第51話:密談
1627年10月1日:江戸柳生左門家上屋敷:柳生左門友矩14歳
「十兵衛、左門、上様は本気なのか?!」
父上が抑えきれない怒りを交えて聞いてくる。
上様が二人の御舎弟を差し置いて、忠輝公の嫡男を次期将軍に選んだ事を怒っているのだ。
「上様は極度の女嫌いです。
このままでは御世継は望めません。
いざという時のために後継者を定めておくのは正しい判断です」
兄上が御舎弟の事には触れずに返事された。
「誤魔化すな!
そのような事を聞いているのではない!
分かっていて誤魔化すという事は、年寄衆が反対すると分かっているのであろう!
儂もこの件に関しては反対だ!
血の近い御舎弟がいるにもかかわらず、従弟に継がせるなど言語道断!
それに、同じ従弟に継がせるにしても何故長沢松平家なのだ?
御三家筆頭の尾張家にも従弟がいるではないか!」
「父上、兄上をお叱りにならないでください。
この件に関しては、上様に大御所様を忠輝公に預けるように献策した拙者が悪いのです」
「……その件に関しては、仕方がない。
左門がそう献策しなければ、上様は大御所様を殺していた。
それどころか大御台所様の御遺体を百叩きにしていただろう。
取り返しのつかない残虐非道を止める為の献策はしかたがない。
だが、その後で越前家と長沢松平家の地位向上を献策したのは失敗だ!」
京に全ての裏柳生を送ったと言っていたが、嘘だな。
上様や拙者達を見張るための裏柳生はそのまま残っている。
そうでなければ、上様と忠輝公の密談を知る訳がない。
「上様と忠輝公に裏柳生を張り付けている事は許しましょう。
しかしながら、上様の命令に逆らう事は許されません。
将軍よりも家臣の方が力を持っているなど絶対に許されない事です。
父上は北条時政に成る気なのですか?」
「馬鹿な事を申すな!
大恩ある東照神君を裏切って歴史に悪名を残す気などない!
将軍家の生末を思うから言っているだけだ!」
「では上様の言葉に従われてください。
先ずは上様の言葉に従い、その後で死を賭した諫言をするべきです」
「……忠輝公の嫡男を上様の養子にしろというのか?」
「いえ、父上は正確な情報を得ておられません。
上様が忠輝公に申されたのは『大きな武功を立てたら徳川を名乗る事を許す』であって、御嫡男を後継者にするではありません。
徳川を名乗れるようになれば、次期将軍に選ばれる可能性があるだけです。
今直ぐ徳松様が次期将軍に定められるわけではありません」
「……そうか、そういう事なら上様への諫言に止めておける。
其方達を叱責するだけですむ。
お前達はいったい何を考えているのだ?!
上様の寵愛を頂いているからこそ、子孫繁栄をお勧めするべくであろう!
何故一番先に子作りを勧めないのだ!」
「父上、全ては大御台所様と大御所様の責任でございます。
お二人に忌み嫌われ、何度も命を狙われた所為でございます。
上様は極度の女嫌い、親子の情愛を嫌悪するようになられたのです。
拙者達が何を言っても、女性を相手に子作りができないのです」
「左門の言う通りです、父上。
我ら兄弟、何度も上様に後継者を作っていただくようにお願いしました。
上様も嫌々ながら子作りをしようとしてくださいました。
ですが、どうしても勃たなかったのです。
何度試しても勃たなかったのです!」
「……大御台所様の罪は許し難いな。
だが、だったら駿河大納言様に……という訳にはいかないな。
駿河大納言様が大御台所様に不義の子であるという噂は致命的だ。
上様の命令で流した噂だが、やらねば良かった……」
「父上が上様の命令に逆らって噂を流していなければ、拙者が父上を殺しています。
あの時は上様と大御台所様が生きるか死ぬかの争いをされていたのです。
二人の間に立つべき大御所様が柳生との係わりを完全に断たれた以上、生き残るために全力を尽くすのは当然の事でございます」
「……左門は強くなったな。
だが、だったら明石藩の肥後守様に後継者になっていただけばよいではないか」
「父上、哀しき事ですが、肥後守様は生まれる前に大御所様に捨てられています。
上様が強行されなければ、大御所様の子供だと誰にも知られなかった方です。
今でも本当に大御所様の子供かと疑っている者が多いと聞いています。
肥後守様を後継者と定めても、尾張公と紀伊公は認められないでしょう。
将軍家は徳川の名をもらった家から後継者を選ぶべきだと言い立てる事でしょう。
特に尾張公は、東照神君に次期将軍を出す家だと認められたと迫ってきます」
「だがそれは忠輝公の御嫡男も同じであろう。
忠輝公は東照神君から改易流罪を命じられている」
「父上、それは大御所が忠輝公を恐れて遺言としただけでございます。
実際には面会を許さなかっただけでございます。
改易と流罪を決めたのは性根の腐った卑怯者の大御所様です。
忠輝公は東照神君から何の処罰も受けておられません。
その事は東照神君御臨終の場に居合わせられた、今も御存命の年寄衆と女官衆、何より水戸様に確認しております。
跡目を狙う尾張公と紀伊公は、覚えていないと白を切られていますが、年寄衆や女官達に加えて水戸様まで証言されているのです」
「……大御所様がもう少し大御台所様に強く出てくださっていたら……
せめて肥後守様を正式な子供だとお披露目してくださっていたら……」
「父上、これからも兄上と一緒に上様に子作りを献策し続けます。
ですが、次期将軍に関しては今から考えて手を打たなければなりません。
ただ、上様が駿河大納言様を後継者に選ばれる事だけは絶対に有りません。
大御台所様の甘言に乗ったふりをして、将軍の座を狙っていた尾張徳川家と紀伊徳川家を選ばれる事もありません。
天下大乱を防ぎたいと思われるのでしたら、年寄衆と肥後守様が次期将軍に成れる方法を計られてください。
あるいは徳松様か越前家の仙千代様に継がせる準備をしてください」
「くっ、越前家の仙千代様まで加わるのか?!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます