第2話 娘の宣言
金曜の夕食後。
冬馬と凪子は、娘の美咲とダイニングテーブルで向き合っていた。
「どうしたの、改まって。話って何?」
凪子が薄く笑う。きっとあれだな、と予感していた。彼氏を連れてきたい、といった類だろう。
ちょっと控えめだけど、私に似て美しく成長してくれた、と凪子は満足している。
やがて美咲は、しっかりと両親の目を見て、
「パパ、ママ。私、結婚します」
青天の霹靂とはこのことだ。冬馬は一瞬、声が出なかったが、凪子は、
「いきなりすぎない、まずは彼に会わせなさいよ」
と笑顔になる。二十三歳の今まで、一度も男の話をしなかった美咲だ、やはり嬉しい。
「
震え声で、しかしはっきりと美咲は言った。
部屋の空気が凍り付く。
「なに言ってるの」
聞き間違いだ、と思ったが、
「私はレズビアンです。黙っていてごめんなさい」
と、美咲は頭を下げる。
「ウソだよね、悪い冗談はやめて」
美咲は首を振った。
「真帆を愛しています、結婚したいんです」
凪子はそれ以上、言葉が出ないようだ。
「そうか、おめでとう」
ひとつ深呼吸してから冬馬は笑顔で言った。
「よく正直に話してくれたね、嬉しいよ」
意外な言葉に美咲は惑い顔だ。凪子は血相を変えて、
「あなた、なに言ってるの。女と結婚なんて、そんな。私は絶対に反対です」
凪子は冬馬に食ってかかる。
「大体、同性婚なんて許されてない」
「ええ。真帆と一緒に暮らすだけ、でも私たちにとっては結婚なんです。私は真帆と結婚します」
きっぱりと宣言する美咲。
「信じられない、女同士で」
とにかく反対だから、と凪子は立ち上がる。
冬馬は思わずカッとなった。
「そんなんで、よく俺みたいのと結婚できたな、俺だって男と」
「それとこれとは話が違うわ」
「違わない。おい、待てよ」
制止を振り切って、凪子はバタバタと廊下に消えた。
思わぬ展開だ。母の怒りは想定内だが、あっさり許してくれた父に、美咲は面食らう。
「パパ、本当に賛成してるの?」
「もちろんだよ。でもびっくりした、いきなり結婚宣言だもんな」
「真帆の言いつけなの。ちゃんと両親に伝えなさい、相手は女性だって」
「そりゃまたハードルが高い」
美咲は苦笑して、
「真帆は甘やかさないの。マイノリティは強くなければ生きていけない、猛反対されてもいい、ちゃんと親に告白しなさい。それが出来たら結婚するって」
厳しい女性だな、と冬馬は驚き、そこ迄しっかりした人なら美咲を任せられる、と安心した。
「電話しなきゃ」
美咲は真帆に報告した。母は大反対だが、父は祝福してくれたと。
「うん、ちょっと待って」
冬馬はスマホを渡された。
「
やや低い、落ち着いた声だ。冬馬は、
「わがままな娘ですが、よろしくお願いします」
ありきたりのことしか言えないもんだな、と思いつつ、スマホを返す。美咲は真帆の写真を見せてくれた。ショートカットの理知的な顔立ち。
真帆は三十一歳、食品会社で商品開発の仕事をしている。
「主任なの、仕事も家事もできる人よ」
美咲が嬉しそうに話す。
「会ってみたいな」
娘の大事なパートナーと、色々話したい。
「パパ。あの、さっき、男とどうとか」
冬馬は一瞬、しまった、という顔になったが、
「うん、ちゃんと話すよ。その前に乾杯しよう、めでたい夜だから」
紅白のワインと生ハムを持ってきた。自分のグラスに赤、美咲には白を注ぐ。
「美咲。結婚おめでとう」
軽くグラスを合わせる。美咲は涙ぐみ、
「ありがとう、パパ」
と小声で言った。
赤ワインは複雑な味がした。
「美咲は二十三か。パパが結婚したのと同じ年なんだね」
早すぎた結婚の理由を、冬馬はぽつぽつと話し始める。
【あとがき】
だいぶ前に雑誌で読んだ「すみれの会」の記事が忘れられません。主催者の女性は、このことが原因で何度もアパートを追い出されたそうです、レズビアンの会なのです。
ある会員の、「好きな女性と暮らしていたら連れ戻され無理やり結婚させられた。気づいたら三人の子供ができていた」という話に胸が痛みました、愛する人と暮らしたいだけなのに、何故?
ドラマでは普通の妻、母として、のうのうと生きていく(と私には見えた)美枝子に、少しは考えてほしい。
今までレズビアンについてはほとんど触れてこなかったですが、今回は冬馬と凪子の娘が同性婚をする、という設定で書くことに決めました。
今後も見守っていただけると嬉しいです。
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