遠回りして

昭仁さんはデイサービスに

勤務していて、主に送迎の仕事をしていた。


施設に通う利用者の中に

みどりさんという女性がいる。


彼女は柔らかな雰囲気の

ぽちゃっとふくよかな可愛らしいおばあさんで、どんなお話をしても

そうなのぉ、うんうんと

笑顔で頷いてくれる、

静かでお淑やかで人気者だ。


梅雨が始まった蒸し暑い日のこと。

昭仁さんはいつものように利用者を家に送っていた。

1人、2人と降車し、とうとうみどりさんだけとなった。


ここから5分ぐらいで家に着く。

いつもうとうと眠っているみどりさんを起こそうとルームミラーを見て、

昭仁さんは固まった。


みどりさんは、背筋をピンと伸ばし真っ直ぐこちらを見ていたのだ。

そして、

「ねえ、ちょっと遠回りしない?」

と言ったのである。


その声はいつもの優しい調子ではなく婀娜っぽい若い女性のような口調で、昭仁さんは更に体を強ばらせた。


「いや、だめだよ。

まっすぐ帰らないと、家族が心配しちゃうからね。」そう窘めるとまた、

「うふふ、もぉ、いつもあなたって意地悪ばかりね。私を子供扱いして。」と甘い調子で喋るのだ。


困惑した昭仁さんだったが、

もしかしたら脱水の症状か、脳になにかあったのかもしれない、ご家族に報告しないと、

と、現実的に考えられる異変の兆候だと捉えた。

彼女をミラー越しに観察しながら、会話をするが体調におかしなところは見当たらない。


やはり顔と姿勢がキリッとしていて、目はかっと開かれていて若返ったように見える。


家に着くと、既にみどりさんの長男と孫娘が玄関先で待っていて手を振っていた。


車椅子のみどりさんを押していくと

彼女を見つけた孫娘が言った。


「あ!お父さんの言った通り!おばあちゃん若返っとる!」


昭仁さんは驚き、慌てて車内の様子を伝えた。

すると、長男は分かりきったことを聞くように細かく頷いた。

「今日はね、父の命日なんです。

大抵この日の夕方になるとね、

ここにはいないはずの父と会話をするんですよ。

その時はもう女の子って感じになるんです。

母は父のことが大好きでしたから。

もう日付も分からんはずなのに、不思議ですよね。」


昭仁さんがみどりさんを見ると

昼間のように明るい夏の夕日に照らされた

彼女の顔がしわひとつない20歳前の乙女の顔になっていたのである。

驚いて目を擦るが、みどりさんは相変わらず若いままだった。


「し、しわがない!」

「それは言い過ぎですよ。

でも、目もこんなに開いてほんと若返ってますよね。」


どうやら乙女に見えているのは昭仁さんだけらしい。


「若い頃は父とドライブデートをよくしていて、回り道してって甘えてたそうですよ。

これから僕と娘と3人でドライブデートです。」


2人は昭仁さんに頭を下げた。


みどりさんはこちらを振り向くことなく、にこにこと車を見ている。


翌日もみどりさんはデイサービスに来たのだが、様子はすっかり今まで通りで、顔には豊かにしわが刻まれていた。


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