短編集
小西
私の色眼鏡
父が消えたあの日から、私は母から色眼鏡を付けさせられた。
日が経つにつれ色眼鏡の色は濃く、母の姿は光り輝くようになっていった。周りから外すよう促されたけれど、その色眼鏡から見える世界が私にとっては普通で、母が与えてくれた大切なものだったから、私は色眼鏡を付け続けた。周りから冷たい目で見られたけれど我慢ができた。
ある日、私は友人から別の色眼鏡をプレゼントされた。母からもらった色眼鏡を通してもわかる、透き通るように美しい色眼鏡だった。私は取り替えたくなった。こんなにも綺麗な色眼鏡を付ければ、奇異な目で見られずに済むどころか憧憬の眼差しを向けられると思ったから。
私はさっそく母に相談した。そこには取り替えたいという気持ちと同時に、ただ母にその綺麗な色眼鏡を見てほしいという気持ちもあった。
しかし、母は私の話に全く耳を傾けなかった。あろうことかその綺麗な色眼鏡を取って
ぱきっ
と、耳掛けを折って外へ投げ捨てたのだ。
願いは儚くつぶされた。
初めて母を恐ろしく思った。初めて母の姿が曇った。その日以来、今まで見えなかった母の粗が嫌でも網膜に写し出されていった。私は母がくれたそのどす黒い色眼鏡を捨てたくなった。この色眼鏡を付けているせいで母が汚く見えると思ったから。長年付け続けたその色眼鏡は体に固着していたけれど、どうにか離れる方法を模索し始めた。
そして今日、その方法が見つかった。外すのではない、壊すのだ。
私はホームセンターへ向かい出来るだけ大きな鋏を買う。家に帰り、母がリビングでソファに座っていることを確認し、そして呼吸を整え、ゆっくりと鋏を色眼鏡のブリッジへと忍ばせる。私にはもう迷いはない。色眼鏡を壊す、その思いだけ。
バチンッ
力いっぱい込めて切った色眼鏡は真っ二つになった後、いとも容易く私の体から落ちる。呆気のない。
私は周りを見渡す。窓からのぞく青い空、太陽が出す黄色い光、座ると心地よい赤いソファ。何もかもが新鮮に見える。こんなにも世界が美しいとは。
しかしそれも一瞬。そう感じれたのはたかだか数分であった。
足元を見る。そこには機能を失い、深い哀愁を漂わせている色眼鏡があった。後悔が迫ってくる。
壊れたものはもう帰ってこない。どうしようもない。しかしどうにかしたい。
そうあぐねていると、いつの間にか見たことのない色眼鏡を私は持っていた。母からもらった物よりもずっと黒い色眼鏡。
私はそれを迷わずかけた。現状を変える唯一の方法だと思ったから。
何も見えない。だが、私は光り輝き続けた。
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