第10話 新たな一歩(後編)
『お前、昨日来たよそ者だろ』
「え?」
もしこの場に他人がいるのであれば、その少年とのファーストコンタクトはあまり良いものではないと思われたかもしれない。彼の表情は布に阻まれ見えず、太陽光を反射するつり目が私をじっとりと睨む。一見それは敵意を持った会話の切り出し方だと捉えられるだろう。
だが私は彼にそこまでの悪印象は持っておらず、むしろ同類だと思っていた。
先ほどから私をのぞき込むその目には敵意も闘争心もなく、ただただ静かな好奇心が溢れているように見えたからだ。だからこそ、私は彼の話の切り出し方が想定以上に辛辣だったことに少なからず驚きを隠せずにいた。
「よそ者…?」
きょとんと疑問符を浮かべる私を前に、彼は鼻先まで布を持ち上げ、ますます顔を布に
『だって父さんや兄さんはそう言ってたから。話す言葉も恰好も変な奴が来たって』
「父…さん」
恐らく先ほどの男性が彼の父親だろうか。親のいる人間を見たのはアズサ以来だ。だが彼はアズサとは違い、自身の父親を信頼しているらしい。父親を嫌うアズサの姿がフラッシュバックし、背負い袋にしまい込んだ眼鏡の存在を強く意識した瞬間、小さな頭痛が脳の奥底で針のように突き刺さった。
『だから色々聞きにきたんだ。お前、名前は?どこから来たの?その恰好寒くない?その抱いてる丸いのは何?』
「ちょ、ちょっと待って…とりあえず、歩きながらでも、いいかな」
『え、あぁそうか。骨塚はこっちだよ』
ほんの僅かにぐらりとブレた意識を戻そうと頭を振り、一旦先に進もうと提案し土を踏みしめる。
『お前、名前は?』
冷たい青空の元を暫く歩いて落ち着いたのか、先ほどより一段階トーンの低い声で彼は会話を再開した。
『僕はリヨン。新宮リヨンだ』
「私の名はソフィア・ビコ。こっちはミレイヤ、私の相棒。トウキョウのとは…少し違う、かな?」
『ソフィアさんね。その服は何?こんなの見たことないよ』
「服?これはパイロットスーツといって──」
私は彼の質問に答えながら、ハタケなる食料生産設備に挟まれた道を進んでいく。
しかしよそ者…そんな風に思われていたとは。確かに昨日から道行く村の人々から少し避けられているように感じていたが…まったくもって不思議だ。皆同じ人間同士なのに、なぜそこまで壁を作りたがるのか…てんでわからない。
よそ者なんて言葉はエネミアンに向かって使うものだろうに。
「──これはグラディエーターに乗るにはどうしても必須の──」
『グラディエーターってどんな乗り物なの?それがないと戦えない?』
その点彼…ニイミヤリヨンという男は容赦なく私を知ろうと、前のめりになりながら交流を図ろうとする人であった。
「──そう、私は月で産まれたから、地球は初めてで」
『えっ月!?』
「そんなに驚くところ?」
『驚くところでしょ!すごいよそれは──』
私の事を知るほど彼は前に進む。彼の好奇心は留まるということを知らず、ひとつ応えれば2つ質問が飛び、2つ応えれば4つ質問が飛ぶ。
ここまで好奇心を前面に押し出しても許される環境は、正直羨ましい。
私の好奇心が刺激される。もっと、彼のことを知りたい。
「ニイミヤさんはこのムラの生まれ?」
『そう。だからこの盆地以外はよく知らないんだ。だから村の外のことは三島さんに聞くと──』
最初の緊張感はどこへいったのか、歩みの遅さも気にならないほどに会話は弾み始める。
「──それで、中央の施設で…シチュー?を始めて食べたの」
『ふふふ。食堂のシチュー美味しいよね。月にシチューはないの?』
「ないない!でもいつか月に持ち帰りたいなぁ。あれの素材は何か、ニイミヤさんは知ってる?」
『知ってるし作れるよ。ええと、あれはね──』
コミュニケーションが楽しい。彼の質問に答える度にその眼は輝き、私が質問するたびに彼の目尻には皺が寄る。
『──あれ?もう着いちゃった』
近いはずのコツヅカ前にようやっとたどり着くころにもなれば、私達2人はすっかり打ち解けていた。会話が途切れたことで自分の口角がやたらと上がっていたと初めて気が付く。恥ずかしさに顔が少し熱い。
「あ、案内ありがとう。ここがコツヅカ?」
『そう。ここが骨塚。今門を開けるね』
コツヅカと呼ばれる施設は、肩ほどの高さの塀に囲まれただけの土地であった。両手を塞がれた私に代わり彼は囲いの柵門を押し開く。
『足元気を付けて、小さい部品とか転がってるから。少し待ってて、先に作業士の皆と話してくる』
促されるがままに囲いの中へと足を踏み入れると、そこには鉄屑らしき物体がいくつも乱雑に積み上げられ、その合間合間に小さな屋根付きの建築物が建てられていた。薄い壁に覆われたそれには扉がなく、中は床が無く地面が剥き出し、そのうえで複数人の大人が例の自立兵器の残骸を前に作業を行う様子がはっきりと見える。これほど土だらけの環境、アズサは嫌がりそうだ。彼が土の上に座り作業をしている男性らに近づくと、彼らはその汚れた手を動かしたまま顔を上げる。
『おぉリヨンか、お疲れさん。その隣の子は見ない顔だな』
『こんにちは。こちらはソフィア・ビコさん。昨日来た人』
『あぁそういえばそんな話あったな』
ニイミヤさんがサビの目立つ屋根の下で会話している間、屋外から建物内をのぞき込む。足元に転がる残骸はパーツごとに綺麗に分けられ、箱に収められている。装甲板、関節駆動系、武器、その他ケーブルや電子機器…おそらくは使用用途に合わせて分けられているのだろう。これなら、目当ての部品があるかもしれない。
仕事の途中でも屈託のない笑顔で会話をする彼らに目を向けると、ヴェルダンの整備員の皆を思い出した。彼ら作業士は楽しげに会話を続けながらも手際よく自立兵器をバラしていく。違いがあるとすればドローンが存在するかどうかといった所だろうか。ドローンのサポートも無しに機械を弄るなどヴェルダン要塞の皆が聞いたら卒倒するかもしれない。
かつての居場所に思いを馳せていると、作業士の面々と話していたニイミヤさんがぱっとこちらに振り向く。
『許可貰ったよ。自由に骨塚内を見て回ってもいいし、作業の合間なら手伝いしてくれるって。それで、ここで何を探すの?』
「ええと、ミレイヤを直したいんです。彼らは多分ミレイヤと共通規格だから、何かしら使えるパーツがあると思って…」
ほっそりとした見た目に寄らず軽快な足取りで戻ってきた彼の疑問に、ミレイヤを向けながら目的を改めて説明する。
あの日のトウキョウでの戦闘以来、ミレイヤは右頭頂部の装甲を大きく欠損していた。内部回路が剥き出しなのも問題ではあるのだが、より深刻なのは右角が丸々消し飛んでいることだ。
そもそも右角が無ければミレイヤは空を飛ぶことが出来ない。彼女の角は左が動力原、右が反重力制御をつかさどっている。今は私が持ち歩いて移動しているが、これでは今後の行動に支障をきたすのは誰の目にも明白であった。
だからこそ、今直しておかねばならない。
『わかった。具体的にどういう物を探せばいいとかある?』
「とりあえず色々見て回ります。どれが必要かはまだわからないので」
一度ミレイヤを地面に置く。ミレイヤが見守る中気合を入れ鉄屑の山を漁り始めると、ニイミヤさんもそれに合わせるかの如く共に山を崩し始めた。テンポよくパーツを見繕っては仮置きしていく。
これなら、すぐに替えのパーツが見つかりそうだ。なんて、その時は思っていたのだけれど…
………
……
…
「全然だめだ…」
探し始めて早2時間、残骸を漁る中いくつかわかったことがある。
まずひとつ。このムラはこの自立兵器という素材を思ったよりも扱いきれていないらしい。どうやら使うパーツは装甲板やケーブルが精々らしく、大量の精密機械が捨てられ山に埋もれていた。
次に、替えになりそうなパーツはこの山の中には全くと言っても良いほど存在していない。自立兵器の中で重力制御コーンなどを使用するタイプはほぼ無く、なんとか見つけた物も状態が悪かったりサイズが合わないという有様だったのだ。これでは修理を進めるなどまさしく絶望的だろう。
『これ全部使えないのは中々辛いね』
地面に広げた鉄屑を前に頭を抱える。装甲で破損個所を埋めるだけにとどめるべきだろうか。ミレイヤに頼らずに動けるようにすれば…否、私の行動は全てミレイヤありきだ。私の相棒最大のピンチを私が解決できなくてどうする。そんなことは出来ない。ミレイヤの隣に座り込む。
だが、意外な解決案は唐突に表れた。
『おふたりさん!お茶淹れたよ!冷めないうちに飲みな!』
私達を呼ぶ声に顔を上げると、先ほどの屋根の下にて手招きしている1人の女性が目に入った。要件を伝えたその女性は、手に持った棒で地面を突きながら屋内へと入っていく。
「…あの、ニイミヤさん。あちらの女性はなぜ棒を持っているのですか?」
『あぁ、松根の母さんね。あの人足腰弱いんだよ。杖突かないと歩けないみたいなんだ』
「ツエ?」
そんな道具が必要になるほど足腰が弱くなることなんてあるのか。彼の顔にきょとんとした表情が浮かぶ。
『月には杖もないの?要は三本目の脚代わりってことだよ』
「脚──」
瞬間。
「──ニイミヤさん!全身残ってる機体ってありますか!?」
何かが私の頭を駆け巡り、体が跳ねあがる。
そうだ。新たに脚を作ればよかったのだ。
そこからの行動は早かった。
人型に限りなく近い──確か“クチサケ”や“カギヅメ”と呼ばれていた──自立兵器を複数体集め、無事な内部
『何してるのかよくわかないけどさ、これでいけるの?結構ボロボロに見えるけど』
「確かにだいぶ強引な組み立て方しちゃったけど、ミレイヤの計算通りなら大丈夫なはず。規格も変わってないみたいだしね。そうでしょミレイヤ」
「マスターのご説明通り規格は90%以上が同一です。正規ユニットではありませんが 接続後の本機に影響はありません」
外部アタッチメント接続用に用意された各種固定コネクタを用いてボディフレームとミレイヤを固定。上体を起こし、多少の振動では外れないことを確認する。最後に外していた頭部を機体のバックパックに固定し、ミレイヤがいつでも制御コンピュータにアクセス出来るよう繋ぐ。
これで、華奢ながらもミレイヤの手足が出来た。限られた道具とパーツしかないので少しいびつな全身骨格みたいな見た目になってしまったが、こんなのでもしっかり起動すれば歩き回れるはずだ。
「よし。ミレイヤ、始めて!」
「了解 外部ユニット認証 接続開始 動力伝達」
大丈夫。ミレイヤならいける。
ミレイヤの新たな手足から駆動音が静かに鳴り始める。駆動系に仕込まれた稼働を示すライトが点灯し、ミレイヤの生み出す力がその外付けの身体を駆け回る。試すかのように右手を持ち上げる。と共にミシミシと異音が鳴り始め──
──バチンと巨大な破裂音が鳴り響いた。持ち上げた腕が大きく痙攣し、煙を吐き出しながら地面に落ちる。右手の関節全てからバチバチと激しい火花が爆ぜ、破片が飛び散り、もうもうと立ち上る煙がミレイヤを覆う。
「…」
『…えっと…本当に、大丈夫?』
まさか失敗?冷や汗が頬を伝う。彼女に感情があれば私と同じ表情を浮かべていただろうか。ミレイヤは沈黙したままアイカメラを右手の破損個所をなめるように見つめている。
「…ミ、ミレイ──」
「接続端末側の処理キャパシティーが想定以上に不足していました。プラン変更 機体側の制御プログラムを抽出 バイパス形成 再接続を試みます」
不安に駆られ声を掛けようとした私の声は無機質に捲し立てるミレイヤの声に遮られた。息つく暇もなく再び起動音が鈍く鳴る。今度は左手が光を放ち、やがて両足へと移っていく。今度は異音も無い。
今の私では彼女を信じるしかできない。ミレイヤの傍で、じっと推移を見守る。
少しずつ、機体が動き始める。最早動いていないのは右手のみ。ゆらゆらと体を揺らしながら、彼女は少しずつ腰を上げる。僅かに軋みながら膝関節が曲がり、ミレイヤの新たな脚が大地を捉えた。鋼の脚が、ふらりと一歩を踏み出す。
「起動成功 全機構掌握 ですが模擬計算と実稼働域の誤差大 修正データの収集を開始します」
「──やった!やったよ!」
彼女は初めて浮遊以外の方法で、自らを支えたのだ。まだ関節が硬いからか背筋は曲がっている、だがそのおかげで目線がちょうど同じ高さだ。彼女のアイカメラが自慢げに輝きながら此方を見る。
「ほらどう?私の相棒は流石でしょ!」
『すごい…こんな古いツギハギなのに──ちょっと生まれたての小鹿っぽいけど』
隣に立つニイミヤさんもまた好奇心に目を輝かす。
嬉しい。ただただそれだけの感情が胸の奥からこみ上げ、勢いそのままミレイヤに抱き着く。彼女の新たな姿に感極まっただけであり、決して安心感で力が抜けたわけではない。硬く細い背中に手を回すと、どうするべきか悩むようにふらついていたミレイヤはその細い左腕をガクンと折りたたむ。まだまだおぼつかない動きがやけに可愛らしく思える。初めての抱きしめ方としてはきっと及第点以上。
腕を勢いよくぶつけられた背中の痛みすら、安心感に錯覚してしまうほどに心地よかった。
………
……
…
その後ミレイヤは作業員たちの注目の的であった。やれどうやって動いてるだの、このパーツは本来どう使うかだの、このパーツがミレイヤに似合うんじゃないかだの…はてはどこからか現れた子供たちに全身もてあそばれ始めてる。今は捕まえてみてと叫ぶ子供たちを追い回す役回りらしい。普段は滑らかに飛び回るミレイヤが、0か100でしか動けない手足で人を傷つけないよう慎重に歩く様子は新鮮な光景だ。
あの調子ならば稼働データは充分取れるだろう。あとはミシマさんが迎えに来るまで収集を続けるだけ。邪魔をしないよう屋根の下で大人しく椅子に座りミレイヤ達を見守る。
しばらく眺めていると、ふと嗅いだことのない匂いがするコップを隣から差し出された。
『お疲れ様。ここの暖炉壊れてるし寒いよね。はいこれ』
ニイミヤさんから受け取ったコップを覗き込む。中には緑色の液体がなみなみと注がれ、白い湯気を立ち上らせている。いい匂いだ。どこか、ほっとする。
「これは…」
『お茶。頑張ったんだし一旦体温めようよ』
体、冷えてるでしょ。そうコップを掲げる彼の笑顔が眩しく輝く。
こんな当たり前の行動を、認めてもらっても良いのだろうか。そんな不安すらその光が塗り潰していく気がした。
「ありがとうございます、ニイミヤさん」
礼を述べた私を見て、彼の表情が少し曇る。
『うーん。そろそろ下の名前で呼んでくれないかなぁ』
「下の名前?」
『できれば呼び捨てで。友達なのにいつまでも苗字は…寂しいかなって。僕はお前と…キミと仲良くなりたい。もっと色々な話を聞きたい』
友達。その言葉を聞いた時、私はこの冷たい空気すら忘れそうなくらい、胸の奥がキュッと熱くなった。学校では友達を作る暇なんてなかったし、同じ教育グループの同期しか会話もしなかった。私が胸を張って友達と呼べる人は、付き合い始める前のアズサくらいしかいない。
つまり…嬉しかったのだ。私は今出来る最大の笑顔を彼に返す。
「…えっと、わかりました……リヨン、これからよろしく、ね」
『よろしく、ソフィア。じゃあこれ、祝杯代わりに乾杯しようよ』
「シュクハイ?」
『何、月にはこういう文化もないの?』
彼は呆れ顔になりつつ首元の──確かマフラーと呼んでいた──布を下ろす。ずっとマフラーに隠れていた薄い唇と小さくも高い鼻が冷たい大気に触れ赤く染まる。
『要するにこのお茶で今日を祝おうよってこと。このお茶がただの一杯から、誰かに捧げる特別な一杯になるための…おまじない、みたいなものだよ』
特別な一杯。喉の渇きを潤すために摂らねばならないだけの飲み物に、そこまでの意味、願い、感情を込めるなんて考えたこともなかった。
冷えて感覚鈍る指先を優しく温めてくれるコップをそっと持ち上げる。
『さ、こうやって前に出して──』
彼の見様見真似でコップを前に掲げる。彼が笑い、それに応える。あぁ、最高だ。きっとこのオチャとやらはいたって普通の飲み物なのだろう。でも、今の私にとっては、最も価値ある一杯なのだ。
『──乾杯』
瞬間、眉が大きく歪み、舌が出る。
今日は記念日だ。
ミレイヤが初めて歩いた日であり。
初めて地球の友達を作った日であり。
「────ナニコレェ…」
渋みという味覚を初めて味わった日でもあった。
次回 未来を潰された土地
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