チート能力を持って高校生に戻った俺が望むのは、ちょっと生きやすくてちょっとずるい日常。ただそれだけ

むらくも航

序章 陰キャオタクがチートを持って高校生に戻りました

プロローグ ある日の日常

 ギリギリセーフ!


 教室の扉を開け、視界の右上にある時計をちらっと見る。

 時刻は8時28分。

 間に合ってはいるな。


「ふう……」


 俺はほっと息をつき、一番奥の窓側である自分の席、石川いしかわ龍虎りゅうとと書かれた席に座る。


「今日も遅刻寸前じゃーん」


「朝練があったからね」


「あ、また助っ人頼まれたの? 今度は何部?」


「バスケ部だよ。まあ、友達の頼みだしな」


 話しかけてきたのは後ろの席の『もも』。

 あだ名だけどね。


 本名は斎藤さいとう桃花ももか

 去年、高校一年生の時からの友達だ。

 友達、といっても……。


 俺はちらっと彼女の頭上に現れた表示を確認する。

 

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斎藤桃花 好感度:84

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 ももは去年告白をしてきた人物。申し訳なくも、お断りさせてもらったけどね。

 

 振った当時はなんとなく気まずい空気になったが、元々明るい彼女は一週間もすれば、また俺に話しかけてきた。

 それからは、元通りの友達って感じだ。


「今度はバスケかあ。また試合、見に行こうかな」


 続いて隣の樹里じゅり

 本名は中野なかの樹里じゅりだ。


 桃ほど話すわけではないんだけど……


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中野樹里 好感度:86

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 あちらは仲良くしたいのかもしれない。

 ちなみに好感度は、80を超えれば大体惚れている。


「ああ、見に来てくれたら嬉しいよ」


「今年インターハイ行って欲しいねー!」


「行けるかな。まあ程々に頑張るよ」


「またまた。謙遜しちゃって」


 二人をはじめ、多くの女の子わざわざ試合を見に来てくれる。

 正式な部員ではない、ただの助っ人なのにだ。

 今回のバスケの試合も頑張ろう。





「はい、今日はここまで」


 はッ!

 現実と夢の境目を行き来していたら授業が終わっていた。


 授業は好きじゃないからいいけどさ。

 教科書の範囲なら、一読して全部暗記しちゃったしな。

 

「またサボりー?」


「サボりって、これは立派な勉強だぞ」


 二限の授業終了と同時にどこかへ行こうとする俺に、ももが尋ねてくる。

 そりゃそうだ、昼休憩まで三・四限が残っているのだから。


「いやいや、サボりじゃん」


「言い方次第でしょ」


 だが、生憎俺には限界。

 すでに完璧に理解してしまっていることを、遠回りしながら聞くのは拷問以外のなにものでもないのだ。


≪私のおかげでしょう≫


 うぐっ、うるさいぞ。

 脳内に響く声、周りには聞こえていない声に、心の中で返事をした。


「もう、どうだか」


 ももに呆れたような、少し笑ったような表情で見送られる。


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斎藤桃花 好感度:84……84.1

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 俺には気持ちが見え見えだけど……。




「こんにちはー」


 やってきたのは美術室。


「あのねえ。ここは呑気に入ってきて、サボるための場所ではないのよ」


「そう言いつつも歓迎ムードじゃないですか」


「何故か君は見つからないからねえ」


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村椿むらつばきさおり 好感度:79

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 そう言いながらも許してくれるのは、この好感度を持っているからだろう。

 さおり先生は二十五歳の美術の先生。


 ここでなにをするか、それは決まっている。

 他には誰もいない教室で若先生と二人っきり。

 それが男女ともなれば……というわけはなく、俺は今から絵を描くのだ。


 これが最近の密かな楽しみだったりもする。


「ははは、運が良いのでしょうね」


「君がいる時だけ人来ないのも、変な話よねえ」


 それはもちろん、俺が人払いをしているからだ。


「さてと」


 授業をサボり、その時間を使って行う趣味の時間。

 高揚感とちょっとした罪悪感が入り混じったような、なんとも言えない気持ち。

 周りやルールに縛られることのないこの時間は、居心地が良い。


「それにしても、創作って難しいものね」


「え?」


 ポツリ、と先生が呟く。


「君、イラストなんかはプロ並みに上手いじゃない。それなのに、自由に書くとなるとちゃんと素人感というか、そういうのが出てるのよね」


「ははは……そうかもしれませんね」


 まあ、そうだろうな。


 なんてたって、イラストは俺の頭の中に完全に記憶されたシーンをもとにする。

 それを頭の中で計算。紙の大きさや各部分の縮尺などを全てイメージして、計算通りに移していくだけ。俺からすればただの数学だ。


≪私のおかげでしょうに≫


 そうなんだけどね。

 俺、改め脳内の声こいつのおかげで、イラストは数学となる。


 その点、自由に書いてくださいと言われると、決まったものがなくなり、数学ではなくなる。


 思い通りにいかない。

 その点が、“チート”で大抵のことはすぐに出来るようになってしまった俺を、ここまで熱中させているのかもしれない。

 

「楽しいですから」


「それは良いことね」


 微笑むさおり先生を横目で独り占めにしながら、優雅に絵を描いた。





 昼食を終え、五・六限は迷った末にサボる。

 絵も描くのにも疲れたので、屋上でお昼寝といこう。


「気持ち良いなあ」


 心地よく吹く風が、寝そべる俺の体を足元から適度になぞっていき、より一層惰眠だみん欲をあおる。

 こんなのに抗える方が不思議ってもんだ。


「ぐぅ……」


 半分寝落ちしながら、俺はふと考える。

 

 先程から脳内に響く声、俺が『ノーズ』と呼ぶ謎の存在のおかげで、俺はチート能力を持った。

 何が出来るかといえば……そうだなあ、何でも出来る。


≪雑じゃないですか≫


 聞いてたのかよ。

 でもまあ、その通りだろ。

 こいつのおかげで俺はイケメン、モテモテ、スポーツ万能、勉学優秀、趣味はプロ並み……といった具合だ。まさしくチートだな。

 

≪せっかくそのチートを所持しているなら、もっと有益なことに使えばいいのに≫


「良いんだよ」


 俺はこのチートを使って世界を救うでもなければ、総理大臣になって人々を導く、なんて目標もない。

 ただ、人よりちょっと生きやすく、ちょっとずるい生活を送るためだけに使うのだ。

  

≪欲がないんですね≫


「うーん……」


 別にそうでもないけど。

 何より、俺が叶えたかったものは大抵叶ったし。


≪あの小学生みたいな目標ですか?≫


「うるさいなあ」


 そう、これはもう最初のいくつかの願いは叶った後。

 今はこの、ダンジョンもなければ異世界でもない、ごく普通の世界の、ごく普通の高校生活を楽しむだけ。


 これからも、何か欲しい・何かしたいことがあれば、さくっと手に入れるだけだ。


「結構楽しいだろ?」


≪まあ、楽しくなくは……ない、ですが≫


 素直じゃねー奴。


「ん?」


 視界の端の方に、こちらに手を振ってくる女の子を見つける。


 しまった、ここは寝そべっていないと見つかってしまうのだ。

 つい起き上がってノーズこいつと話し込んでしまった。


「って、おいおい」


 その女の子を見てか、周りの席の女の子たちも、こちらから見える場所に移動して手を振り始めた。


 アイドルかよ!

 この頃流行っていた人気アイドル達が「会いたかった~」なんて言ってる動画を思い出して、自然と重ね合わせていた。


 いや、どちらかといえば、俺がアイドル側なのか。

 まあいい、今はとりあえず逃げる!





 あらから先生には見つかることはばく、助っ人を頼まれていたバスケ部の練習を終えれば一日が終わる。

 もう目の前は家だ。


「ただいまー」


「あら、おかえり。ご飯は?」


「ちょっとだけ待ってー」


 せっかく母の作ってくれたご飯があるのだが、先にやるべき事がある。


 俺はすぐさま自室に入ると、この時代では考えられないような速度で起動するPCを付け、日課をこなす。


「お~、上がってんねえ」


 見ているのは株。

 買ったものは全て価値がぐんぐん上がっている。


「でも、もうちょい先かなあ。今頃、あのソシャゲ開発中だろうし」


 そう、未来を知る俺にとっては出来レースなのだ。


 それでも目の前の数字がどんどんと伸びていき、最適なタイミングで手放すことを想像すると、今からでも楽しい。


 “挑戦する楽しみ”も必要だとは思うが、こんな風に“約束された楽しみ”もあって良いと思う。

 神様は人に試練を与えすぎだ。


「まあ、その神様のおかげでこうして楽しい日々なんだけどな」


 俺は世界を救うでもなく、総理大臣になって人々を導くでもない。

 ただ毎日に潤いを与えるためだけに、このチート能力を使う。


 これは未来で、俺が自ら命を絶とうとした時に神様から授かった力だ。


 だがあの時の俺は、クズだった。

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