第8話 シュバシコウの運ぶイジ
あぁ。白状しよう。この生活に辟易していたのは事実だ。
私がこうして日記を習慣化して今日でちょうど13年。貴重な紙をこうして消費できる程度までには至れど、未だ平穏裕福とは言えない生活。終わりの見えない戦い。年相応に増えていく責任を苦痛だと思ったことはないが、親世代として何かを成し遂げられているのかと聞かれると耳が痛くなる。
私は、
私は、本当に親であれたのだろうか。誰に聞くわけでもない。聞いたところで完璧な正解を教えてくれるわけでもない。人生に転がっている数多のヒントを自分で見つけていくしかない。
わかっている。私がそれを直視していないだけだ。この人生を甘んじて飲み込むのに忙しいと、持てる全力を注ぐのに精一杯と言い訳しながら。この仕事が未来のため、贖罪のためだと私に言い訳しながら。
こんなことを書き殴ってもしょうがない。娘がこれを見たらきっと呆れてしまうな。いや、それとも怒られるか。
今日は久しぶりに私も出撃しようと思う。しかも班長だ。性に合わないが三島の奴に押し切られてしまったから仕方ない。アイツは私をどうしても長に仕立て上げたいらしい。私にその資格などないというのに。
だが結果として今日私は矢面に立つ。ツケをのちの世代に残すわけにはいかないからな。日がまだ昇らぬ中、日記を先につけたのは死ぬ前に全て書き記したかったからだ。
最愛の娘のためにも、少しは立ち向かう父親らしい姿を演じたいと思う。
また明日も変わりなき日記を綴られることを祈って。
娘よ。今日も明日も愛している。
~???~
『隴ヲ蜻翫??謨オ蟇セ逕溷多菴薙ヮ豢サ蜍輔Υ隍?焚讀懃衍縲?莉倩ソ代ヮ隴ヲ蛯咎嚏繝句?蜍輔Υ隕∬ォ九??騾溘Ζ繧ォ繝区賜髯、陦悟虚繝イ髢句ァ九そ繝ィ』
正面から5体一斉に突撃してくる自立機械兵器。細い左腕から鋭利な刃物らしき物体を伸ばし突っ込んで来るソレに対し、私の体は反射的に回避行動を取る。しかし横にはスペースがない。後ろも追いつかれるだろう。前は論外。
「上がって!」
ならば逃げ道は一つ。ミレイヤの手をつかみ地面を蹴る。数秒前まで私の立っていた空間を切り裂く刃。接地していた足が宙へと浮き、浮遊感が体を包む。宇宙のそれとはまた違う、重力が身を押し込む感覚を伴う浮遊飛行は奴らから逃げるには最適解と思えた。
迂闊な行動を取った後悔の冷や汗が背筋を伝う。付近の建物の屋上に向け急速浮上する。まずは身を隠さねばならない。
「ミレイヤ、一旦離──」
直後。彼らの右手がこちらを捉えた。それがレーザー砲だと理解する前に、眩い閃光がミレイヤの右角を抉る。アレのどこが警備用だ!なんて悲鳴もつかの間、崩れるバランス。ガクンと落ちる高度。なんとか屋上には届くも、それは着陸ではなく激突であった。
咄嗟に受け身を取り、被弾したミレイヤを庇う。
「大丈夫!?」
打ち身の痛みすら忘れ相棒の安否を問う。ロクな修理キットもない中ミレイヤまで失うのはマズイ。彼女を失うかもしれないという焦燥感はミレイヤの目の輝きを見てなおも膨らむ。
「ビ──飛行能力に重大な問題発生。浮遊推力調整不能。申し訳ありません 通信形式が不適合 データ送信に失敗しました」
「とりあえず無事だね!良かった…!追撃が来る前に離れるよ!」
破損した重力制御コーンから火花散らす相棒を抱きかかえる。重力制御コーンを失ったミレイヤは想像以上に重かった。普通に持てはするが、両手を塞がれる以上逃走の足かせにしかならない。
屋上の出入り口から聞こえる激しい物音。きっと奴らが階段を上る音だ。時間が無い。チョコレートを噛み砕き身体能力を強化。全身を薬品とナノマシンが血管の隅々まで駆け巡り、全身を無理矢理侵される苦痛に歯を食いしばる。
「マスター 当機の放棄を進言します。当機を保持したままの逃走成功確率は非常に低く──」
「戦友を置いていけるわけないでしょ!早く無力化探って!」
服用直後の副作用に襲われる中肥大化する知覚能力をフル活用、ぐるりと周囲を見渡し逃走経路を弾き出す。高さ20m程度のこの建物から地表に飛べばまず無事では済まないだろう。だが、隣の崩れた建造物の砲撃痕に飛び降りればどうか。穴だらけのフェンスをくぐり屋上の淵から距離を見極める。目測だが距離にして5m以上、2つほど下の階層までは6mほどだろうか。地上よりマシ、とはいえ相当距離は離れている。空気の流れも強くなってきた。いくらドーピングしてるといえど、手が塞がっている中飛び込むにはあまりに過酷な道だが──
歪んだ扉が爆発と共に弾ける。細い体。真っ赤に輝く単眼達。追いつかれた。
『豁、譁ケ隨ャ7邂。蛹コ縲?6蜿キ髫翫??謨オ諤ァ逕溷多菴薙??蜀肴黒謐縲?繝??繧ソ繝イ蜿ク莉、驛ィ繝倩サ「騾√??騾溘Ζ繧ォ繝頑賜髯、陦悟虚繝イ髢句ァ』
耳障りな雑音をばらまきながらこちらににじり寄る。右腕の銃口が私を見据え、取り囲む。
“我らの新たな道を開け”
──進むしかない。
ミレイヤを離さぬようしっかりと抱きしめ覚悟を決める。なぜなら…こうすることしか私は知らないのだから。
意を決し全力を持って飛び出した私は──
──肩を焼け付くような痛みが貫く。足が離れる直前に放たれた閃光は私の体を掠め、その先の建造物を穿ち新たな弾痕を生む。光に射貫かれ狂いそうになるのを必死に抑え込み、なんとか着地を成功させようと、体を捩じり、足掻く。
奴らにとってはほんの数秒の落下。私にとっては数分にも思える跳躍。
しかし、着地しようとした床が幾条ものレーザーの雨に晒され崩れ始める。奴らの銃撃が、脆い壁を次々と撃ち砕いたのだ。上がる爆炎。舞う粉塵。視界が塞がれ、先が見えない。
「ぐァッ────」
当然まともな着地など出来るはずがなく、瓦礫に全身を、頭を強打する。ひびの入るバイザー。反転する視界。神経が消える感覚。
マス…ー ご無事…す…
遠くから声が聞こえる。チョコレート頼りに無理やり上体を起こすも、焦点も合わなければ外の音も聞こえない。ヘルメット内に響くヒュウヒュウと喘鳴する音だけが私の世界を支配する。
不快なノイズが世界に加わる。いくつかの細身な影が、壁の穴に次々と降り立つのを辛うじて目で捉える。
戦え。そう叫ぶ本能に従いおぼつかない手で銃を抜く。チョコレートの力を持ってしても狙いが定まらない。手に、力が、入らない。
カラ──ン─…
やけに明瞭に響く甲高い金属音が、何かを落としたものだと理解できない。チョコレートの自己修復能力が体内を爛れさせていく。
痛い。全身が、レーザー光に晒されたかと錯覚するほど熱い。
まだ、だ。私は。必ず、帰らないと…
──マ…ー…タ…送…
やがて私は、姿勢を崩し床に突っ伏す。全身から五感が完全に消え失せていく。
意識が遠のく中、最後に見た景色は。
奴らの目が青く切り替わっていく様相であった。
………
……
…
「あそこだな、例の爆発地点は」
新宮の班と合流した私達は、唐突に聞こえてきた戦闘音の発生源と思わしきビル近くにまでやってきていた。自分たちが身を隠すビル影から数百メートル先、件の地点を双眼鏡越しにのぞき込む。今にも完全に崩落しそうな粉塵塗れのビルは周囲の様子をかき消しているが、同時にそこでの出来事がつい先ほど起きたことだと物語ってもいる。
「作戦まで時間がないが、まだ本隊と合流しないんで?」
「うーむ…」
傍らから首を覗かせ様子を伺う若い男が指示を乞うてくる。確かに私達は横田基地跡に強襲を仕掛けに向かう途中だ。既に太陽はてっぺんを超えている、新宮の進言通り早めに本隊と合流しなければ作戦の成否にかかわるか。しかし…
「何かが引っかかるんだよな」
そう。何か強烈な違和感がその粉塵の先にある気がするのだ。
例えば射撃の方向。最初の戦闘音が“ヤジロベエ”共の物だとはわかっている。だが我々の目撃したレーザー光は空に向かって放たれていた。地表ならば何か動体を誤認して撃ったのだろうと予測がつくが…空に向かって撃つ?いったい何をだ?浮遊船を狙ったわけでもあるまいし。
「…行くしかあるまいか」
面倒だが一度調査はしなければならない。奴らの行動に何かの変化が生じた可能性はあるし、何より違和感は早急に潰さねば今後に影響を与えかねない。
「新宮班は本隊への伝令と索敵を頼む。荒巻、糸井、チャンは私と共に中の様子を見る。神崎、シルバ、ディアワラ、ヒョウォンは通りの向こうからカバーを頼む」
「へいへい、“地雷屋”の旦那も慎重派なこって」
「どうしてもな。あとは頼むぞ」
調査を決意した私はわざとらしく首を竦める新宮にこの場を任せると、手早く指示を出し行動を起こすのであった。
不安要素を全て取り除くために。
瓦礫に埋もれた通りを少しずつ前進し距離を詰めること数分、異変が生じたのは例のビルまであと150mを切った辺りだった。
(止まれ!)
ハンドサインで全員を静止しビルの中に目を凝らしていると、複数体のヤジロベエが現れた。数にして4体。割と状態の良さげな機体達だ。建物の中にまで入り込んでいるとは珍しい。
幸いにもヤジロベエ以外の敵は見当たらない。周囲の安全も確保済み。ならばやることはひとつしかない。
(こちらから仕掛ける。囲め。タイミングは合わせる)
通りの反対側を進んでいた神崎達にハンドサインを送り、包囲網の形成を始める。この辺りは瓦礫が多い。物音を立てず静かに進めばこの程度の規模、包囲は容易だ。ライフルの撃鉄を起こし、瓦礫の隙間からヤジロベエに照準を定める。静寂が通り一帯を包む。呼吸を静め、合図を待つ。視界の端で荒巻たちのハンドサインが見える。
3──2──1────!
火薬が爆ぜ甲高い銃声が連鎖した。ライフルから撃ち出された弾丸はヤジロベエの薄い装甲をたやすく貫き、次々と機能不全に追い込む。虚を突かれた奴らには武装を展開する暇すら与えない。その一本足を砕かれては地に塗れていく。1クリップ分の弾薬を速射すれば、そこには鋼の屍がものの数十秒で積みあがっていた。
『隴ヲ蝣ア縲?隴ヲ蝣ア縲?謌代Λ謨オ隘イ繝──』
「お仲間は呼んでくれるなよ」
機体をバラすために近づくと、まだ息のあった個体がこちらに真っ赤な目を向け威嚇してきた。増援を呼ばれる前にさっさと頭部に1発撃ちこみ完全に黙らせると、新宮が様子を見に此方まで歩いてくる様子が見えた。
「流石“地雷屋”。見事なお手並みだな」
「皮肉などいらん」
にこやかに笑う新宮に対し私は半ば自嘲気味に返事を返す。自分自身の違和感を信じやってきたのに、現れたのはヤジロベエがたかだか4体。崩落間近のビルから堂々現れる敵にしては拍子抜けだ。これでは警戒心丸出しで動いていた私がまるで道化に見えるではないか。
「まさか。少なくとも不安要素をひとつ取り除けたんだから良かったじゃないか」
「だといいけどな」
雑談に多少の失望を混ぜながら剥ぎ取り作業に参加しようとした、まさにその時。
細身の影が頭上を跳び越した。
『謗帝勁陦悟虚荳ュ豁「縲?菫晁ュキ繝イ譛?蜆ェ蜈医??莉倩ソ代ル蠅玲抄繝イ隕∬ォ』
「っ──まだいたか!」
ビル2階の崩落跡から飛び出したヤジロベエに真っ先に反応したのは新宮のライフルであった。即座に引き金を引き撃ち込まれた鉛弾は最後の1体の腰元に直撃し、奴の機動力を奪う。宙を舞っていたそれは地面にたたき落とされると同時に華奢な一本脚がへし折れ、カメラの輝きを失う。
「──あ?」
火花と黒煙散らすそれはいたって普通のヤジロベエ、のはずだった。
私達が対峙したのは、いつもと変わらぬ敵のはずだった。
今日もまた、日常のはずだった。
『う…アズ…あ…』
『言語翻訳 アーカイブ照合』
それを終わらせたのは、奴の細腕に拘束された傷つきうなされている少女と。
「日本語によるコミュニケーションを開始します」
その人間をまるで守るかのように此方を見据える、手と耳の生えた喋るボールであった。
次回 その名は地雷屋
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