5-2
その日のトルマリンは大いに盛り上がった。客が客を呼び、カウンター席とその後ろのボックス席は満員だった。その中には、永瀬の姿もある。
「まこちゃん、しばらくぶり」
確かに店で一緒に飲むのは久しぶりだったが、姿を見るのは一週間ぶり程度だったので、真琴は愛想笑いで「そうかな」とあやふやに返した。
「その服、似合ってるね」
永瀬はカウンターの端に座っており、真琴はカウンター越しに正面に立っていた。
薄いジャスミン茶割をマドラーでかき混ぜる真琴の顔を見ることなく、永瀬は伏し目がちになって早口で言い捨て、できるだけ遠くを見るようにボックス席に目をやった。
ボックス席では、飯田や、飯田の連れであろう真琴の知らぬ客たちが、明日の阪神戦についてああじゃないこうじゃないと会話をしており、熱が入ってどんどんと声が大きくなっていく。
「ありがと! 聖子ママの借りてるんだー」
聖子ママの昔の愛用品だという水色の総レースのタイトワンピースは、膝下まで着丈があり、袖は肘下、胸元も詰まっていて露出はほとんどないようなもので、ホステスというよりはアナウンサーのような雰囲気だった。
「まこちゃんによく似合ってる。清楚系って感じだね」
永瀬の声には相変わらず愛想はなかったが、こめかみあたりをボリボリとかいて、いかにも照れている様子だ。
かいたこめかみは乾いているのか、フケのような粉が僅かに飛び、真琴は思わず顔を背ける。
永瀬が顔を上げたので真琴も咄嗟に視線を戻し、「えーうれしー。永瀬さん、いつも太ったっていじってくるのに、褒めてくれるなんて。どーしたの?」とはしゃいだような声を出す。
「ゆあちゃんに怒られちゃったんだよね、まこちゃんにいらんこと言い過ぎやでーって」
照れ笑いをする永瀬は、聖子ママのみならずゆあにも叱られたらしいが、随分と聞き分けの良いことに真琴は内心、感心した。
しかしだからといってそれ以上に感情が動くことはない。
「あらー、ゆあちゃん、私のこと大好きだから、私のことディスると怒られんだよー」
茶化して言うが、永瀬の顔は一瞬キリリと緊張する。
真面目な顔と声で「まこ、ちゃんは、誰にでも好かれるよね、僕も」と、たどたどしい。
真琴はしまったと思った。好きだのなんだのという言葉を出すのは悪手だった。ただでさえ、しばらく惚れた腫れたの浮かれた話は耳に入れたくもないのに、興味のない異性で、しかもうんと年上の、客とホステスの関係の相手に好かれている事実を目の当たりにした途端、胃の腑に冷たいものが落ちるような心地がした。
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