第28話 ザード、悪の軍団に接近される

(ザード視点・学園内)


「学園創立祭か……」

 チラシを見て、私はため息をついた。

 かつて、私が生徒だったころの創立祭は、本当ににぎやかだった。

 生徒も講師も、皆がまとまって、心から楽しい創立祭をしようと必死になっていた。

 むろんその頃も、スキルによる生徒の格差だとか、身分差だとかの問題はあったが、創立祭の時だけはそういうことも忘れて、心から楽しんだものだ。

 いまこうして、創立祭が近づいてきても、生徒達からはやる気が感じられない。

 何か盛り上がろうというような気分が感じられない。

(どうして、こうなってしまったのでしょう……)

 私は胸が痛む思いする。

 原因は分かっている。あのタヌーキとキツーネのせいだ。

 あの薄汚い金まみれの中年どもがいつの間にか魔法学園のトップに居座っている。

 そのせいで、学園内の風紀も自然と乱れるのであろう。

 OBとしても、恥ずかしい思いだ。

 


 授業を終えて、私は歩廊に出る。

 マキが嬉しそうに手を振って挨拶してくれた。

 周囲の生徒たちも一斉に、

「「「こんにちは、先生!」」」

 笑顔を見せてくれる。

 講師としてこの学園に来て、まだ幾日もたっていないのに、マキは友人ができ、自分は講師として扱ってもらえる。

 いい子もいるのだ。この学園には。

 その分だけ、クソガキが目立つのだが。

 まあ、それはそれとして、マキは初日以降いじめられている様子はなさそうだ。

 安心して、講師室に向かおうとすると――。

 

「ザード先生。御用があります」


 声がかけられた。

 振り返るとそこには、魔法学園の制服をまとった生徒が十人ほど、整列していた。

 異様な迫力がある。

「君は……生徒会長のザッシュ・ケーン君だったかな。そして後ろの生徒は――」

「生徒会メンバーです。僕と志を一にする同志です」

 冷静な口調で告げる。

 すごく妙な雰囲気だ。

「我々と一緒に、生徒会室に来てください」

「ちょ、ちょっと忙しいかな」

「逃げることはできませんよ」

 いつのまにか生徒会のメンバーが円を描くように、私を取り囲んでいた。

 包囲されている。

 異様なムードが醸し出されていた。

「お願いします。手荒なことはしたくないんですよ」

「――あの、先生は忙しいの。アークプリーストの魔法を使って、逃げちゃおうかな―」

「魔法は封じてありますよ」

 生徒会の一人が取り出したものを見て、私は目を見はる。


 ――魔力封印のタリスマン!


 相手の魔法を無効化してしまう強力なマジックアイテム。

 ディーンが相手をしたノーキンとかいう雑魚が身に着けていたのは魔力無効化の装備だったが、こちらは相手を限定して使える、より危険なものだ。

 もちろんきわめて高価。学生がおいそれと手に入れられるものではない……。

 

「さあ、ついてきてください……」


 彼の手が、私の手を握る。

 その時。

 

「ああああああああああ! ザードさん、ザードさんじゃありませんかあああああ!!!!!」


 歓喜の絶叫がとどろいた。

 続いて、背後からのしかかってくるものがあった。

 

「ザードさん! やあっと見つけました! 講師をしてるって聞いたからすぐ見つかると思ったんですけど、探しちゃって!」

「……エグザ?」

 その声には聞き覚えがあった。

 振り返ると、満面の笑み。


「エグザ? どうしてここに?」

「ザードさんを追ってきたんです! それからディーン様を!」

「……ディーンを」

 私はまだ状況が追いきれない。

 いったいなぜエグザがここに?

 

 エグザは私の後輩だ。

 早くからその白魔法の能力は抜きんでていて、将来を嘱望されていた。

 私はそのころアークプリーストとなり、学園の学生でありながら冒険に参加したり、いろいろしていた。

 学園始まって以来の秀英なんてよばれることもあったが、私は常に不満だった。

 私ごときが偉ぶっていられるのは、ディーンが追放されたからだ。

 

 ディーンと私は幼なじみで、子供のころからよく遊んでいた。

 同じ学園に通って、一緒に勉強した。

 

 あれは私たちが三年生になって、しばらくしてからのこと。

 ディーンが追放されたとの報を受けて、私は固まった。

 想像もしていなかった。

 ディーンがスキルを獲得できなかったと聞いて、私はむしろ腑に落ちた。

 そうよ。私のディーンが、当り前の<火属性魔法>だの<水属性魔法>とかの、あたりまえのスキルをとるわけないじゃない。

 もっと、私たちの想像もつかないような秘密があるに決まってる。

 

 一緒に過ごしていたときから、ディーンには特別な才能が備わっている。

 そのことを疑ったことはなかった。

 ディーン自身も否定したけれど、私はずっと信じていた。

 ディーンには、すんごい力が潜んでいる、と。

 

 嫉妬なんかするわけはなかった。

 なんといっても、ディーンの秘密に気づけたのも、私の魔力あってのことだ。

 並みの魔力の人間は、ディーンのすごさに気づくことはできない。

 ディーンがすごいということは、それに気づいた私もすごいってことだ。

 そんなことより大事なのは――未来の旦那様に、嫉妬する奴はいないでしょう?

 

 ということで、ディーンが追放されたとき、私はひっくり返った。

 そこまで、みんなディーンのことが分かってないの?

 

 だから、私は一生懸命努力した。

 ディーンに追いつくため。

 少しも苦ではなかった。

 

 そして、エグゼが私の前に現れて「魔法を教えてください!」といったときも、すぐにうなずいた。

 彼女も、何かを追いかけている人だ――そう、分かったから。

 地位や名誉や、ましてやお金のためではなく、大きな目標に向けて頑張っている。

 だから、どんなことにも耐えられると思ったのだ。

 

 その、目指す相手が私だとは――思わなかったけど。

 

「へー、ディーン様っていう方は、そんなにすごいんですね」

 魔法の練習の傍ら、私は彼女にディーンのすごさを語った。

「私なんて目じゃない。とんでもない特別な能力」

「……ザードさんにそこまで言わせるって、すごいですね」

 いつしか彼女の、私に対するあこがれはディーンに対するあこがれへと変わっていった。

 

 そうして、私が学園を卒業した後も、しばらくの間交流があった。

 彼女が回復魔法専門ではない、攻撃もできるハイプリーストの道を選び、卒業してから冒険者の道に進んだことは聞いていた。

 それから、私がディーンのいるパーティに参加することができてから、疎遠になっていった。

 いまごろ何をしているのだろう、と考えることもあったのだが……。

 

「会えてよかった! ザード様!」

 私を背後から羽交い絞めにする。

「く、苦しい……」

「ちょっといいかな」

 完全に蚊帳の外におかれた生徒会長たちが、声をかけてくる。


「何ですか。せっかくの再開に」 

「すまない、こちらは取り込み中なんだ」

「こっちだって取り込み中ですよ。帰った帰った」

「なっ……」

 愚弄されて顔を赤く染めるザッシュ。

「見ない顔だな、貴様はなんだ」

「あ……えーと」

 考えるエグザ。

「――転校生のエグザです。今日、転校してきました」

「そんな話は聞いてない」

「じゃ、講師の見習い、みたいな?」

「不審者だ! こいつを捕まえろ!」

「ひえええ!! ザードさん、それじゃまた後で!」


 追いかけてくる生徒会メンバーを鮮やかにかわして、エグザは廊下の彼方に消えた

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