1.ゴーストハウス(28回目)(2)
「利他?」誰かが聞き返した。
「このゲーム、ほかのプレイヤーへのスタンスは三種類あるんだけど……」言ってる途中で、これは質問の形式にしてみようと
「自分が生き残るために、〈利用する〉」
「うん」
「〈無視する〉。他人とは極力関わらず単独でのクリアを目指す」
「うん」
「最後のひとつが……死なないように〈助ける〉ですか」
二回目の娘さんが疑わしげな視線を向けてきた。
「しかし、なんだってそんなことするんです? そりゃ、サポートしていただけるのはありがたいですけど、それと引き換えに
「長い目で見れば、それがいちばん生存率が高いんだよ。ここでみんなに借りを作っておけば、次にどこかのゲームで会ったとき、私の有利になるよう動いてくれるかもしれない」
「次って、次のある人が何人いるかもわかりませんよ」
「それでもいいよ。自分の利益を損なわない範囲でなら、見捨てるより助けたほうがいい」
本心だった。
が、
「警戒はしたほうがいいね。こんなこと言って、実際、腹の中は暗黒かもしれない。弾除けぐらいにはなるかなって考えているのかもしれない。そこのところは、各人で判断してもらうしかないね」
言いながら、
「食べていいんですか、それ」
信じられない。そんな目をメイドさんたちはしていた。「うん。おいしいよ」と答える。
「そういう種類のゲームでもない限り、食べ物に毒が入ってるってことは基本ないよ。ゲーム中の飢えをしのぐためのものだからね。人の命をもてあそぶゲームでも、そこの線引きは案外しっかりしてるもんだ」
見たところ、誰もお菓子に手をつけていなかった。食べ物が喉を通る状態でないというのもあっただろうし、それに、人が死ぬゲームという観点でこのお菓子を見たとき、あまりにもこれは怪しすぎる。ためらいを覚えて当然だろう。
が、その手は、なにもつかむことなく停止した。
同メイドさんは
「もしかしたら、安全なお菓子を見分ける方法を隠してるかもしれないからね」
実際には、そんなもの存在しない。単純においしそうだと思ったのでマフィンに手を伸ばした。ゲームの舞台に配置されている飲食物は、聖域なのだ。食べてもよろしいという公式のアナウンスがあったわけではないのだが、しかし、不文律があった。人権をやすやすと侵害するこんなゲームとあっても、守られているものはある。そうでなければ、商売にはならないし、
さて、しかし、そういった事情を知らないほかの五人は、このお菓子に対して警戒を続けざるをえない。つまるところ、
正面から手が伸び、食べかけのマフィンがかっさらわれた。
「えっ」
前を見る。さっきのメイドさんだった。「こうしろってことですよね」彼女は言った。
「いや、あの、違うんだけど」
応答はなかった。三口目は彼女がいった。「ああっ」と
気を取り直し、
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「じゃ……じゃあ、そろそろ、みんなのこと教えてほしいな」
腹ごなしは終わった。
「まずは私から」五人の視線を受けながら、言う。「
「そんなにやってるんですか」
誰かが言った。全員が、たぶん、同じことを思っていた。
「二十八回というと、相当な金額ですよね。なにが目的で?」
「や……私は、お金じゃなくて」照れを覚えつつも、「連勝記録を目指してるんです。目標は、九十九回」
「え。……このゲームでですか?」
「はい。……うん」
「連勝って、負けるときは死ぬときですよね?」
「うん」
「生還率が七割なんですよね? それが九十九ということは」
「計算しないで。怖くなるから」
「なぜにそんなことを……?」
「向いてると思ったから」何度も聞かれてきたことだ。
全員が沈黙した。
「えっと、あの」
いつまでも沈黙してはいられない。
正面のメイドさんを
「
金色のツインテールが特徴的な娘さんだった。この部屋には白と黒しかないので、よりいっそう、まぶしかった。見てて心配になるぐらい体の細い女の子というのがこの世界にはときどきいて、
「ゲームは、これが初めて。目的は、借金返済のためです」
「借金?」
「私のじゃありません。親のこさえた借金です」
「……そういうのって、子供には責任いかないんじゃないの?」
「それはそうですが、借りたものは、返さなきゃいけないと思うので」
そう言われたら、返す言葉はなかった。彼女は、〈そういう人〉なのだ。──
〈二回目〉のメイドさんだった。「
「ゲームは二回目。つっても二年ぶりなんで、ほとんど未経験みたいなもんですね。目的は、まあ、生活費を求めてってところです」
アンダーグラウンドな雰囲気の娘さんだった。
下衆な記事ばかり書いている週刊誌の記者みたいな、どんなものでも調達してくれる刑務所の売人みたいな、日の当たる世界の住人ではまずないだろう雰囲気。ただし、例によって、その顔立ちはかなりかわいらしいので、アングラな雰囲気を放つかたわら、無理して悪ぶっている不良少女のようなほほえましさがわずかに同居していた。
ショービジネスという性質上、ゲームに呼ばれる女の子は基本的に顔がいい。顔のいい娘さんとたやすくお近づきになれるのは、このゲームの数少ない魅力のひとつだ。もっとも、お近づきになったところで、その絆がいつまで継続するかはわからないのだが。
「生活費って、じゃあ、切羽詰まった事情があるわけではないんですか」
「ええ、まあ。金がないって意味じゃあ切羽詰まってますがね。借金まではありませんよ」
「普通に労働するというのではいけないんですか」
「ばからしくてね」
矛先が
「次、どうぞ」
というのも、彼女が指し示したのは、例の泣いているメイドさんだったからだ。命懸けのゲームに参加させられた人間の反応としてそれは自然なのだが、しかし、
きんきんの高い声で「
「違うんです。私は、騙されて……」
「騙された?」
「自分の意思で参加したのではないそうです」
そう補足したのは、
「簡単に稼げるバイトがあるよって言われて、てくてく付いていったら意識を失わされて、気づいたらここにいたという、なんともコテコテな事情だそうです」
「ああ……」
ああという声が出た。それ以外に出しようがなかった。
運営側から誘ってゲームに参加させる──いわゆるスカウト組は、少数あった。開催されるゲームに対して人数が足りない場合、あるいは、ものすごい上玉を発見した場合など、運営がアプローチをかけたくなる状況はなにくれとなくあるのだ。
今回は後者のケースだろうと
「無事に帰れたら、お金なんていりません」
そう言ったきり、
「事前の知識はありましたが、参加はこれが初めて。理由は、
その名に違わない、赤いショートヘアを持つメイドさんだった。ほかの娘と同じくこの娘もやはりお顔がよろしいのだが、彼女のそれは、少しばかり方向性が違った。手垢のついた言葉で失礼するなら、それは、王子様だった。女にもてる女というやつだった。男として見てもかなりあるだろうというぐらい身長は高く、ほかのメイドさんに比べて明らかに手足が長い。
「もっとも、私のは正真正銘自分の負債ですが」
負債。やや引っかかる表現だった。「なんか商売でもやってるの?」
「そんなところです。少しばかり、入用になりまして」
詳しい話はしたくないという気配だった。
「え、なに?」
「
おそらく、がんばって声を張っているのだろうが、それでも小さかった。
「ゲームに出るのは、これが、初めてです」
いかにも内気そうな娘さんだった。
もしゃもしゃとした青い髪と、不安げな表情を持つ。あからさまに体が前屈していて、視線はテーブルとメイドさんらの間をせわしなく交互する。そういえば、これまでの会話で、彼女の発言を聞いた記憶が
「目的は……その、これ以外になくて」
そうとしか
全員の自己紹介が終わった。
「少しの間だけど、よろしく。できる限り大人数でのクリアを目指そう」
「しかし、クリアといっても、具体的になにをするんです?」
「脱出ゲームだからね」
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