悪役令嬢なので好きに生きました

千子

第1話

ロッテ公爵令嬢ショコラッテが髪を切った。


それも、肩より短くアップにしていないにも関わらず首筋が見える程度に短く切り揃えられていた。




この世界では庶民の女性ならばそういった女性もいるだろうが、貴族の女性が短い髪なぞあり得ぬし、それこそ罪人になった時に髪を切られる時くらいしかなかった。




それなのに、この国を代表するロッテ公爵家の令嬢ショコラッテは髪を切りそのまま社交界に顔を出し、エスコートしてくれた兄と優雅に踊ってみせた。


ドレスもいつもの最先端の流行のものではなく、なんの宝石で着飾ってもいないストレートな見慣れぬ装いだがショコラッテにとても似合っていた。


いつも流行を作るのはショコラッテという風に思われており、今回もその最先端のドレスだろうと思おうとしたが、そのドレスはショコラッテにしか似合わないだろう。




あまりのことに噂話に花が咲く社交界ですら何故と訊ねる者はいない。




だが、ショコラッテは短い髪で自身を最上に魅せるドレスで軽やかに踊る。


長い髪をアップにしたときとは違った魅力的な首筋が麗しいと思う男性すらいた。








話は1ヶ月前に遡る。








ショコラッテの婚約者、第一王子のフロートが聖女として教会の覚えもめでたい男爵令嬢のキャラメリッテと急激に親しくなっていった。


それまでは恋愛感情は育てられなかったもののお互い国のためにと切磋琢磨してきた仲だと思っていたのに、ショコラッテの言葉はすべてキャラメリッテへの醜い嫉妬だと言われてしまうようになった。


側近達も揃ってキャラメリッテに侍っている。


異常な光景にショコラッテが戸惑っているとキャラメリッテに呼び出された。


そして、この世界が乙女ゲームの世界であること、ヒロインはキャラメリッテでショコラッテは婚約者のフロートをキャラメリッテに取られたと逆上し破滅する悪役令嬢だと声高に説明された。


正直なところ、ショコラッテはフロートに恋愛感情なぞないからキャラメリッテにフロートを取られたくらいで逆上なんてしないが、キャラメリッテの中では物語が出来上がっており、差異を認めなかった。




そしてショコラッテも思った。




「どうせヒロインとやらのキャラメリッテ様にすべてを奪われるというのなら、わたくしはわたくしの好きに生きますわ」




まずは、王子の心が自身にないことを理由に国王陛下に婚約者を辞任することを申し出た。


公爵家側からの解消なぞ認められる物ではない。


そこでショコラッテはフロートを示唆し婚約解消と新たにキャラメリッテを婚約者にするという正式な証印を作らせ教会に正式に申し出た。


それは王族と繋がることで教会の力をより強固なものにしたい教会側にとっては願ってもいないもので、簡単に認められた。


元より国王側と教会側は権力争いで長年膠着状態にあった。


今回のことで聖女と王子を擁した教会側の発言力は高くなるだろう。


しかし、もう王妃になる予定もないショコラッテには関係のないことだった。








帰宅し美容師を呼びつけると自慢の長い髪をバッサリと切り落とした。


美容師には何度もいいかと訊ねられたし、あまりのことに両親は失神したが、ショコラッテは軽くなった頭を一振りし満足気だった。


髪の短い令嬢を婚約者に据えるなんて王家には出来ないだろうという下心もあった。




そして、ドレスのデザイナーには今までの羨望を集めるようなドレスを注文することをやめた。


シンプルな、なんの宝石で着飾ってもいないコルセットも着けないストレートのドレスを注文した。




あまりにシンプル過ぎるドレスは、社交界ではお金がなく着飾れない者として嘲笑の的になるところだが、ショコラッテが出来上がったドレスを着てみると、単なる布に感じられたドレスがショコラッテのためのドレスとして存在した。




「悪役令嬢ならば、好きに生きましょう」




だからショコラッテは髪を切った。


誰かのために優美に見せるためではなく、邪魔だから切った。




ドレスも皆が求めるようなデザインではなく、ショコラッテのみが美しく見えるように注文した。




「わたくしは、誰かのための広告塔ではないわ」








髪を切った翌日からは学園で騒がれ、また王子との婚約解消とキャラメリッテと王子の婚約が余計な噂を呼んだ。


しかしショコラッテは気にしなかった。


なぜなら、すべてショコラッテがしたくてしたことだからだ。


誰のせいでもない、ショコラッテの意志でショコラッテは在る。


噂話にも興味を示さず、元より公爵令嬢として、未来の王妃として一挙一動が噂になることは慣れていたショコラッテは自由に振る舞った。


それまでは許されなかったことも興味があることは下位の者にも教えを乞いやってみては笑う。




フロートは、そんなショコラッテが初めて魅力的に思えた。


屈託なく笑うことはキャラメリッテと同じだったが、キャラメリッテは特定の人物にしか笑わない。


それが高位の令息だけなことは途中から気付いていたが、気にしないようにしていた。


ショコラッテとの取り決めでショコラッテに声を掛けることすら許されない。


キャラメリッテは王妃になるべく勉強を始めたが、元より男爵令嬢としてすら怪しい存在だったため難儀していると聞く。


フロートもショコラッテに任せていた仕事を自身でやるしかなくなった。


それは長い年月でかなりのものになり、フロートもキャラメリッテも学園に通う余裕がなくなっていった。


側近達も合わせて各家から何故王子の横暴を許したのか、嗜めるのが側近の役目ではないのかと家での立場が危うくなっていた。








ヒロインもヒーローもいなくなった学園で悪役令嬢ショコラッテは今日も楽しく笑っている。






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