メガラニカ戦記

スコ・トサマ

1・ 機動歩兵

突然の衝撃に吹き飛ばされ、砂の中に顔が埋もれてしまう。砂を吐き出しながら顔を上げると、視界に入るのは一面の砂煙。


傾いた視界に入るのは通り過ぎていく数十もの巨大な影と体の内側に響く低い振動。

しばらく低周波が体を揺さぶり気持ち悪くて立ち上がることができない。

脳が内側から揺すられるような感覚を覚え、そのまま気を失ってしまった。


風が強く吹き抜け、目が覚める。

砂煙が晴れ視界が戻ってくると、目の前には巨大な溝が刻まれ、その周りには飛び散った農作物の一部が。


そこは、集落の皆で育てた畑が広がっていたのだ。

だが一面砂に覆われてしまっている。

呆然と周りを見回すと、さっきまで一緒にいた妹弟の姿がないのに気づいた。

脳内がまだ揺さぶられているような吐き気を感じつつ起き上がり妹と弟の姿を探す。


確か、いつも面倒を見てくれている村長の畑、向こうにあるニラを収穫しに向かったはずだが。


そこには見慣れた服を身につけた腕と上着の袖が見える。

俺たちの種族は、家族ごとに服に家紋を刺繍し特徴を持たせているのでそれを見ると身内かどうかがすぐわかるようになっている。

妹と弟は、半分以上砂に埋もれてしまっているように見える、すぐ掘り起こさないと。

さっきの自分の状態であれば呼吸ができない可能性もある。急いで名前を呼び駆け寄った

すぐに弟の手を取り引っ張り上げるとそれは右腕と右肩だけで、そこについてくるはずの他の部分は存在していなかった。妹は腰巻とまだ小さな蹄のついた足だけがそこに存在していた。


呆然と残された腕と足を見て座り込む。服の袖、腰巻の裾に刻まれているのは間違いなく俺たち家族の紋章だ。


ついさっきまでここで三人で立っていたのに。さっきまで、笑顔で畑のなかで、遊んでいたのに。


呆然としていると、不快な低周波と轟音が響いた。


頭上から巨大なナバラが降りてくるのだ。

ナバラは村人全てが集まる集会用天幕ほどもある巨大な円盤だ。薄平べったい石のような作りなのに素早く動き回り追いかけられると逃げることはできない。


重力の摩擦が砂塵を巻き上げる。内臓がかき回されるような感覚を覚えつつナバラの陰にならないように走り出た。

このまま真下にいると、重力振で体が潰されてしまう。

巻き上げられる砂に埋もれるようにして身を隠す。見つかると処分される可能性があるからだ。


深くえぐられた溝の淵、弟達の上にナバラはゆっくりと降りてくる。

完全に地面につくことはなく1マニル(約1メートル)浮いた状態でその場でゆらゆらと漂っている。

縁から複数の触手か手のようなものが伸びてきて近くにあった弟と妹の体と、植物のかけらを掴み体内へと収納していく。

上に伸びた複数の蟹の目のようなものが周りをせわしなく見回しながら溝の内側にあるすりつぶされてきってないものを回収しながら進んでいく。


この様子は以前にも見たことがある。

まだ幼かった頃、前にいた集落でも同じようなことがあった。

突如現れた機動歩兵が俺たちの集落を踏み潰し、粉砕しながら過ぎたあとにナバラが降りてきて、歩兵の進んだ後を細かく何も残らないように回収していく様子。


それが終わると、光を出し、音を出し。何かの変化を調べ、ナバラは去っていくのだ。


古の言葉には、ナバラは新しく抽出された存在と言われ、自分達を処分し続ける使徒のしもべだと言われる


俺たちメガラニカの民は、塔のある土地から排除されたものゆえ、神から許されることなく、いまだに処分され続けているというのだ。


そのために使徒により生み出された、抽出されし者が機動歩兵バーサクとナバラ。

姿は違えど、俺たち種族の弟であり妹であると言われる。


幼い時から聞かされてきた俺たちの一族に伝わる物語だ。


はるか昔、使徒により我々も抽出されたが、姿が醜いためにこの大陸へと集められたという。


バーサクとナバラは集落に穢れが溜まると、それを払うまで処分を続けていくという。穢れを溜め込んだ存在を神の元へと導き浄化するためだ。


我々は、穢れを溜めないように素直に生き、正直に生き、抵抗せず、神に従順であり続けることを求められている。

それが俺たちが神の元へと回収されるまでに行うべきこと、試練だと言われ続けてきた。種族の一人が素直に生きるだけで、そのぶん大陸が浄化されていき、一人が処分されるごとにまた大陸が浄化されていくという。


俺たちの存在は世界にとって穢れなのだ。だからこそ、どれだけ純粋に生きるかを求められている。

より純粋に生きたものは神の元で浄化され、塔へと戻ることができるという。


だが、なぜ俺たちは死ぬために生きないといけないのか。

なぜ、家族が目の前ですりつぶされないといけないのか。


以前は父と母と

今回は妹と弟が


純粋に生きる、とはなんなのだ?

家族と共に楽しく生きることは純粋ではないのか?


目の前にあるナバラは俺の存在に気づかないまま、しばらくして砂埃を巻き上げながら飛び去っていった。

その真下にさっきまであった弟達の姿が消え、そこにあった岩も全てが砂状にすり潰されていた。


重力振に巻き込まれると、人間の体などは猛烈に回転する砂ヤスリのなかに放り込まれたようになるため、あっという間にすり潰され粉々になってしまうのだ。

岩も、植物も全てだ。

だから、この大陸は砂漠が広がっている。

機動歩兵によって浄化された土地だと言われているが、そこには我々と同じく穢れた存在、神により古に滅ぼされた鱗の一族の生き残りが住んでいるという。

強く穢れている存在は、より試練の高い土地に住まわせられる。


わずかに残っていた弟と妹の体さえ全てが回収され、巨大な溝と砂しかそこには存在しない。


さっきまで、畑仕事に来ていた集落の皆も消えてしまった。

生き残ったのは俺だけ。


もうこれまでに5つの移動集落を渡り歩いてきた。

その都度、機動歩兵バーサクに削られ、住民は俺たち以外全員すり潰されるか、わずかに生き残りまた別の集落へと移動するか。


どの移動集落も流れてきた人間には親切に受け入れてくれる。だから、いつも親しい人たい人たちが消えていくのは耐えられない。

今回も機動歩兵は集落の半分以上を破壊していった。移動しながら生活するため、集落の建物が簡易的なテントというのもあるのだが、機動歩兵が側を歩くだけでも破壊されてしまう。

まだ壊れてない天蓋もいくつかあるが住人は全て消えてしまった。

今日は収穫の日で動けるものは皆畑に行っていたからだ。

残っていた老人も機動歩兵に破壊された集会所にいたのだろう。収穫された農作物を、皆で料理して祝いの席を設ける予定だったからだ。

集落の全ての人が消え失せてしまった。


壊れた建物を巡り生存者を探すが人の気配がない、

何かが動いたと思いそこにいくと、風で布がはためいているだけであったり。


もう俺には家族も、親しい人達もいない。

最初の集落を出てから一緒に移動してきた人達、家族、全てが今回消え去ってしまった。


なぜ、俺だけがこのような仕打ちを受けないといけない!


神なぞ知ったことか


集落を探り持ち主のいなくなった発砲筒を手に持てるだけ抱えていく。

途中で叫んでいたように思うが記憶はない、ただ、手の甲や服の袖がぐしょぐしょに濡れているのだけはあとで気づいた。


機動歩兵バーサク、そしてナバラ。

あいつらを追いかけてやる。

そして、弟達のようにあいつらも消し去ってやる。


道端に放置されているジョッグ(浮遊バイクみたいなもの)を見つけた。

発砲筒を積み込み、機動歩兵の作った溝をひたすら追いかけていった。


だが、機動歩兵のスピードにはついていけない。

巨大な姿をしているが、その速さは豆粒のように姿を確認した後に10呼吸するまでにはもう目の前に来ているくらいだ。今乗っている小型ジョッグよりかなり速い。


行く先々で集落や人々が巻き込まれている姿が見える。みな一様に呆然とし、その後にくるナバラから逃げ、隠れているもの達がほとんどだった。

俺のように後を追いかけるようなやつはいないらしい。残ったものたちは知り合いと共に他の集落へと移動していくのだろう。


機動歩兵の進んだ溝には多くの死体が転がっていた。踏みにじられ、弟たちのように中途半端にすり潰されたりした姿だったり。

それを見て怒りが込み上げてくる。


機動歩兵の進んだ後には、破壊しか存在していなかった。

丸一日走ったくらいでジョッグの重力炉が異常な加熱をし始める。ろくな整備もせずにいきなり全開で走ったので無理がきたのだろう。

重力炉が暴走すると爆発して重力振を撒き散らすので巻き込まれたら即死だ。小型とはいえ破壊力は凄まじい。


何か代わりはないかと道すがら破壊された集落を探していると、道端に放置されている二人乗りの大型ジョッグを見つけた。

今まで俺が使っていたものより大きくスピードも機動歩兵に追いつくくらいは出そうである。

見たところ壊れてもいないようで、その集落人間は皆逃げてしまい、誰も使うものがいないようだ。

反撃する気もない奴らに、こんなものがあっても意味がないだろう。

俺が使ってやる。


そう思い、乗り変える。

今まで乗っていたものは重力炉が暴走した場合を考え、誰もいない谷底へと落としておいた。下の方で鈍い音と紫色の光が広がり、遅れて大きな重たい振動が伝わってくる。すぐ真下でこれが起こっていたら間違いなくすり潰されてしまったろう。


二人乗りジョッグの荷室に途中で拝借した発砲筒さらにを詰めこみ、食料と水を調達してから戻ってくるとそこには一人の女がいた。

髪を振り乱して、手には振動サイリュ(農作物収穫用の高速振動鎌みたいなもの)を持っている。目は怒りに染まっていた。


「私も連れていけ」


強い光を灯した目は、赤く腫れている。俺と似たような状況になり、同じことをしようとしているのがわかった。


見た目はまだ俺と同じくらいか、もうすこし若いくらいに見える。

革の分厚い服だが露出は多く、外に外套をまとっている。外套に家の紋章が刻んであるようで草地の住人が好む姿だ。俺たちのように山を巡るのではなく草地を移動する集落だったのだろう。

ボサボサにちぎれたようになっている髪はナバラの着陸の際に巻きこまれそうになったのか、そこにいた誰かを助けようとしたためなのか。

たぶん後者なのだろう。

大切なものをなくした怒りが全身にあふれていた。


俺は無言で後ろの席を示した。

裾のボロボロになった真っ赤な外套を翻し、女は席にまたがる。

そして、俺たちはジョッグで走り出した。


機動歩兵の歩き去ったその先を目指して。

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