第9話 宇宙華

 太陽系連合が宇宙進出記念日を祝う裏で、BSL4の隔離施設でオリオンズは静かに興奮していた。


<ついに時が満ちた――>

<繁殖のときがきた>

<繁殖のときがきた>


<わずらわしいマスクを脱ぎ捨てるときだ>

<わずらわしいマスクを脱ぎ捨てるときだ>

 ……


 オリオンズは全員が服を脱ぎ捨て全裸となった。その顔に感情をうかがわせる表情はない。


 やがて皮膚の表面がプルプルと振動し、目、鼻、耳、口、肛門、尿道、毛穴――全身の穴という穴から透明な物質がにじみ出てきた。


 青みを帯びた透明な物質はやがて体全体を覆い、一つにつながった。

 かつて人体だった物は、皮膚だけを残し、抜け殻のようにしぼんで透明な物質の中に漂っている。


 ぽしゃり。


 湿った音を立ててゼリーのごとき物体は床に落ちて広がった。

 湖面に広がるさざ波よりも細かく、歓喜のような震えが物体の表面を走る。


<あああああああーーーー>

<おおおおおおおーーーー>


<いまこそあるべき姿に。これよりは真なる美に――>


<我らの『華』を宇宙に――>

<我らの『華』を宇宙に――>


 水たまりのように広がったスライム・・・・の中心に、一つの気泡が生まれた。

 黄金色に輝く美しき気泡は、やがて物体の表面に浮かび上がると「ぽかり」と割れた。


<はぁああああああああーーーー>


 その瞬間、「思念体パラサイト」が解き放たれた。「生きる」というただ一色の意思を持つ思念体が、割れた気泡からほとばしった。

 思考エネルギーだけが辿ることができる「リンク」を通じて、太陽系連合市民全員の脳髄へと流れ込んでいった。


 その日、太陽系連合市民は名実ともに宇宙連邦市民となった。

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