かっぱ

(なんて居心地が悪くて腹が立つんだろう。)


毛玉が目立ち始めたセーター姿の

沙雪さゆきは、苦々しい顔で正座をしていた。


彼女がいるのは同級生の少年、

飯田いいだの家であり、ちゃぶ台を挟んだ向かい側には彼の両親が正座をして目尻を下げ、愛想笑いを浮かべていた。


築40年は経っていそうなこの平屋は、居間にも強い生活臭が漂っている。




沙雪は、飯田からいじめを受け、

高校に入学してからまもなく

学校に通えなくなってしまったのだ。


そんな彼女は気晴らしにと

おやつを買いに出掛けたコンビニで

飯田の両親から話しかけられた。


怖くて逃げ出したかったが、

目尻の下がった気弱そうな2人が

何度も頭を下げてきて

本人から謝らせたい、としつこく

とうとう彼らに応じてしまった。



そんな経緯があったため

沙雪はてっきり、飯田自身が来るかと思っていたのだが、家に連れられたことに強い怒りを感じていたのである。


両親も両親で、へらへらしながら謝るのが、なんとも癪にさわってくる。



嫌気がさして目線を泳がせ、

置き時計を見つけた。


時刻は午後の3時。

そこで沙雪ははっとした。


そういえば、学校はまだ終わっていない時間ではないか。

でも、飯田の両親は本人に謝らせると言った。

下校するまで待たないといけないのか。


どっと疲れを感じた沙雪に

母親が柔和な笑顔を張りつけたまま口を開いた。


「ほんとに、ごめんなさいね。

 今、本人から謝らせますから。」


沙雪は混乱した。

野球部に所属している彼は毎日欠かさず

学校に行っている。

今謝らせるとはどう言うことなのか。



母親が立ち上がってちゃぶ台の橋に座り、

父親は半身で背後にある襖に手を掛ける。



風景となっていた襖に意識が向き

この先にあの飯田がいると考えただけで

やっと沙雪の体から血の気が引き、動悸がし始めた。


ずずずと開かれた襖の先にあった光景に

沙雪は目を見開いた。




ランドセルが置かれた棚、ひらがなで書かれた日本地図が貼られた壁、でんでん太鼓が落ちた床。


そして、ベッドに寝かされている、男。

沙雪が絶句したのはそれのためだった。


全身は見えないが、

ベッドの端と、襖から横向きに生えるように突き出した男の頭で、寝かされていると分かる。


男はこちらを向いており、

坊主頭と顔ごと真っ白な塗料で塗られ、

真っ赤な紅がぐちゃぐちゃと口にひかれている。

目を細めてにいと笑っており、沙雪はやっとそれが飯田本人であることが分かった。



飯田が口を開いた。



「きゅうり、きゅうりたべる?きゅうり。」



そして、けたけたと笑った。



飯田の声に反応し、両親が素早く振り返った。


沙雪には彼らの後頭部しか見えない。

が、飯田が2人の顔を見るなり、細めた目の奥の瞳が震えて、口が今にも泣きそうに形を歪めたのを見て、どっと恐怖に支配された。



父親がスパンっと襖を閉めると

2人は沙雪に向き直り、顔にはあの目尻が下がった柔和な笑みを貼り付けている。



そして、

「最初から、やり直してますから。」と

母親が言ったのを聞き、沙雪は考えるのを止めることにした。




どう帰ったか覚えてはいないが、

気がつくと自分の部屋にいた沙雪は

自分が見たのはただの河童なんだ、

そうなんだ、と自分に何度も何度も

言い聞かせた。

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