津軽海峡夏景色 2005年8月

 夏休みに、当時の愛車、ST202Cで北海道の西側を周る旅に出た。


 まずは東北道を北上して青森へ。


 夏の繁忙期のため、青森から函館に渡るフェリーにすぐ乗る事ができず、確か深夜の便に乗ったと思う。




 フェリーの時間まで、青森駅周辺を散策した。


 商店街は灰色のシャッター街で、正直に言うと何もなかった。


 そこで、駅で見かけた「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」というのがあったので、それを見に行った。


 すぐ近くにかの名曲「津軽海峡冬景色」の歌碑があった。


 印象的なイントロと、憂いを帯びたあの歌詞とメロディは名曲だ。なおボタンを押すと大音量で流れる。




 私は数センチの雪で大喜びする太平洋側の住人だ。


 青森の冬や雪、真冬の日本海がどのようになるのかは、映像から入った想像でしかない。


 大音量すぎて音が割れるように聞こえる名曲を脳内で補正しながら、その当時を想像し、少し切ない気持ちになる。




 そのまま脳内に「津軽海峡冬景色」の頭とサビ部分をリフレインさせながら、八甲田丸を見学した。


 結論から言うと、観に行ってよかった。


 列車ごと船に曳き込んで海を渡るのはロマンを感じた。


 客席の座席番号が列車の座席番号ともリンクしている。


 こんなの、一度は乗って見たかったな・・・





 展示の中に、最大の悲劇と言われる「洞爺丸事故」の新聞記事があった。


 それを読んでいて、あまりの事に泣きそうになったのも覚えている。





 連絡船内の、北海道開拓時代の旅の姿や国鉄時代の諸々展示を楽しみ、心の中で憧れた青函連絡船と、夜行列車ブルートレインの旅を妄想して下船した。


 とても満足だった。




 そのまま桟橋を散歩していると、白地に青いラインが入った船が停泊していた。カバーがかかった機銃のようなものが見える。


 おや?これも展示物だろうか?これは何の船だろう。


 かけられたタラップから船内に入る。


 使い込まれた軍手が無造作に転がり、展示物というより現役で使われている感満載の物の置き方。


 何よりそこかしこに生活感がある。


 直感的に察した。ちがう。これは展示物じゃない!


 私は大急ぎで船を降りた。誰にも出会わなかったのは不幸中の幸いだと思う。





 私は気を取り直し、あてもなく周辺を散策して、「津軽海峡冬景色」の歌碑の前に戻ってきた。


 そして先ほどの自分の勘違いを誤魔化すようにボタンを押した。


 あのイントロが大音量で流れる。


 それを背中で聞きながら、もう一度あの白い船体に青いラインの船を見に行った。


 タラップ前には「関係者以外立ち入り禁止」の立て札が立っていた。


 そして、白い船体には「海上保安庁」と書いてあった。

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