マイ・リトル・ブラザー
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鏡に映る自分自身を眺めてみる。下ろしたてのチェックのシャツにブルージーンズ。ワックスでアクセントをつけた髪。うん、悪くない。少なくとも、一緒にいて恥ずかしいと思われる男ではないだろう。
そう納得するとドアを開け、一階の物音に耳を澄ませながら階段を静かに下りていく。
俺には弟がいる。五つ下の甘えん坊の弟だ。警戒しているのは、その弟にみつかりたくないからだ。今日ばかりは、あいつの相手をしてやるわけにはいかない。
最後の一段に足がかかったところで、リビングから話し声が聞こえてきた。弟のはしゃぎまわる声と、それを諌める母さんの声。相変わらず、あいつは母さんを手こずらせているようだ。気にはなるが、それでも忍び足で廊下を進み、玄関へ向かおうとする。
「あっ、ライナス!」
俺は思わず額に手を打ちつけた。開いていたドアの隙間から目ざとく俺を発見した弟が、駆け足で寄ってくる。黒いスーツにマントを翻し、小脇にごついマスクを抱えていた。衣装は母の、マスクは父の苦心の作だ。どうやら今年のテーマは、SF映画の悪役らしい。
「見て見て! かっこいいでしょ!」
ブラッドは、得意げな顔でマスクを掲げてみせた。
「うん。最高に、いかしてる」
言いながら、頭を撫でてやる。弟は照れくさそうに鼻を擦った。それから、不思議そうに尋ねてくる。
「まだ着替えてないの? もう五時過ぎだよ。早くしないと、みんな来ちゃうよ」
「あのな、ブラッド――」
「ライナスは何になるのかな。テリーもデイヴも俺が一番だって言ってたけど、僕ね、ライナスが一番に決まってるって言ってやったんだ。だって去年も……」
止まらない喋りを聞き流しながら、どう断ろうかと頭を悩ます。そんな俺を助けるように、母さんが口を開いた。
「ブラッド。今年は、お兄ちゃんは一緒に行けないの。お友達と約束があるのよ」
「えっ?」
一瞬、弟の注意は母さんに向く。自分の聞いたことが信じられないというように、何度も瞬きを繰り返す。
無理もない。毎年、ハロウィーンには俺と参加しているのだから。近所のテリーとデイヴも一緒に、四人でお菓子をもらいに廻る。だけど正直、抜けたいと思っていた。弟達はまだ子供だからいいとして、俺は十六だ。さすがに恥ずかしい。
「嘘でしょ。僕と一緒に行けないなんて」
ブラッドが青い瞳を見開いて訊いてくる。俺は視線をそらした。どうも、この目には弱い。
「ねぇ、ライナス。お母さんは嘘ついてるんでしょ。ライナスが僕と行かないわけないもん」
大事なマスクを放って、俺のシャツを掴み、揺すってくる。
「ごめん、ブラッド。どうしても今日はダメなんだ。友達と遊ぶ約束しちゃったんだよ」
「そんなのずるいよ!! 行っちゃ嫌だ! ライナスは僕と一緒に行くんだ!」
まるで握り潰された紙屑みたいに顔をくしゃくしゃにして、ブラッドは叫んだ。
すっかり弱り果てた俺を見かねた母さんが、またしても助けに入ってくれた。無理やり俺から弟を引き離し、言う。
「どうして、あんたはそんなに我がままなの。お兄ちゃんだってお友達と遊びたい時があるのよ。今日ぐらい我慢しなさい」
後ろから弟を抱きしめたまま、今度は俺に向かって言う。
「ライナス。いいから行きなさい、早く」
「ダメ!! ライナス、行っちゃダメ!!」
とうとう泣き出す弟に背を向けて、玄関へ走り出す。
「ライナスのバカー!! お前のお菓子なんてもらってきてやらないからなー!!」
両耳を塞ぐ間際、変声期前の甲高い響きが背後から投げられた。
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