第3話 お母様? それとも娘の私?
うわ言を口走ったかと思いきや、オズワルドは気絶してしまった。
ミハエルは信じられない気持ちで部屋に入り、深緑色のコートに包まれた肩を揺らした。
「魔道士長! 俺です! ミハエルです! 分かりますか⁉︎」
返事がない。
パリパリに乾燥した唇から聞こえるのは寝息だけ。
「ひどい有様ね。部屋の荒れ具合といい。これじゃ氷魔帝と恐れられた男の面影がないわ」
ユースティアも隣にしゃがみ込み、オズワルドの額に手を当てた。
熱はないから過労が原因だろう。
「とりあえずソファまで運びましょう」
一気に十歳くらい老けてしまったオズワルドを二人で運んで、風邪を引かないよう上からブランケットをかぶせておいた。
心臓が握りつぶされたみたいに痛む。
今までオズワルドが
この男が無理といえば、それは誰にとっても無理だった。
そのオズワルドがボロ
役に立てない自分が悔しくて、ミハエルは手をきつく握った。
「だって仕方ないじゃない。ミハエルは見習いなのだから」
「でも、魔道士長は大恩人なんだ! 一つくらい役に立ちたいんだ!」
「ミハエル……」
思いがけず大声が出てしまい、ユースティアが少し驚いていた。
よくよく考えれば、王女と対等に話すことも失礼である。
「申し訳ありません。生意気な口を利いてしまいました」
「別にいいわよ。私とミハエルの仲じゃない」
照れを隠すように髪の毛をいじくるユースティア。
どういう仲なのか不明だが、いちいち気にするな、という意味らしい。
正直いってユースティアから特別扱いされるのは嬉しい。
オズワルドが目覚めるまでの間、特にやることもないので部屋を整理することにした。
書類を拾って向きをそろえておく。
本もサイズ別にまとめて山にする。
オズワルドは元来、几帳面できっちり
ここまで荒れるということは心が限界なのだろう。
(やっぱり安いコストで勇者召喚するのは無理なんだ)
勇者召喚というのは神との取り引きだと定義されている。
目に見えない神という存在がいて、我々が価値を差し出す代わりに、別の価値を与えてもらうのだ。
こちらが富を捧げる。
その代わり武力をもらう、といった具合だ。
差し出した価値が大きいほど与えられる価値も大きくなる。
コストを削ってしまった場合、呼び出される勇者も弱くなってしまう仕組みである。
「マリアンナ様の要求は無茶なのです。コストの部分だけ削るなんて。それだけ低級の勇者を呼ぶことになりますし、最悪、何の能力も持たない凡人を召喚してしまいます」
「でしょうね。都合のいい話、簡単に転がっているわけないしね」
ユースティアが一枚のリストを手に取った。
オズワルドの字で百個くらいアイディアを書き連ねている。
現実可能な方法が本当にないのか。
一つ一つ深掘りしている内にメンタルが崩壊しちゃったらしい。
「ねぇねぇ、これを見て」
「え〜と……異世界から勇者を召喚するのではなく、過去の英霊を復活させる方法について……ですか」
「そっちじゃない。
殴り書きのようなコメントがある。
『もういっそニセモノの勇者を用意すべきでは?』と。
これを書いたオズワルドの苦悩を想像して、ミハエルは苦笑いした。
「やっぱり、無理なのよ。ニセ勇者は良いアイディアだと思う。一番出費が少ないだろうし」
「正気ですか。そこらへんの一般人を勇者に仕立てあげるって意味ですよ。女王陛下を
「費用は国民の税金なのよ。国庫の蓄えだって、いざという時のためにあるの。一番少ない費用で抑えるのが理想的だわ」
ユースティアはおそらく正しい。
正しさのせいで母と対立するシーンを想像して、ミハエルの胸が痛くなる。
「ですが、マリアンナ様を裏切るような真似は……」
「ちょっと。ミハエルはどっちの味方なの? お母様? それとも娘の私?」
「そんな二択、答えられるわけないじゃないですか⁉︎」
「これは命令よ。どっちか一つを選びなさい」
選択肢がないに等しいじゃないかと思ったミハエルは観念するように首を振る。
「いかなる時も俺はユースティア様の味方ですよ」
「はい、よろしい」
頭をナデナデされた。
幼少期に戻ったみたいで非常に恥ずかしい。
「よくぞ申しました、ミハエル」
ふいに隣から声がした。
オズワルドが目を覚ましたのである。
しかも先ほどの会話を聞かれたらしい。
「あなたはティア姫の味方。その点を見込んで依頼したいことがあります」
上体を起こしたオズワルドは激しく咳き込む。
ミハエルが慌てて水のグラスを持っていくと、中身を一気に飲み干した。
「ティア姫もニセ勇者に賛成と分かり安心しました」
「まさか魔道士長⁉︎」
「そのまさかです」
オズワルドは乱れた眼鏡の位置を直して立ち上がる。
「そもそも女王陛下の希望は何ですか? 今より国を豊かにすることですよね? だったら、ニセ勇者で十分です。私やティア姫がニセ勇者を影からサポートすればいいのです」
手柄はすべてニセ勇者に譲るつもりらしい。
「しかし、ニセ勇者を演じられる人物がいますかね。その者が裏切ったら、すべての計画は水の泡ですよ」
「一人だけいます。絶対にティア姫や私を裏切らない者が」
オズワルドは机のところへ歩いて行き、羽のバッヂを取り出した。
正規の魔道士がローブにつけている黄金の証だ。
「ミハエルは一日でも早く正規の魔道士になりたいと話していましたね」
「ええ、まあ、以前にお伝えしましたが……」
「でしたら昇格試験です」
急に嫌な予感が湧いてきて、ミハエルの下腹部をゾワゾワさせた。
「ニセ勇者を務めなさい。バレずに役目を果たしたら魔道士に昇格させてあげます」
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