第7話:不寝番

1624年2月8日:江戸城中奥:柳生左門友矩11歳


 上様は滅多に奥に泊まらない。

 小姓達を抱くために中奥で泊られる事が多い。

 そうなると、小姓達が不寝番を務めなければいけなくなる。


 ここで上様の性格の悪さが現れる。

 いや、性格の悪さではなく、趣味の悪さといった方が良い。


 自分の秘密を知っている者だけに不寝番をさせるのだ。

 それも、別の小姓を寵愛している声を聞かせるようにして!

 その一番の犠牲者が俺で、二番目が金森殿と堀田だ。


「左門、今日も激しく愛してくれ」


「部屋の外で堀田殿が聞き耳を立てておられます」


「三四郎は焼餅焼きだからな。

 左門と愛し合っている声を聞かせてやると、次の日は激しく責めてくれる。

 今から明日の愛撫が楽しみだ」


「趣味が悪すぎます」


「左門も焼餅を焼いてくれるのか?」


「拙者は焼餅など焼きません。

 上様とこのような行為をするのも、君臣の絆を深める為です」


「左門は余の事を愛してくれていないのか?」


「家臣として忠誠を誓っております。

 五百石の旗本に取立てていただいた事も感謝しております」


「左門はつれないな。

 三四郎は心から愛していると言ってくれるぞ?」


「柳生家は武を持って上様にお仕えしております。

 口舌で上様にお仕えできるほど器用ではありません」


「ではその武を持って私を満足させておくれ。

 さあ、早く、早く左門の一物を私に頂戴!」


 日本六十余州を治める将軍ともあろう者が!

 家臣に尻を突き出しておねだりするとは情けなさ過ぎるぞ!

 

 東照神君も上様の本性がこのような物だと知っておられたら、駿河大納言様を後継者に選ばれたはずだ。


 この本性を知っていたからこそ、大御台所様は忠長様を将軍に推されたのだ。

 大御所様も御台所様の言葉を認められたのだ。

 全ては東照神君が春日局に騙された事が悪い。

 

「上様、本当に宜しいのですね?

 そのような姿を家臣に晒して将軍と言えるのですか?!」


「じらすのは止めて、左門、お願い。

 昼はちゃんと将軍をするから、夜は好きにさせて」


 確かに上様は昼の間は名君と呼ばれるほどの決断をされている。

 情けない姿を見せるのは、夜に尻を差し出そうとするときだけだ。


 俺には将軍を務める事の大変さは分からない。

 東照神君、大御所様と続く三代目の重圧が分からない。


 兄上なら三代目の重圧が理解できるのだろうか?

 石舟斎御爺様から父上に、父上から兄上に引き継がれる柳生新陰流。

 その重圧はどれほど苦しい物なのだろうか?


「上様がそこまで申されるのでしたらしかたありません。

 家臣として忠義を尽くさせていただきます。

 しかしながら、お世継ぎの事も真剣に考えてください。

 上様が女子が嫌いで、世継ぎを生ませる事ができないと申されるのでしたら、別の方法で後継者を得るようしてください!」


「考える、後継者の事は考えるから!

 もうこれ以上じらさないで、心が壊れてしまう!

 うっひぃいいいいい!

 もっと、もっと深く激しくして!」


 障子の外で不寝番をしている者達の気配が伝わってくる。

 他の者達は息を潜めているが、堀田からは歯軋りしている音が伝わってくる。

 明日はまた色々と陰湿な事をしてくるのだろう。


 斬り殺してしまえれば簡単なのだが、兄上から止められている。

 拙者がやったと知られないように殺せればいいのだが、何か方法はないか?

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