4-1
ストロングゼロ片手に歩く。もう三本目。
午後十一時過ぎ。もう二時間くらいこうしてる。
やっぱり私なんかがそんな大層な、人から求められるだなんて、おかしな話なんだって。一縷の望みにかけてしまっていた。希望的観測が勝ってしまった。判断力が圧倒的に欠けていた。
何がヘアクリップだ。何がチョコレートだ。
「千冬様」にはティファニーで、私には科学館の売店のスノードーム。
上げて落とすは私の人生のセオリーなんだって忘れてたみたい。
別に飲まなきゃやってらんないとかそんなんじゃなくて、単純に外が寒いからお酒飲んで温まってるだけ。
こういうとき大体ドラマでは、こけて膝から血が出て、声を上げて泣くようなシーンが多いみたいだけど、私は、別に。
大学進学のときに上京した関西出身の私に、大宮の街などわかるわけがない。今どこを歩いているのかもわからない。歩くのを止めれば良いのに、止まると凍え死んでしまいそうな気がする。
どうしよう。
どうしようもないのは、今私が持っている鞄の中に、財布が入っていないから。
静かに家出してきたけど、冷静ではなかったらしく、引っ掴んで持ってきた鞄には、二日分の着替えといくつかのポーチしか入っていない。一万円するアイシャドウも無力。
スマホはあるけど電子マネーはチャージしていないし、何より彼から連絡が来ていないか期待してしまうのが辛くて見たくない。
ストロングゼロも無力だった。今私の手元には、空の缶しか残っていない。
どうしよう。寒い。たぶんひどい顔をしているだろうから、うつむいて歩く。
何度かこけた。その度何人かの心優しい通行人が、大丈夫ですかと声をかけてくれた。会釈して、大丈夫ですとやり過ごす。
歩き疲れてベンチに腰を下ろした。座面が冷えている。うつむいてあれこれ考えていると、目の前にジーンズの脚が二本。ジーンズの脚の人物は、覗き込んでくるわけでもなく私の前に立ちふさがる。
さすがに気になって見上げると、よく知った顔があった。
「あれ、コッコ、なんで……」
コッコは見上げる私の頭にポンと右手を置き、そのまま左右に私の頭を揺らすように撫でた。
大丈夫じゃなくなった私は、声を上げて泣きそうになるのを我慢してもう一度、なんでここに、と聞いた。
「いや、あんたが呼んだんじゃん」
「え、私が……?」
酔っ払っていつの間にか連絡していたらしい。記憶がない。
コッコは黙って私の頭をなで、それから涙が溢れ続ける私の両目を、両手でそっと覆った。
「求められないことが辛い?」
私は何をどこまで話したのだろう。「千冬様」の代替品みたいに扱われたのは悲しいけど、好きな人に裏切られ続けたのもしんどいけど、それよりも私自身が、誰にも求められない、誰にとっても価値のない存在に感じられて、苦しかった。
コッコの手を伝って、流れる涙が顔面全体を濡らす。顔が冷たい。
「人に求められることは確かに嬉しいよね。逆に、求められないと自分が無価値であることの烙印を押されてるみたいな気分になるかもしれない。でもそれは、事実なんかじゃない。誰にも求められないからって価値がないってことにはならない。そのタイミングではまだ誰も気づいてないだけ。それに、他人から求められなくたって良いんだよ。自分が幸せを感じられたらそれで良いじゃん。気楽にいこうよ」
コッコはしばらくそうしてくれていた。周りの様子がわからず、何分そうしていたかわからない。
「真琴、風邪引いちゃうよ」
そんなことを言われたって、行くあてもない。さほど仲良くない、私と違って優秀でさぞ充実しているであろう大学時代の友人たちとは、今みたいなときには特に会いたくない。
「そこに、朝までやってるスーパー銭湯があるみたい。連れて行ってあげるから」
ね?、と半ば強引に私をベンチから引き剥がすが、声はとても優しい。 私はようやっと立ち上がる。
スーパー銭湯は、私が歩いてきた道にあるらしかった。来た道を戻るのは、彼に会ってしまいそうで嫌だ。というより、引き返すことで、私を追いかける彼と出くわすのではないかと期待してしまうことが嫌だった。
しかしコッコは容赦なく来た道を戻る。来た道を三分の一くらい戻ったところに、スーパー銭湯はあった。
スーパー銭湯の自動ドアが開くと、清潔な香りと暖かい空気が漏れ出てくる。絶望と寒さで硬直した全身が、僅かに緩むような気がした。
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