山道の運転
啓太さんという男性は、
ある夏の日、カーブの多い山沿いの道を
運転していた。
山頂に近づくほどカーブはよりきつくなり
とうとう50m先ぐらいしか見えなくなった。
それまで慎重に走っていたが
後少しでトンネルに入り広い国道に出る、と
分かっていた彼は、気が緩んだのか
薄いガードレールでしか隔てられていない
崖の際で少しスピードをあげる。
その時だった。
右手から突然、黄色いワンピースを
着た女が、長い髪を揺らしてふっと
飛び出してきて、
両手を大きく広げた。
慌てて急ブレーキをかけた直後、
目の前を横切るように現れた
トラックがガードレールめがけて
突っ込んだ。
カーブで見えていなかったが、
対向車線にいたトラックが、
スピードの出しすぎで曲がれずに
事故を起こしてしまったようだった。
少しでも進んでいたら
啓太さんも巻き込まれていただろう。
しばらく心臓が跳ねて呼吸がうまく
出来なかったらしい。
幸いにも、トラックの運転手にも
怪我がなかったそうだ。
警察への報告等を終えて
家に帰った彼は、
あの飛び出してきた女性を
ようやく思い出した。
急ブレーキをかけて周りを見ても
そんな人はいなかった。
状況から考えて明らかに彼女は
この世の者ではなかったであろう。
啓太さんは、
彼女はもしかしてトラックが突っ込むことを
教えてくれた、
事故から救ってくれた
恩人ではないかと思った。
そうして心の中で女性を思い浮かべて
ありがとうと呟いた時である。
「ちがう」
耳元で、女の声がした。
驚いて辺りを見回したが、
誰もいない。
その日から啓太さんは
山道の運転を避けるようになったという。
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