篠塚を殺してしまったのかと言葉通り受け止めた笹島は、それを羨ましいと思った。








沈黙は、ひょろりとした柔和そうな青年が席に訪れにより破られた。


「どうも。篠塚の先輩の間宮です」


篠塚の先輩という人物は、どこにでもいそうな好青年風な男性だった。


「は、初めまして。笹島です」


「うん。知ってる。篠塚の失敗見ちゃったんだって?」


にこやかに笑う間宮だが、その失敗とはあの日の殺人を指すことを察して笹島は笑えないでいた。


「うるさいですよ」


「いやー。出来ます!て言ったのにあっさり一般人に見られて報告してきたのが面白くて面白くて。飲み会のいいネタになってるよ」


「ちくしょー…」


和やかに篠塚と間宮が会話しているが、謎の組織の先輩だけあって間宮も人を殺したりしているんだろうか、そもそもさっき格好をつけて自分を殺したから人を殺すのは平気なんだと言っていたけどそういや俺に見られるなんて大失態したんだよな篠塚は、と笹島が考えていると間宮が話を振ってきた。


「それで、篠塚の大笑い大失態の元凶笹島くん」


「はい」


篠塚は学校だとクールキャラだと思われているのに謎の組織じゃ可愛がられる後輩キャラなんだろうかと場違いなことを笹島は思ってしまう。




「君、死にたがりの生きたがりって聞いたけど、どうしたい?」


いきなり核心を突いた質問に笹島はドキリとした。


返答次第では殺されてしまうのだろうか。


だが、笹島の中でこれだけはずっと変わらなかった。


「俺は、殺されるなら篠塚にお願いしたいです」


「そっか」


頷く間宮のそれはどういう意味かは分からないが、間宮も季節のケーキとドリンクバーを注文し、ドリンクを取りに席を立った。


間宮が季節のケーキを2つ食べオレンジジュースを飲む。


その隣では篠塚が前回とは違うパフェを食べながら紅茶に見せかけた大量の砂糖が投入されている紅茶を時折飲んでいた。


謎の組織の一員は甘党じゃなきゃいけない決まりなんだろうかと笹島は若干引きながら思った。




「あの、俺の依頼とか処遇とかって、どうなってるんでしょうか?」


笹島の停滞したままの問題に疑問を投げると間宮は軽く答えた。


「あー…、それなら上でまだ揉めてるんだよねぇ。なんせ一番のお偉いさんが一番甘いから」


「死にたがってるからって安易に殺すのも労力掛かるしなー」


「前途ある若者にそんなこと言うもんじゃないよ」


間宮も充分若いのだが、どこか達観した言葉だった。


「それにご両親や友人が悲しむよ」


と定番のセリフを添えた。


「そんなことで死なない理由になるなら死にたいとは思いません」


きっぱりと言い切る笹島に間宮もお手上げのようだ


「うーん。重症だね。若いって怖い。そのうち病気や怪我や死ぬことも怖くなってくるから安心して生きてなさい」


「それはそれで嫌じゃないですか?」


「ああ、嫌だな。あとじじくさい」


じじくさいと反論した篠塚を間宮はテーブルの影で笹島からは見えないように足を蹴り飛ばした。


「痛っ!」


蹴られた篠塚は先輩だというのに間宮を蹴り返した。


テーブルの下で蹴り合いの応酬がされておるせいでテーブルが揺れてきている。


「いい加減にしてくださいよ」


笹島のその一言でぴたりとテーブル下の戦争は終わった。


「大人気ないところをみせちゃったねぇ」と間宮が笑うと篠塚はすかさず「間宮さんが大人気ある時なんてありませんよ」と返したところを見ると二人はそれなりに仲が良いんだろう。








結局、謎の組織の一員達は、甘党なことと仲がいいということ以外まったくもって謎だということだけがわかった日だった。




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