平目

散歩中の滝野さんは

ぎょっとして足を止めた。


数メートル先の横断歩道の真ん中に

引き伸ばされた何かが落ちていた。


一度、猫の轢死体を見たことがある

滝野さんは、その時のことを思い出し

動けなくなってしまったのだ。


ただ、家へ帰るにはその道を通る他ない。

恐る恐る一歩、一歩と踏み出す。


「なーんだ。」


胸を撫で下ろすのも無理はない。

それはただの濡れたタオルだったのだ。



信号が青になったのを確認して前に乗り出す。



その瞬間、タオルはぬたっぬたっと

波打ちながら凄まじい速さで

遠くの方へと消えた。


呆気にとられた滝野さんの

頭の中に思い出されたのは

去年の夏に行った水族館の光景。


砂に隠れた平目がブルッと震えて

波打ちながら遠くへと泳ぎ去るあの姿。


タオルの動きはまさに平目の

ようだったという。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る