お写真いいですか?


怪談師としての活動を始め、

今年で6年目になった魔宮円ノ字氏。


最近は実力とともに認知度も上がり、

昨今のホラーブームもあって、

地方を含む日本各地で単独ライブを行えるほど、怪談界ではメジャーな存在となり始めていた。


その日もライブを終えた魔宮は

共演者と飲みに行く予定をたてながら、

ライブハウスの裏口から狭い路地に出て、居酒屋やスナックの看板が灯る大通りへと汚いスニーカーのつま先を滑らせた。


魔宮は、目当ての店を探そう見上げた視界の端に、見知らぬ人間がこちらを見て立っているのに気がつく。


その人は細身の二十代後半くらいの女性で、手で口元を抑えながらこちらをじっと見ていた。


魔宮は彼女の顔を見て

(これは彼独自の根拠がない統計学によるものだが)

横幅が大きな目と、その目頭から涙袋にかけての僅かな窪みに、クマにも似た灰色の影があるのを確認し、

きっとオカルト好きであろうと

一人静かに頷いた。


「あのっ!魔宮さんですよね!?」


彼の直感は当たり、女性は嬉々とした表情で魔宮に駆け寄ってきた。


「今日ライブあるって知ってたんですけど、チケット取れなくて⋯。たまたまここを通った時に出会えて感激ですっ!あの、よかったらお写真撮ってもいいですか?」


構いませんよ、と魔宮が返しスタッフが女性のスマホを預かろうとしたところ、彼女は慌てて手を振った。


「あ、いや!私自身は写真が苦手で⋯。魔宮さん単独で撮らせていただけたら⋯。もちろん!SNSにはあげませんので!」

「ああ、そういうことでしたか。」


魔宮は閉まった店を背後にして、手を後ろで組み照れ笑いしながら、スマホのレンズをみつめる。


女性は嬉しそうに笑いながら、シャッターを押した。


カシャっという音がして、魔宮が姿勢を崩した時である。


「えっ、あ⋯。」


画面を見ている女性の表情が固まっている。


「ま、まって!もらえますか?あの、もう1枚だけ。」

「ああ、はい。」


ぶれたのだろうと姿勢を正す魔宮。


しかし、そのあとも、

「す、すみません⋯。あと1回だけ⋯。」


4回にもわたる撮り直しで、

魔宮の中から

声をかけてもらえたことの

新鮮な嬉しさが消え始めた時である。


女性がぱっと顔を上げた。


「無理でした!諦めます!」


彼女は引きつった笑顔であった。


こめかみに一筋の汗をながし、

瞳には恐怖が浮かび瞼を痙攣させている。


何かあったのか聞く前に女性はつまづきながら走ってその場から去ってしまった。


因果関係は不明だが

その後の飲み会終わり、

魔宮はつまづいて転び運悪く

腕の骨を折ってしまった。


何度も撮り直した写真には何が映っていたのか、知っているのは彼女だけである。



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